第21話 老園長と父親からの依頼

 最年長の森川一郎園長が、少し間をおいて、静かに思うところを述べ始めた。


 岡山さんのおっしゃること、まさに、ありがたくお聞きいたしました。

 私らは、何も子どもらやその親御さんに感謝してもらうためにこの仕事をしておるのではない。この社会で生きている人たちが、一人でも多く幸せな場所に行っていただくためのお手伝いをしておるに過ぎんのです。

 さて、今回の清美の件ですが、これはもう、第一には高校を卒業できるように。

 その一点が、肝要です。

 さらに、その軸をもとに、今ある仕事に加え、本人にとって将来糧となり得る仕事をやっていくことで、その間をしのいでいくことです。

 単に今いる下川の本屋さんの仕事をして小遣いに毛の生えた程度の金を得て、あとは学校に通うだけ通って、単位をとって卒業できればそれでええというものでは、断じてない。その程度の意識では、そこらの飯さえ食えればいいという勤め人根性の者らと、何らも変わらんではないか。

 この件は、清美のこれからの人生にとって、またとないチャンスである。

 ですから、どちらでどの程度、どのような仕事をしていくかについては、どうか、下川さんと本田さんご夫妻、それに、陽子さんも交えて、上手いこと、清美が成長できる形を整えてやっていただきたい。

 私自身がしゃしゃり出てどうこう述べる権限は、今の私にはありませんからな。

 よしんばあったとしても、私ごときが下手に出ない方がよいのではないかと、そのように、思っておる次第です。

 下川さんに本田さんご夫妻におかれては、どうか、清美をよろしくお願いします。


 老園長の言葉を受け、今度は、清美の父親が丁重に礼を述べ始めた。


 父親である私からも、どうかよろしくお願いいたします。

 この子さえよければ今すぐにでも大阪に来てくれれば、私としては、ありがたい。

 ですが、今から私のもとに来させるのはいいとしましても、大阪という慣れない環境で一からやっていくことも去ることながら、高校の転入の問題もありましょう。

 何より、親子として離れている期間が長いだけに、お互いのすれ違いも出来ましょう。そんなことで清美の足を引っ張ることにならぬかと、私は懸念しております。

 これこそが清美にとっては、大宮君が先程述べておられた「リスク」そのものではないのかと、私自身、思い至りましたものでして。

 つきましては、下川さん、本田さん、私の娘の清美を、よろしくお願いします。

 森川園長先生、長い間、御迷惑をおかけして、申し訳ありませんでした。

 それから山上先生、これまで娘と息子らが、本当にお世話になりました。

 唐橋先生にも、どうかよろしくお伝えください。

 それから、大宮君と陽子さん。

 誠に申し訳ないが、今後ともこの子の力になってやっていただけませんか。


 岡山和彦氏は、居合わせた一人ひとりに礼を述べるとともに、深く頭を下げた。

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