第7話 そして二人は出会った



 体育館の着替え室を出て校舎を移る時、カナメは話しかけられた。


「待って!」

「桜庭さん?」


 大声に振り返るとサングラスをかけたままの桜庭スズがいた。何か急いでいたのかジャージ姿のままだった。さっきより顔色がいいので本当に視覚過敏だけが不調の原因だったらしい。


 スズはカナメを見つけられてホッとした。あの後さっさと着替えに行ってしまうし、スズは着替えも遅かったから


「ど、どうしたの?」

「……名前」

「え?」

「名前、教えてもらっていい?」

「……不動カナメだけど?」


 思わず正直に答えてしまった。


「ありがとう、私は桜庭スズっていうの」


 それでもありがとうと言われた時の笑顔があまりに柔らかくてまあいいやとカナメは思ってしまった。







 桜庭スズは帰り道を歩いていた。夏至が近いせいか五時も近いのに真っ青な空だ。じっと見上げるがわずかしか眩しさを感じない。


 本当にこれのおかげだろうか? とかけたままのサングラスに右手で触れる。そっと外してみるとまた眩しさで目が痛かった。すぐ戻すとまた楽になる。今日大学に来る時は何もなしだったのに今はこれなしというのが想像できなかった。


 というかこれは本当にサングラスなのだろうか? もらった時はほとんど色なんかついていなかったからメガネと勘違いをした。しかし、外すと眩しいと感じるということはただのメガネではない。


(不動、カナメ……どうしてこんなことを知っているの? どうして私に必要なものが分かったの?)


 彼女とは三度しか会っていない。病院とドイツ語の授業と体育の授業の時だけだ。しかもほとんど話などしていない。


(何者なんだろう)


 スズは帰宅した後もその考えが頭を離れなかった。







 一週間後、再びドイツ語の教室にて。


「おはよう、咲森さん」

「おお、不動さん、おはよう。十分前なんて珍しいね」


 珍しくギリギリではない優雅な登校をするカナメにミサキは手を振った。彼女はまたカナメがギリギリに登校するのではとドアの側の一番前の席で待っていた。


「あはは、まあ私も日々進化しているんだよ」


 実は昨日は最終作戦を行ったのだ。具体的には昨夜の九時にWi-Fiの電源を落として、目覚まし時計を二つかけたのだ。おかげでAIスピーカーは朝の挨拶をしてくれなかった(インターネットに繋がないと何もできないのだ)がお陰で七時半に目を覚ますことができた。トーストに目玉焼きまで作ることができた。やはり夜にインターネットは良くない。代わりに本を読み耽ってしまったがそれでも0時前には眠った。


 これからは月曜の準備はこれでいこう。非常プランからの解放の日も近い。そう思ってカバンを見ると今日はちゃんとペンケースが入っている。もちろんノートと教科書も。


 今日はいい日になりそうだと思っていると突然隣に誰か座った。


「おはようございます、カナメさん」

「へ?」


 隣にいたのは桜庭スズだった。相変わらずクラシカルなブラウスとスカートを着ている。そして顔にはカナメが渡したサングラスをかけていた。


「さ、桜庭さん、おはよう。どうしたの?」

「またカナメさんに会えてよかったです。大学って大変ですね。同じ学科じゃないから探すのに苦労しました。というか探せなくてこの授業まで待ったんですが」


 いきなりの下の名前呼びについていけない。ドアから入ってきた気配はなかった。探したと言っているがまさか待ち伏せしていたのか?


「カナメさんって……不動さんと桜庭さんって知り合いだったの?」

「いや、知り合いってほどじゃ……」

「友人です」

「「えー!?」」


 余裕の笑顔のスズにカナメとミサキが同時に声を上げる。なんなのだ、そのいきなりのランクアップは。というか口調が変わっている。その取ってつけたようなですます口調は一体なんなのだ。


 スズはカナメをまっすぐ見つめると急にガクッと九十度頭を下げた。


「まず先日はどうもお世話になりました。こちら母に相談して考えたお礼の品です。お口に合えばいいのですが」


 そう言ってピンク色のリボンが巻かれた高そうな菓子箱を差し出してくる。世間知らずのカナメでも知っている有名な高級メーカーだ。多分中身はクッキーの詰め合わせ。


「突然こんな高そうなの貰えないよ」

「なぜ? カナメさんは私にこれをくださったではないですか?」


 そう言ってサングラスをかけた顔を近づけてくる。確かにそのサングラスもカナメにとって安い買い物ではないが、謝罪の気持ちだし、流石にこの菓子は不釣り合いだ。


「そりゃそうだけど……ていうか、その突然のですます口調やめて! 混乱する!」

「なぜですか、大切の友人には礼儀正しく接するべきです」

「だからいつ友人になったのー!?」

「ちょっと不動さん……先生が」

「ゴホン」


 チャイムがなったのにまた騒がしい生徒たちにドイツ語講師は今週もわざとらしい咳払いをした。





続く





>>

これにて一章幕となります。次は二章「そもそも発達障害ってなんなの?」を始めます。

自分なりに頑張ったので来週はお休みします。

また再来週! これからも土曜更新で頑張ります!


来週はちょっとしたキャラ設定とかアップしてると思います。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る