第16話 地下室パニック

 結局、冒険者ギルドでもお茶を淹れることがあるから、任せて欲しいという私の主張にシルさんが折れてくれました。

 シルさんはどうやら、紅茶に拘りがあるらしく、譲りたくなかったようでかなり、粘られました。


 いい銘柄の茶葉です。

 こんないい茶葉を扱ったことはありません。

 副ギルド長の方針で限界まで茶葉を酷使するので最終的にはほぼ微かに色が付いているお湯なのですが。


 ギルドでのティータイムよりもずっと、楽しめたのは気のせいではないと思います。

 高級な茶葉のお陰でかなり、くつろぐことが出来ました。


 お化け屋敷のように見えただけだったんです。

 やはり、お化けなんてこの世にはいない。

 そう冷静に考えることが出来る十分な休息時間だったと言えます。


 これでもう大丈夫です。


「それでは始めましょうか」

「はい」


 私が来る前にシルさんは一人で手際良く、片付けていたようです。

 ほとんどの部屋がきれいに片付けられていて、すぐに使える状態になっているのには驚きました。

 ただ、さすがにシルさんでも全ての部屋は無理だったみたいです。


 まだ、掃除が終わっていない部屋は地下室だけ。

 あまり、必要がないだろうと思って、後回しにしたらしいですが……。


「暗いですね」

「ええ。採光の小さな窓は設けられていたのですが」


 シルさんが指差した先には人の頭がどうにか通るくらいの大きさの窓がありました。

 そこから、微かな光が差し込む程度なので普通の人間だったら、薄暗いどころではすまない暗さです。


 でも、私は夜の闇でも平気な眼を持っています。

 今は見えない振りをしておかないとダメかしら?

 普通の人の振りをしておくべきよね。


「アリーさん、危ないので手を繋いでおきましょう」

「え? あっ……はい」


 これは想定外の事態でしょうか。

 シルさんは私が暗がりで転倒しないようにと心配して、こうしてくれているだけに過ぎないんです。

 頭ではそう理解しています。

 心はそう考えてくれないものらしく。


 心臓がうるさくて、顔が火照ってくるのも単なる生理現象です……。


「あれ? シルさん。これ、何でしょう? 押すのかしら?」

「え? アリーさん! そういうのを迂闊に触っては……」


 シルさんが止めようとする前に手が動いてました。

 『押すな』と小さく書いてあれば、押したくなるものでしょ?


 壁にあった丸いボタン状の物を人差し指で押した瞬間、微かな星明りに照らされた程度で薄暗かった地下室に火がともったように明るくなりました。


「うっきゃあああ。お化けええええ!?」

「アリーさん。落ち着いてください」

「「きゃっ(ぐぉ)」」


 みっともないことに少々、パニック状態に陥りました。

 こんなことではいけません。

 ありえない動きをしちゃいました。


 盲滅法めくらめっぽうに動こうとした結果、私の上げた悲鳴を心配して顔を近づけようとしたシルさんと正面衝突してしまったのです。


 正確には私の頭突きがかなりのクリティカルでシルさんの顔面に入ったと言うべきでしょうか?

 ただ、頭突きではあっても顔と顔がぶつかったので私も痛いのですが……。


 思わず、うずくまってしまうほどの痛みと赤いものが点々と床に染み込んでいきます。

 鼻血……。


「いったぁ……」

「ら、らいじょうぶれふ大丈夫ですか?」


 シルさんも鼻を押さえていて、指の隙間から赤いものが滴り落ちている。

 あれは結構、酷い鼻血に違いありません。

 ごめんなさい、本当にごめんなさい。


 しかし、何とも言えない雰囲気になってしまいました。

 どういう風に声を掛けたらいいのか、分からないんですから。


 その時でした。

 ゴリゴリと硬い物が擦り合わせられるような音とともに地下室の壁が開きだしたのです。

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