『オシリペンペン』という名の加護のお話

アソビのココロ

第1話

「ベイリー。君はこの可憐なマリリン嬢に対して絶えず嫌がらせをしているそうではないか!」

「い、いえ、そんなことは決して……」

「うるさい! 言い逃れできると思うな! 目撃者はたくさんいるのだ!」


 貴族学園のサマーパーティーで、ボンキュッボンな身体と厚い唇が大変色っぽい令嬢を左手に抱えた私の婚約者ナサニエル様が私を責め立てます。

 ああ、どうしてこうなったのでしょう?

 ディンブルビー公爵家の令息であるナサニエル様と伯爵家の娘たる私では身分が違いますし、そうそう口答えもできません。

 何とか穏便に収めないと。


「マリリン嬢は君に教科書を破られたと言っている」

「存じません」


 マリリン・モートン男爵令嬢のことは、クラスも違いますしよく知りません。

 最近ナサニエル様の側に侍っている女性であるということしか。


「君に水をかけられたというが?」

「それも存じません」


 数少ない私のお友達も皆アワアワしていらっしゃいます。

 それはそうです。

 私に口添えしようにも、公爵令息には逆らえませんから。

 正義感の問題ではなくて、家の存続に関わってきてしまいます。


「マリリン嬢を階段から突き落としたろう!」

「ま、全く身に覚えがありません」

「ウソを吐くな! 証人がたくさんいる!」


 ああ、ニヤニヤしているナサニエル様の取り巻きがたくさんいらっしゃる。

 私がやってもいないことを、やっているところを見たと言い張られてしまうのでしょう。

 どうして私には敵が多いのか。

 そんなに加護持ちであることはいけないことなのでしょうか?


 私は八歳の時に突然聖なる光に包まれ、『オシリペンペン』の加護を得たと判定されました。

 『オシリペンペン』? 何それとは思いましたが、神の加護は数千人に一人しか得られない貴重なもの。

 超常の能力であり、効果は様々で当たり外れはあるということですが、加護を得たことで歴史上の偉人となった者も多いです。

 もちろん同世代の貴族で加護持ちは私だけ。

 お父様も当時まだ存命だったお母様も大層喜んでくださいました。


 ナサニエル・ディンブルビー公爵令息との婚約がまとまったのも、私の加護が期待されてのことでした。

 しかし……。


 ナサニエル様が口元を歪めて仰います。


「まったく役にも立たない加護を笠に着て。何とか言ってみろ!」

「……」


 そうなのです。

 私の加護『オシリペンペン』は稀な加護らしく、過去に例がないということでした。

 発動型の加護であるとの鑑定結果でしたが、発動のさせ方がサッパリわからない。

 何が起きるかもわからないのです。

 教会の専門家と色々研究しても結局匙を投げられ、効果が小さいか見えない加護なのだろうとの結論になりました。


 となるとバッシングの嵐です。

 加護持ちったって無能じゃないか。

 上手いこと公爵令息をたらし込みやがって。

 何様のつもりだ。

 お母様は心労に倒れ、お父様やお兄様も私を腫物のように扱うようになってしまいました。


「何の騒ぎだい?」

「これはライアン殿下ではありませんか。お帰りなさいませ」


 何と他国に留学していた第一王子ライアン殿下が颯爽と現れました。

 皆が敬礼します。

 豪奢な金髪と整った目鼻立ちに、今までナサニエル様に集まっていた令嬢の視線をすべて持って行きます。

 はあ、美形。


「パーティーの開始に間に合わせるつもりだったのだけれどもね。遅刻してすまない」

「いえいえ。殿下がおいでになっただけで華やかになりましたよ」

「ところで何事かな?」

「断罪ですよ」

「断罪?」


 ここで初めてライアン殿下の視線が私に向けられました。

 慌てて深いカーテシーの姿勢を取ります。


「いやいやパーティーは無礼講だよ。貴女はベイリー・カールトン伯爵令嬢じゃないか」

「は、はい」

「嫋やかな美女のことはよく覚えているよ」


 嫋やかな美女だなんて。

 痩せっぽちなだけです。

 でもライアン殿下が私を覚えていてくださったとは。

 心がほっこりします。


「ナサニエルの婚約者だろう? 断罪とはどういうことだい?」

「ベイリーはこの僕の婚約者としてふさわしくない行いをしているのです」

「ほう、それは?」

「このマリリン・モートン男爵令嬢を虐めていたのです」

「ち、違……」

「はい! 私は見ました!」

「オレもです! マリリン嬢に嫉妬していたんじゃないですか?」

「階段から突き落とすのはやり過ぎです! 厳正な裁きを!」


 ニヤニヤ笑いを浮かべるナサニエル様とマリリン様。

 ああ、これほどの証人をでっち上げられては。


「ふうん? 予にはナサニエルにもベイリー嬢にも味方する根拠がないけれども」

「ハハッ、殿下はこれから起きることを見届けてくださればいいのですよ。ベイリー・カールトン伯爵令嬢! 僕は君との婚約を破棄する!」


 大きな歓声が上がる。

 ああ、何ということ!

 予想してなかったことではないですが、それでもナサニエル様を心のどこかで信じていたのでしょう。

 大きなショックです。


 いえ、私のことよりも、家に大きな迷惑をかけてしまう。

 お父様お兄様に何とお詫びすればよいか。


 ライアン殿下が面白そうに言います。


「ほう、これでナサニエルもベイリー嬢もフリーということか」

「……」

「ベイリー嬢、一つ忠告しよう」

「え? は、はい」

「パーティーは無礼講だよ」

「は?」


 無礼講? ライアン殿下は何を仰りたいのだろう?

 思わず殿下の美しい顔を見つめてしまいます。


「身分の上下なんか考えなくていい。心を解放しろ」

「心を……」

「自分は悪くないと考えているんだろう?」


 皮肉な笑みを浮かべるライアン殿下。

 もちろんです。

 私はナサニエル様の抱える男爵令嬢に対して何もしていません。


 ライアン殿下のお言葉を噛みしめます。

 心を解放する?

 もう我慢しなくていいんだ。

 私は悪くない!


 自分の中でカチッと何かが外れたような感覚があるとともに、不思議な声が重々しく響きました。


『寛恕様態は破棄された』

「えっ?」

「誰の声だよ?」


 パーティー参加者が皆キョロキョロしています。

 何でしょう?

 強いて言えば神様の声?


『最大猶予容量を突破している。直ちに強制執行様態に移行する』


 強制執行、ですか?

 あっ!


「わわわわわ?」


 ナサニエル様の身体が宙に浮いている?


「えええ? どうなっているの?」

「ななななな?」


 続いてマリリン様やウソの証言をした皆さんが次々と空中へ。

 そして宙に浮いた皆さんの下半身が丸出しになります。

 ええ、何これ?

 どうなっているんでしょう?


『強制執行開始』


 切り捨てるような有無を言わせない声が響き、無数の神の手(?)が現れました。

 そして……。


「痛い痛い痛い!」

「やめてえええええ!」

「のおおおおおおお!」


 べしべしべしべしっ!

 神の手が皆さんのお尻を叩きまくる、阿鼻叫喚の地獄が現出しました。

 ライアン殿下が大笑いしています。


「ハハハハハ! これは素晴らしい! スカッとするな」


 殿下の仰る通りです。

 べしっと一叩きするたび心が軽くなるような気がします。


 その衝撃的な光景が続いたのは一、二分に過ぎなかったと思います。

 強制執行が終了し、降ろされたお尻丸出しの令息令嬢は、全員目の焦点が合っていらっしゃいません。

 ライアン殿下が声を張り上げます。


「皆の者! これがベイリー嬢の加護である! 強力な司法断罪の効果だ。ウソを吐いてベイリー嬢を陥れようとした卑怯で間抜けな者どもが餌食になった」


 これが私の加護なんですね。

 ライアン殿下は私に心を解放しろと仰った。

 殿下は私の加護を信じてくださっていたのでしょうか?


「ゆめゆめベイリー嬢に難癖を付けたり、神を侮ったりしないように」

「「「「「「「「はい!」」」」」」」」


 当然ですけどパーティーはお開きになりました。

 婚約破棄されたばかりだというのに、何とスッキリした気分なのでしょう!

 これも全てライアン殿下のおかげです。


          ◇


「やあ、ベイリー嬢。呼び立ててすまないね」

「いえ、あの、申し訳ありませんでした」


 パーティーから二日後、ライアン殿下に王宮へ呼び出されました。


「ん? 何を謝っているんだい?」

「パーティーの事件についての罰則が決まって呼び出されたのではないのでしょうか?」


 晴れやかな気分で帰宅したものの、あの惨劇を思い出して青くなりました。

 各方面に大変な迷惑をかけてしまっています。

 どう始末をつけたものでしょうか。

 ライアン殿下がお笑いになります。


「ハハッ、あれに罰則があるなら、予ではなくて学園長に呼び出されるだろう。でもそんなことはないよ。加護による正当な裁きだと報告してあるからね」

「ありがとうございます!」


 さすがはライアン殿下。

 私のような身分の者に対しても公正です。

 殿下が王位に就いた後の王国は、きっと今以上に栄えることでしょう。


「御用はそれだけだったでしょうか?」

「いや、もう一つあるんだけど、その前にベイリー嬢に疑問があれば答えるよ」


 そういえば。


「……先日のパーティーの際、殿下は私に『心を解放しろ』と仰いました」

「ああ、確かに言った。やはりそのことは気になるだろうね」

「誰もが私の加護は役立たずと言っていたんです。殿下に救われました」

「一度コツを掴めば忘れないだろう。もう自在に発動できるかな?」

「はい。あの後侍女を一人、お尻ぺんぺんしました」


 常日頃私のことをバカにし、仕事がいい加減だった侍女です。

 家の規律がしゃんとしたのでよかったと思います。


「結構。罰せられた者に精神的ダメージが大きいから、あまり使い過ぎないようにね」

「はい」


 わかっております。

 実際に執行しなくても、罰を与えられるかもしれないと考えるだけで人は慎ましくなるものですから。


「殿下は私の加護のことを御存知でいらしたのですか?」

「いや、そうではない。予が隣国に留学していたのは、加護をよく知ることというのも理由の一つだったんだ」

「さようでしたか」


 隣国は我が国よりも加護の研究が進んでいると聞いたことがあります。


「予は以前から疑問に思っていたのだ。加護は神から賜るものであるのに、何の役にも立たないなどということがあるだろうか? 神がそんなムダなことをするであろうかと」


 思わず瞠目します。

 全然そんなことを考えたことはありませんでした。


「そして過去の記録を調べてみると、役立たずの加護持ちとされているのは、決まって貴族の女性なんだな。奇妙なことに」

「そうなんですか?」

「貴族の女性は感情を表に出さないことが美徳とされるだろう?」

「……それで『心を解放しろ』と仰ったのですね?」

「仮説だがね。加護が初めて発動した時の資料を読み進めていくと、可能性は高かろうと思っていた」


 つまり心に素直であることこそが加護の発動の条件。

 神の御心に沿うことなのですか。


「加護を賜った日のベイリー嬢は実に美しかった」

「覚えておられたのですか」

「もちろんだ。忘れるはずがない」


 私が加護持ちとなったのは、伯爵以上の高位貴族で同年代の令嬢令息が集められた、ライアン殿下のお披露目の会でありました。

 突然自分を中心に神力が集積し、その中を揺蕩うような感覚に捕らわれたのです。

 とても気持ち良かったことを覚えています。


「あれほどの神力の高まり、輝き、幻想的ですらあった」

「は、はあ……」


 完全に主役のライアン殿下を食ってしまっていたと、後から各方面でネチネチ苦情を言われました。

 黒歴史でもあります。


「あの神秘なる奇跡が無意味なものだとはとても考えられなかった。それからずっとベイリー嬢に心惹かれていたんだ」


 知らなかった。

 恥ずかしいです。


「ベイリー嬢は賢いし、美しいしな」

「えっ?」


 公爵令息と婚約している身でしたから、教養で劣ってはならないといい成績をキープしていたとは思います。

 それこそナサニエル様よりも。


「予と婚約してもらえないか?」

「ええっ?」


 もう一つの用ってそれですか?


「ナサニエルがすぐにかっさらってしまったからな。今まで手を出せなかったんだ。バカなやつで助かった」

「た、大変恐れ多いことながら、私では少々身分が足りないかと」


 伯爵家から王太子妃という例がないではありませんが、通常は後ろ盾になるという意味でも力のある侯爵家以上から選ばれるのではないでしょうか?

 しかしライアン殿下は笑って手を振ります。


「何の何の。ベイリー嬢の持ち加護が素晴らしく強力なことが周知された今、反対する者などおらんよ」

「そ、そうでしょうか? ではあの、よろしくお願いいたします」

「うむ、近い内に正式に婚約を申し入れる。伯爵によろしく」


 夢みたいです。

 嫁みたいです。

 お妃教育頑張らないと!


「そしてベイリー嬢に謝らなければいけないことがある」

「殿下がですか? 何でしょうか?」


 ピンチに現れ救い出してくださったライアン殿下は、私にとってヒーローなんですけれども。


「ナサニエルが婚約破棄するように仕向けたのは予なんだ」

「えっ?」

「ナサニエルがベイリー嬢に飽き足らないという情報を聞いてな。さりげなくやつ好みのマリリン嬢に会わせて煽ったんだ。そしてサマーパーティーで公開婚約破棄になると聞いて帰国した」


 全部御存知だったとは。

 ビックリです。


「どうしてもベイリー嬢を手に入れたくてな。苦境に陥っていたことを知りながら放置していてすまなかった」

「いえ、あの、ありがとうございます」

「お尻ぺんぺんは勘弁してくれ」

「そ、そんな!」


 ナサニエル様はずっと私を見下していました。

 たとえ結ばれたとしても幸せにはなれなかったと思います。

 優しい眼差しを向けてくださるライアン殿下と婚約なんて、とても幸せです。


「最後に一つ」

「はい」


 あれ? まだ何かあったのでしょうか?

 ライアン殿下の言葉を待ちます。


「ライアン、と呼んでくれ」

「……ライアン、様」

「ベイリー、愛しているよ」


 ハグされました。

 自分の顔が赤くなっているのを自覚します。

 ライアン様の香りに包まれる、これは幸せの序曲なのでしょう。


「あ……」

「ほう、こんなことも起こり得るのか」


 私の加護が発動して多くの神の手が出現、祝福の拍手がいつまでも鳴り響くのでした。

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