第2話 私の事情
冒険者ギルドを定時に出ました。
いつも通り。
何も変わらない日常です。
繰り返される変哲の無い日々が続きます。
決して目立たないように……。
それが私の信条。
特に誰かと会う訳ではありません。
だから、見栄もお洒落もいらないのです。
いいえ。
少し、違うかしら?
会う訳ではないけど、会いには行くのですから。
それが私のお仕事。
淡いパステルイエローのブラウスと濃紺のチェック柄のスカートを脱ぎました。
どちらも派手さはなくて、地味に見えるような物を敢えて、選んでいます。
選んでいるというのも間違いでしょうか?
そういう物しか、選べないんですから。
決して、目立ってはいけない。
そういうお仕事ですもの。
仕事着に着替えました。
ツーピースのゴシック・ドレスは闇夜に紛れる色をしています。
夜の闇をそのまま、糸にしたような漆黒なのです。
理由は闇に紛れるだけでなく、返り血が目立ちにくいからというのも大きな理由。
フリルやレースがあしらわれていて、それなりに女性らしさをアピールするデザインのドレスだけど、特に意味なんてありません。
お仕事の為の衣装に過ぎないのですから。
でも、この仕事着に着替えると私の中で何かが変わるのは確かです。
意識が変わると言うべきでしょう。
裾丈が短いのは私の得意とする蹴り技に支障がないように……。
袖も
実に合理的ではないでしょうか?
こう考えるのがいけない気はするのですが、やめられません。
夜の帳が下りてきて、光の影響を受けなくなった私の髪は
この地ではあまり、見かけない希少な髪色です。
目立たないようにする理由が分かっていただけたでしょうか。
アップにする為に留めていた大きな
瞳も光の影響がないせいか、
では
今日のお仕事も実に他愛のないものでした。
迷える愚かな仔羊三頭を天に導くだけでいい。
なんて簡単なお仕事なんだでしょう。
たったの三頭です。
一呼吸している間に終わりそうなくらいに余裕です。
「邪魔よ」
三頭だけと聞いていたけど、これもいつものことですね。
標的が三頭なだけでその他は含まれていないのです。
まぁ、三頭が三十匹に増えたところで何も変わりはないのですが……。
右から、勢いよく、突き出された槍を床を軽く蹴って跳躍し、わざと紙一重で避けました。
わざとそうしたのはその方が少しくらいは楽しめるからです。
そうしないとすぐに終わってしまうでしょう?
驚いた表情の男の首に目掛け、回転させた足を振り抜きました。
飛び回し蹴りとでも言うのかしら?
何かが折れた音が耳に心地良いです。
この瞬間に私は生きていると実感出来るんです。
着地はしません。
既に命の灯が消えた憐れな仔羊の体を利用して、反動でまだ、動きを見せることが出来ないでいた可哀想な仔羊二人の首に両手の
「悔い改めなさい。罪を認めてくださいな」
「ま、ま、待ってくれ。帰りを待つ妻と子がいるんだ。助けてくれ」
愚かですね。
その大事な家族をも危険に晒す真似をした罪深き者に待つのは……。
「慈悲を与えましょう」
それこそが神に与えられた私の役目だから。
空に顔を覗かせる大きな月に照らされながら、眼下の街並みを見渡し、物思いに
今日のお仕事でも返り血を浴びてません。
今までもずっと、そうでした。
あの時を除いて……。
お仕事をしている時は氷水を頭から、浴びたように冷徹でいられます。
何の迷いもなく、一撃で売国奴という名の悪を討ち果たす。
それが私の
その為だけに鍛えられた刀身は頑丈で細く、鋭い。
一撃で急所に通せば、返り血を浴びることなどない。
なぜなら、戦場で止めを刺す――苦しみを終わらせる為に用いられた短剣なのです。
ところがあの日は違いました。
愚かな仔羊の一人が、紫色のきれいな瞳を持っていたんです。
それを見た瞬間、私の中で何かが切れる音がしました。
気が付いた時には両手は血塗れになっていて、返り血を頭から、たっぷりと浴びていたのです。
子羊の頭は割れたザクロのようになって、原形を留めていません。
我ながら、酷いことをしています。
そこを見られてしまいました。
あの記者のことは良く知っています。
愛すべき隣人。
善き愛国者。
悪である売国奴を追い、決して許さない正義の人。
公然と批判し、
顔をはっきりと見られなかった自信はあります。
多分、大丈夫でしょう。
だが、姿を見られたのは非常に不味いかも……。
この場合、目撃者も消さなければいけない掟がある。
……などということはありません。
目撃されたことを敢えて、利用する。
これも一つの手ではあるのです。
抑止力たり得れば、世界はより良く回るという考えなのでしょう。
私には難しいことはよく分かりません。
そういうのは上の人が考えることでしょう。
「『黎明の聖女』か。笑えない冗談だわ」
とはいえ、翌日の新聞の一面記事を見て、目許と口が引き攣りました。
まさか、そんなにも持ち上げられるとは思ってなかったですから。
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