第3話 大賢者、美少女を救う
ヒツジのわたぐるみに憑依した俺は、棚からひょいっと飛び降りて少女の脇に座る。
そして「うむむむむっ」と魂に力を込めて回復魔法を発動する。
魂の安定はできたので、あとは体力を回復させれば快方に向かうはずだ。
体内に魔力を通しながら、様子を探る。
あー、根本的に栄養が足りてないな。
こればっかりは魔法じゃなんともならない。
あとでおばさんにもっと濃い麦粥を作ってもらおう。
砂糖があれば甘い物でも食べさせてあげたいが……そんなものが買えそうな雰囲気じゃないか。
麦芽糖くらいなら作ってるかな?
まあ、聞いてみなきゃわからんし、なければ作ればいいな。
そんなことを考えながら、両手から光を発してぽわわわ~んと回復魔法をかけていると、背後でがたんと物音がした。
「ま、魔物め! 私の娘に何をしている!! 離れろっ!」
「魔物だとッ!? どこにいる!」
「とぼけるな! 貴様のことだ!」
回復魔法を中断し、ばっと周辺を警戒した俺に、おじさんが指を突きつけている。
「俺が、魔物?」
「魔物以外の何だというんだ! 娘が大切にしていた人形に取り憑いていたとは……なんという邪悪!」
「あれ、お父さん、何してるの……?」
「おお、メリス! 正気を取り戻したんだな! その魔物からすぐに離れなさい!」
「ふええ……まだ眠いよう……」
少女は俺の身体をガシッと掴むと、ぎゅっと抱きしめて再び眠りについた。
けっこう図太いな、この子。
それはそうとしてアレだ、誤解を解かなければ。
「ええと、ぐえっ、お父さんですか? ぐえっ。私の名は大賢者セージ。先ほどは何かの手違いでこの少女の身体に迷い込んでしまったようなのですが、ぐえっ。娘さんの病気はほぼ治りましたよ、ぐえっ」
少女に時折締め付けられながら、俺は懸命におじさんへ事情を説明した。
* * *
「なるほど……いまだに信じがたいですが、あなたが伝説の大賢者セージ様なのですか」
「そのようにおだてられると面映ゆいですが、おっしゃるとおりですね」
「でもあなた、大賢者様が亡くなられたのはもう百年は昔のことでしょう?」
「ええっ!?」
なんとかかんとか誤解を解いた俺は、居間でおじさん、おばさんと話をしていた。
なお、椅子ではなくテーブルの上に直置きだ。
行儀が悪いが、膝ほどの高さもないこの身体では、椅子に座るとテーブルに完全に隠れてしまうのだから仕方がない。
「ええと、どうも私はですね、邪神の封印で力を使い果たして一度死んだようで、それから何年経ったのかもわからないのですが……今年って、ハインリヒ王の何年ですか?」
「ハインリヒ王……? 今年はエンリケ王の12年ですが」
誰だよ、エンリケ王。元号変わっちゃってるじゃないか。
いや、まあそうか、百年も経ったら王様も代わってるよな……。
「ところで、セージ様はどうして娘を救いに来てくださったのですか?」
「あー、えー、うーん、そ、そうですねえ。か、神の思し召しというかなんというか運命的なアレですね。ほ、ほら、俺って一応神託の勇者の仲間ですし? 困っている人は見過ごせないというかなんというかたぶんそういう感じで遣わされたんじゃないかなあって思うんですよね。ちょっと細かいことは僕にもわかんないんですけど、たぶんアレですね。こう、みなさんが清く正しく暮らしているから、神様が助けてあげようって、あっ、ちょうど便利なやついるじゃん、こいつ送り込んだろってかんじでこう助けに来たかんじですね、はい、たぶん」
「そうでしたか。なんと尊い思し召し……」
いかん、一人称がブレた。すっげえ焦った。すっげえ早口になった。「美少女に生まれ変わりたいって願ったら、おたくの娘さんの身体を乗っ取っちゃったんですよね(テヘペロ)」とか絶対に言えないじゃん。気取られてもダメなやつじゃん。普通に許されないし社会的にも死ぬじゃん。
「おかあさん、お腹すいたー」
俺が存在しない汗腺からダラダラと冷や汗を垂れ流していると、金髪碧眼の病弱美少女メリスちゃんが居間に入ってきた。これはありがたい。話題をそらそう。全力でそらそう。
「こらこら、まだ起きちゃダメでしょう」
「お腹すいたんだもん」
「起きても大丈夫ですよ。先ほどの回復魔法である程度体力が戻っているはずです。栄養のあるものを食べさせてあげてください」
「すごーい! ヒツジさんがしゃべってるー!」
「ぐえー」
メリスちゃんは俺を捕まえるとぎゅっと抱っこした。
この身体は魔力で無理やり動かしているのでまったく力が出ない。
なされるがままにこねこねされている。
うむ、悪くない。
「こらメリス。乱暴にするのはよしなさい。この方は伝説の大賢者セージ様で、お前を助けるためにやってきてくれたのだよ」
「お気になさらずぐえー。病気は快方に向かったとはいえ、まだまだ心細いでしょうぐえー。私がこねくり回されるくらいのことはなんてことはないですよぐえー」
「そうだよ! あたしのヒツジちゃんだもん!」
「ぐえー」
少女は俺を小脇に抱えたまま、さっきよりも濃いおかゆを元気に飲み干した。
この調子なら、数日もすればすっかり元気になるだろう。
俺は少女にネックチョークを決められながら、そんな見通しをしていた。
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