第17話 リスクというものの正体

 嘱託医の息子である大宮哲郎青年は、旧知の少女に話相手として、彼女自身の置かれた状況を説明しつつ、今の生活を維持することを基本に、これからの生活を組立てなおすことを提案している。その彼の横には、学部こそ違うものの同級生で同じ大学の学生でもある、この店のマスター夫妻の娘が座っている。

「いいかい、清美、今すぐにでも状況を変えて進んでいきたいという気持ちは、ぼくもよくわかる。だが、それは、あまりにも「リスク」が大きすぎやしないか?」

 少女は、幼馴染でもある大学生の言葉に、一瞬ひるんだ。

「哲郎君、「リスク」って?」

 彼女だけではない。その父親も、この場に立ち会っている老紳士も、さらにはマスターの娘である女子大生も、皆、その言葉にびくっとするところがあったのだろう。その言葉が発されて間もなく、場の雰囲気は微妙に、しかし大きく変わった。

 その変化をもたらした男子大学生は、それを見越しつつ、丁寧に話を進めていく。


 危なさというか、危険性というか、まあ、そういう意味で、ぼくは言っている。

 君がこの店に移って、本田さん宅で住込みをさせていただきつつ、加えて高校に通えるようにしてもらえたという条件で、このあと2年間の生活を送るとしよう。

 確かに最初のうちは新鮮で見るもの聞くもの楽しくて、羽目のひとつも外したくなるだろう。どうやらこちらのお店は、給料もいいらしいから、遊ぶ金も少しは残るかもしれない。遊ぶこと自体が悪いとは思わないし、ぼく自身が人のこと言える立場でもないけどね。だからこそ、言いたい。

 その解放感が高じてしまえば、かえって、これまでやってきたことを台無しにしてしまいやしないか。そうなると、高校の卒業以前に、学校に通うこと自体がおぼつかなくなって、下手すれば留年や中退に至ってしまわないかと思えてね。


 ここで、ウエイトレス姿の女子大生が口をはさんだ。


 私ね、子どもの頃から本を読むことが好きで、本屋さんに勤めたいと思ったこともあった。今でも、少し思っている。清美さんとは、まったく真逆の環境ね。

 だけど、実家は御覧のとおり、喫茶店。

 食べ物を扱うお店=(すなわち)=飲食店というのは、いろんな種類の、さらにいろいろな店があるけど、飲食店というのは、ただただ食べ物や飲み物を作って出していればいいって仕事じゃ、ないのよ。単に飲食物を出すのではなくて、その飲食物を通じて、「文化」を、私たちは提供しているわけ。

 他のお店のことは言わないけど、うちはね、お客さんに「文化」を提供することを心がけているの。


 これを言っているのは、私ひとりじゃないわよ。

 私の父ですけど、この店のマスターはいつも、母や私にそのことを言っています。

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