第8話 距離感が0か100か



【第二章 そもそも発達障害ってなんなの?】




※発達障害の症状は一人ひとり異なります。

※登場人物の症状が発達障害の全ての人にあてはまるわけではありせん。




【距離感が0か100か】



 それからも桜庭スズの猛攻は続いた。



 カナメが学食でラーメンを啜っていればどこからともなくスズが現れた。


「カナメさん、おはようございます。こんなところで偶然ですね」

「おはようって……今昼だし、ここうちの大学の学食だよ?」

「でもあいさつはおはようございますでしょう? それはラーメンですか? 食べたことがないので私も食べます。友達ってそういうものですよね」

「……」


 いや、あとをつけてるだろ。そう言いかけるのをグッと堪える。


「それ、まだつけてるんだ、サングラス」

「もちろんです! というかこれがないと眩しくてもう外に出られませんから」

「うーん、まあ役に立ってるならよかった」


 スズは相変わらずパリッとしたシャツを着てフォーマルな格好だったがそのサングラスだけが浮いている。まあ本格的なサングラスと違いぱっと見はただのメガネだがそこだけカジュアルだ。


(ずっとかけてるってことは相当症状重かったんだろうな)


「これおいしいですね!」


 ラーメンをもって来たスズはカナメの正面の席に許可なく座る。色々言いたいことはあったがスズがラーメンを食べると「おいしい」と笑うとつい文句が引っ込んでしまった。






「おはようございます、カナメさん。また偶然ですね」

「いや、桜庭さん、先週この授業いなかったじゃない……」

「今週から聴講することにしたのです、社会学って面白そうですよね。大学の授業は面白くなかったのですが友達と一緒なら楽しそうです」

「……」


 距離が近い。近すぎる。ペンケースまで近づけてくる。


(あの処方箋の通り桜庭さんが発達障害なら距離感が掴めてない可能性が高い。0か100かで考えがちだから、距離感も0か100かになりやすい。いやならはっきり言わないと伝わらない)


「カナメさんは大学は好きですか? 私はあんまり好きじゃありません。だって高校までと何もかもが違って。変化は苦手です……カナメさんと探すことも学部が違うだけでこんなに大変だと思いませんでした。高校までなら先生に聞けばなんでもわかったのに、ここには担任の先生もいないです」

「うーん、私は大学は好きかな。高校と違って自由だし」

「そうなんですね……私も好きになれるといいな」

「……」


 どこではっきりいうべきかカナメは悩んだ。ただ昔の自分を思うとなんとなくスズに強く出られなかった。友達という言葉を宝物のように話すスズを見ていると余計に言うべき事を先送りにしてしまった。






「……げ」

「カナメさん!」


 そう思っているうちについにスズは帰り道まで現れた。真っ直ぐな道の歩道の先からスズが小走りにかけてくる。仕方なくカナメは自転車を止めて彼女を迎えた。この調子では自宅を突き止めらるまでそうはかかるまい。


「こんなところで会うなんて偶然ですね!」

「いや、待ち伏せしてたでしょ? 桜庭さんいつも帰る方向真逆だし」

「ぎくっ……い、いいえ! そんなはずないでしょう!? 私はこっちに他またまお母さんの用事があったんです」

「……」


 カナメは悩んでいた。スズのやっていることはほとんどストーカーだ。どこかではっきり言わなければならない。


(発達障害は察する能力が低い。はっきり言わないと伝わらない)


 実際発達障害の特徴を表すようにスズはカナメと会っても一方的に自分の話をするだけで完結してしまう。結構なストレスだ。ただ……昔自分も同じようなことをした。


「あ! 私もそこの角まで用事があるんです! 一緒に歩いていいですか?」

「……まあ、そこまでなら」

「友達と帰り道っていいですね。こんなのいつぶりかなあ……本当に久しぶり」

「……」


 そしてスズの言葉の端々に孤独の影を感じてカナメは黙ってしまうのだった。






 しかしその後もスズの猛攻は続いた。むしろエスカレートしていった。授業中、休み時間中、帰宅中、どこにでも現れた。


「こんにちはカナメさん、またパンですか? 私はお母さんのお弁当です」「その本を買うのですか、カナメさん。それは私も読んだことがありません、私も買います」「一緒に帰りませんか? 方向が違うし自転車だから無理?」「カナメさん、一人暮らしなんですか?」「カナメさん、友達っていいですね」「カナメさんのお家ってどこですか? 早く遊びに行きたいです」


「いい加減にしろーーー!」


 菓子折りをもらって二週間後、ついにカナメは爆発した。


「ど、どうしたのですか、カナメさん……?」


 スズ自身はさっぱり分からず、青天の霹靂といった有様だった。


 相変わらずサングラス姿のスズはびっくりして固まっていた。カナメはため息をついた。この二週間、スズに付きまとわれている。本人に悪意はないがストーカーまで後一歩という感じだ。


 今は二限目が終わったばかりの昼休み。カナメは授業を終え学食へ向うところだった。校舎の外に出たところで当然のようにスズがついてきたので思い切って本音をぶちまけた。


「いい加減にして、どうしてそんなに私に付きまとうの?」

「つ、付きまとうって……そんなつもりじゃ」


 子供のようにしょげた顔をされるとカナメも悪いことをした気分になる。しかしストレスはマックスだ。こちらの限界が来る前にはっきり苦痛だと言わなければならない。


(私もそうなんだからはっきりしないと。発達障害ははっきり言わないと分からない)


「こういう風にされると私は苦痛なの! もうやめて!」


 よし。ちゃんとアイメッセージで伝えられた。カナメが覚悟を決めているとスズは俯いていた。


「どうしてなの……またこうなっちゃった」


 よほどショックだったらしく目端に涙を滲ませている。カナメはとってつけたですます口調の取れたスズの言葉は本音だと感じた。


「いつもこうなの、仲良くしたいのにうまくいかない……友達ができない」

「……」


 その気持ちはカナメにも覚えがある。自分の気持ちしか見えず、相手の感情を想像できていなかった。そして親友のつもりだった人が「不動さんがいじめるんです」と先生に泣きついた。


「またダメだった。ごめん、もう行く……え?」


 去ろうとするスズの肩をカナメは掴んで止めた。


「一度話をしよう、いいからついて来て」


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