第11話 美女の涙

 俺は、大人しく泣いている女神を、そっとしておいて御領主様に話しかける。


「この城の城門、なんであんなに立派なんだ。何かを恐れているのじゃ無いか。守備兵も多かったしな」


「ふん、それがお前に関係あるのか」


「俺には関係ないさ。ただ、今それが無くなっていることを教えて上げたくてね」


「なっ……」


 御領主様はすぐ横にいるナドラの顔を見た。

 ナドラは目を見開き、少しうなずいた。


 ――おいおい、あれだけの騒音に気が付いてなかったのかよー、この御領主様。それほどお楽しみに夢中だったのか、ある意味すげー。

 まあ、この女神様を目の前にしたら、俺も何も聞こえなくなるかもしれないなー。人のことを言えないか。


「さっき俺を脅してくれていたが、あの程度の門は、一人で壊せるし、城内の兵士も数が足りない。俺を敵に回すならその程度の防御じゃ不十分だ。将もナドラじゃ弱すぎだ。天神の勇者か天帝の勇者ぐらい雇っておかないとな」


「なんだと!!」


 御領主様が驚きナドラの顔を見た。

 ナドラはもはや情けない顔をするしか無かった。


「うわあ」


 俺は驚いた。

 少し目を離した隙に、女神様が隊長の剣を抜こうとしている。

 こ、この人どんだけ血の気が多いの。


 でも着ているガウンが大きすぎて裾を踏んでこけた。

 大きな胸が隊長の顔の上に乗っかった。


「なーーーっ」


 またも声が出てしまった。

 あんたの胸はそんな奴に与えていいもんじゃあねえんだよ。


「まてよ、何をしているんだ」


 女神様の手をつかんだ。力を極力入れないでふわっとつかんだ。

 ぐはっ、手を触ってしまった。ドキドキが止らねえ。


「離して下さい。離して下さい」


 女神様が取り乱している。

 こんな時ナドラなら、指をポッキンするのだけど、女神様をどうしたらいいのかわからない。


「うっうっううううう」


 女神様は泣き崩れた。


「なあ、あんた、なんでこんなことをするんだ」


 俺は、こんな美女にここまで殺意を持たせる事が、なんなのか興味が湧いた。


「うっうう……」


 泣いている女神様の背中を擦った。


「あっ」


 俺の鼻から鼻血がとろりと垂れてきた。

 女の人にこんなに長く触った事は初めてなのだ。


「私は、領主様の権力を知っています。だから、ずっと怯えていました」


「うんうん」


 俺はこっそり鼻血をそでで拭きうなずいた。

 女神はうつむいたまま話しを続ける。


「でも、今は違います」


「うんうん」


「私は、昨日まで小さな街で幸せに暮らしていました。でも、突然盗賊に襲われました。何の慈悲も無く、笑いながら家族全員殺されました……」


「……」


 俺は御領主様の顔を見た。

 この会話を聞いて、領主はニヤニヤしている。

 庶民の命など笑い話と言うことなのか。


「その女は殺すな。連れて行くんだと叫んでいました。盗賊は最初から私狙いだったのです。この人が自分の欲望の為に、やったことなのだと今ならわかります。私にはもう何も生きる意味がありません。この人達を殺して私も死にます」


 女神様は剣を引き抜こうとしている。


「まてまて、俺は関係ないぞ」


 女神様のこの人達と言う言葉にナドラと隊長が必死で反応した。

 俺は、この女神様にどーしても死んで欲しくなかった。

 女の人とまともに話したことが無い俺に、人生最大のピンチが訪れていた。どうやって説得しよう。

 ……悩んだ。


 結局、俺は女神と話すことは諦めた。


「おい、御領主様よー。命を助けたらこの人をもらってもいいんだよな」


「やる! やるとも!! そんな女くれてやる」


「ということだ」


 俺は、そのまま女神様と、移動魔法で家の甲板に移動した。




 甲板には爺さんと、イルナがいた。

 俺たちの姿を見ると、イルナが飛び上がって喜んだ。


「うわあーー、父ちゃん、すげーー、すごすぎる。さすが父ちゃんだーー」


「な、何を喜んでいるんだ」


「何を言っているんだよう。かあちゃんだ、かあちゃんを連れて来てくれたんだろー」


「いや、かあちゃんを連れて来た訳じゃねえよ」


 と、言っているのにイルナは女神様に突進している。

 そして、でかい豊よかなあれに、顔を埋めている。


「……」


 あれほど取り乱していた女神様が少し落ち着いたように見えた。

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