第3話 発達障害の朝は戦場
一人暮らしの大学生のカナメの朝は早い。それは嘘だ。そう願っているだけで基本的にいつもギリギリだ。
AIスピーカーは毎朝七時に朝の挨拶をする設定にしている。内容は毎日違って豆知識的なことを教えてくれる。それだけでは寝てしまうので好きな音楽を続いて連続でかける設定をスマートフォンからしている。他にも色々喋って自然と目が覚めるように設定を試した。
問題はカナメが「ストップ」「キャンセル」と言えば全て停止してしまうことだ。全く記憶にないが全て停止させたらしい。
「アレクサ、なんで起こしてくれないの!?」
『アラームの設定を行いますか?』
「キャンセル! いいよ、ばかー!」
ちなみにかなり大音量の普通のデジタル目覚まし時計もかけていたがばっちりオフになっていた。ベッドから飛び起きるとカナメは普通のアナログ時計を確認する。ちなみに部屋に時計は三つある。
八時二十分。一限目のドイツ語は九時からだ。この一人暮らしの部屋から大学まで自転車で十五分、間に合わないことはないが特性で気を散らす暇もない。
『お薬の時間です、飲み忘れないでくださいね』
「そうだったー! うわーん!」
AIスピーカーの時限設定メッセージは無常にタスクを増やしていく。
(お、落ち着けカナメ! こういう時は非常プランだ!)
悲しいことに日常の半分以上は「非常」プランなのだが。
理想の朝はある。ちゃんと七時に起きてゆっくり朝食をとり、カバンの中に忘れ物がないか確認して、授業の十分前には席についている。そう、夢を見ることは悪いことじゃない。
だが空想上の有能な自分を諦めることも立派な決断だ。あり得たかもしれない素晴らしい自分を惜しむワーキングメモリも今は惜しい。急ぐための用意だって仲間と相談して発達障害ゆえにしてあるのだ。
とにかく洗面所に行って水で三回顔を洗う。せっかく買った洗顔石鹸は無視する。鏡を見て大きな寝癖がないので髪はそのままにする。
そしてワンルームのテーブルの真ん中に置かれたカゴの中に入れてあるウィダインゼリーを二つとる。エネルギーとプロテイン。その二つをググッと飲み干すとカゴから薬を取り出す。冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出して薬を飲む(これを忘れると本当に辛い)。
(朝食終わり!)
空のウィダインゼリーをちゃんとゴミ箱に放り捨てる。
現在時間は八時三十二分。焦らないように深呼吸をする。昼食のことは後で考えよう。
そして服を着る。幸いカナメの服の戦術ははっきりしているので着るものに悩まない。流行は捨てた。重要なものは着心地だ。触覚過敏があるからか身体を締め付ける服や苦手な触感の素材は避ける。なのでカナメの服はほとんどゆったりとした黒いズボンとチュニックだった。どれを選んでも大体同じなのでワーキングメモリにダメージが少ない。一応骨格診断とカラー診断で似合う色のものだけにしてある。こだわりにひっかるような色や形はあらかじめ排除してある。
さっさとラウンジワンピースを脱ぎ捨てる。そしてユニクロのブラトップをつけて、チュニックとズボンを着て、靴下を履く。最後にアナログの腕時計をつける。
これで八時四十分。昨日カバンに教科書を詰めたので中は確認しない。最後にカバンのキーホルダーに自宅の鍵も自転車の鍵もついていることを確認して、スニーカーを履いて家を出る。
「鍵かけた! いってきます!」
誰に言うわけではないが言わないと自分が鍵かけを忘れてしまうので習慣になっている。そう言ってマンションの階段を駆け降りていき、自転車置き場で自転車を見つけると安堵した。間に合うかもしれない……。
「……げ」
マンションのすぐそばにゴミが積まれていることにそんな声が出る。今日はゴミ捨ての日だったのだ。そういえば玄関あたりに青いゴミ袋が置いてあった。
「ちっくしょう! アディオス!」
やけっぱちな台詞を吐き捨てて自転車を漕ぎ出す。残念ながら日常には諦めなければならないことがいっぱいだ。それの全てが発達障害のせいかまではわからないけれど。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます