るっくあっとみい!
藤原くう
第1話
天高く拳を突いて、勝鬨を上げたい。
そんな気持ちをぐっとこらえて、わたしは魔王城の長い廊下を歩きます。広い廊下の両側にはお姉――クイーン様の親衛隊の方々が控えていますから、顔をにやけさせるわけにはいきません。クイーン様の右腕としての威厳を損なってしまえば、その座を失ってしまうかもしれませんから。でも、やっぱりにやけてしまいそうです……。
廊下の終わりには、扉があります。その扉の前で、いかにも神妙そうな表情を取り繕って、自らの名前を口にします。
扉から、声が返ってきました。わたしの大好きな人の声。自然と心が弾みます。
親衛隊二人によって扉が開きます。中へと入ると、扉は閉められました。
ここは玉座の間。魔王城の主が鎮座する部屋。
わたしの好きな人がいる部屋。
「クイーン様」
「よく来たな」
広い部屋の奥に玉座があり、そこには少女が座っています。彼女こそは冷酷非情な闇の女王、クイーン様です。玉座の前にかしずくと、クイーン様は玉座から立ち上がり、わたしの下まで歩いてきます。
目の前までやってくると、その無垢な手がわたしへと向けられます。
「そんなにかしこまることはない。私とお前の仲ではないか」
顔を上げると、わたしのことをクイーン様が笑みを浮かべて見ています。その笑顔は、ともに遊んだ幼い頃のそれとちっとも変わっていません。他の誰にも見せない、わたしだけへ向けれた特別な笑顔。
その手を恭しくとって、わたしは立ち上がります。
「クイーン様。いえ、お姉さま。お久しぶりです」
「久しぶり。何年ぶりだったか」
「二年と百五十五日です」
「よく覚えているな」
「クイーン様とまた出会える日が楽しみで」
「それはそれは私も待ち遠しかったよ。それで、何やら大戦果を上げたそうだが」
「ええ! 大戦果も大戦果です。聞いたら、わたしのことを妻にしたくなるかもしれません」
「いやそれは不可能だが……」
「いいえ! 人間界では同性婚というものが正式に認められようとしているのですよ? 侵略先とはいえ、いやだからこそ、いいところは吸収していかなければ――」
「それよりも、戦果について話してくれ」
頼まれたら話すしかありませんね。コホンと咳ばらいをします。大事な話なので、どもったり舌をかんだりすることは許されません。
「人間界における、最大の障害を排除したんです」
「というと?」
「ほら、いたじゃないですか、魔法少女。確か、ソラって言いましたっけ。あの子を倒したんですよ」
「なん……だと……」
あれ、お姉さまったら、雷に打たれたみたいに硬直しちゃってどうしたのでしょう? 驚くぐらい嬉しかったのでしょうか。それにしては、驚きすぎな気がしますけど。
おーい、と手を振っても気が付いてくれません。ここは失礼ですが、つつましやかな胸を触ることにしましょう。やましい気持ちは全くありませんよ? これはお姉さまの心臓が動いているかを確認するため、そう、医療行為なのですから。
早速、と手を伸ばしたところで、お姉さまが意識を取り戻してしまいました。残念。
揺れる瞳が、わたしのことを見つめます。
「もう一回言ってくれないか」
「お姉さまのためなら、何度だって何百回でも――」
「そういうのはいいから!」
「は、はいっ」
どうして声を荒げるのかわかりませんでしたが、先ほどと同様のことを繰り返します。お姉さまの水晶玉のような目が大きく見開かれ、黒曜石のような底のしれない黒目が小さくなりました。飾りたいくらい綺麗です。
「それは、本当なのか?」
「本当ですよ。倒れるところまでちゃんと確認しましたし、生きていたとしても、かなり弱ってるんじゃないかなあ」
「そうか……」
「写真ありますけど」
「いやいい」
信じてもらえなかったときのため用意した写真だったけど、よけいな心配だったようです。というか、わたしは知らぬ間にお姉さまのことを疑っていたらしい。これは反省しなくては。
懐から、写真を取り出す。写真には、地面に倒れる少女の姿が鮮明に映っている。そのボロボロに傷つき地面を這っている女こそが、我らが魔族の宿敵である魔法少女の五条ソラです。
「いやー確かに強いと聞いていましたけど、大したことなかったですね。これなら、お姉さまならデコピンで倒せてたかも」
わたしの言葉に返答はありません。何事かを真剣に考えているようです。最強の相手を撃破したというのに、何を考える必要があるのでしょう。
そんなことを思いながら、爪に火を灯します。揺らめく炎に写真を近づけます。火は写真へと燃え移り、哀れな魔法少女の姿は塵となって消えていきました。後に残ったのは、何ともいえない臭いだけ。
「これで、地球侵略は盤石のものになりましたね。あの青い星をノイズまみれにする日が楽しみだなー」
「…………」
「あ、そうだ。今から侵略するっていうのはどうですか? ソラとかいう魔法少女が病院送りになっている今なら、完璧だと思うんです」
「ダメだ」
「え……?」
「そんなことはできない」
思わぬ発言に、わたしはお姉さまの方を見ます。お姉さまは、思いつめた表情を浮かべています。普通なら、最大の敵がいなくなったのですか、両手を上げて喜ぶべきところでしょう。あわよくば、上げた両腕でわたしを抱きしめてほしい。
しかし、お姉さまは喜びません。部屋に、微妙な空気が流れています。その発生源は、他ならないお姉さま。
「どうしてですか。絶好の機会じゃないですか」
「ダメだと言ったらだめだっ!」
声がわたしの体を揺さぶります。言葉の端々からは、わたしに対する敵意のようなものが見え隠れしていました。はじめて向けられた、その圧倒的な威圧感に体がすくみます。
どうして。
感じたことのない恐怖心の中で、疑問が浮かびました。
「わ、悪い。怒鳴ってしまって」
「き、気にしないでください」
嘘だ。気にしないでなんか、いえない。わたしのことだけを気にしていてほしい。そんな悲し気な顔をしないでほしい。 ――でも、そうしたのは、他ならないわたし。
この場にはいられない。
わたしは、礼儀作法とかすっかり忘れたぞんざいな礼をして、弾かれるようにその場を後にします。わたしの背中に、呼び止める声がかかったけれど、立ち止まることはできませんでした。
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