第19話 こうして、子どもらにようやく・・・
思い当たる節でもあったのか、少女は一瞬、ハッとした。
彼女は、思うところを少しずつ、言葉を選びつつ、自らの思いを吐露する。
言われてみれば、確かに・・・。
商品としての本が店にあって、それを人に売っていく、場合によっては配達する、そんな仕事をしていますけど・・・、
言われてみれば、自分の目の前にある一冊ずつの本にどんなことを書かれているのか、どんな人たちに読まれるように作られているのか・・・。
そんなことにまで、意識が向いていませんでした。
そう考えてみれば、確かに、勿体ないことをしてきたように思えてきました。
先程陽子さんが言われましたよね、喫茶店では「文化を提供する場所」だと。
よくよく考えたら、本屋というのはそもそも、文化をあまねく発信していく場所なのだって。
それを私は、単に紙に文字や写真が印刷されたものを受取って流して、それでお金をもらっている場所くらいにしか考えていなかったのではないかと・・・。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
ウエイトレスに応募した少女の父親がやってきた。
彼はテーブル横に立ったまま、二人の大学生に頭を下げた。その後、席を勧められた父親は自らの娘の横に座り、思うところを話し始めた。
大宮哲郎君に本田陽子さん、この度は、娘のために、ありがとうございます。
あなた方は、さすがに国立大学の学生さんだけあって、しっかりされておいでや。
それに引換え、私は、正直、この子にとっては親失格です。終戦直後のどさくさの頃、一時すさんでおりまして、刑事事件も起こしました。
幸い、「弁当」がつきました。
大宮君はひょっとご存知かもしれませんが、この「弁当」と申しますのは、「執行猶予」の隠語でして、それで数年間、娑婆(しゃば)、と言ったら、難ですね。
この社会で、おとなしく生活せざるを得ない状況になりました。
その間、いろいろ、考えさせられました。
私が捕まっておる間、妻、この子の母ですが、故郷の岡山に戻って、息子2人とこの子をよつ葉園さんに預けたまではよかったが、それまでの蓄積がたたって、倒れて死んでしまいました。
息子らは先日、それぞれ不慮の事故などでこの世を去ってしまいましたけれども、こうして娘が一人生きていて、しかも、夢に向かって進んでいる。
先程、こちらにおられる山上先生と、それから、児童指導員と申すのですか、唐橋先生という若い男の先生からお聞きしました。さらに聞けば、今こちらに娘が園長先生と一緒に来ておるというものですから、唐橋先生に相談しましてね、それで、是非とも伺いたいと申し上げましたら電話してくださって、山上先生とともにこちらに参りましたら、こうして、ここで娘と十何年ぶりに再会できたわけです。
これまでも、早く岡山に来て何とか処置したいと思っておりましたが、自らの生活を何とかしていかねばなりませんでしたので、なかなか、それもかなわなかった。
・・・ ・・・ ・・・・・・・
ママさんが気を利かせて持ってきてくれた水のグラスを少し飲み、父親は、さらに語った。それは、横にいる娘の兄たちのことであった。
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