フランク・アベニュー

エリー.ファー

フランク・アベニュー

 マスクの下にある素顔を誰も知らない。

 年齢だけが彼を知っている。

 肉体と技だけが彼をリングに際立たせる。

 余りにも尊く。

 余りにも強く。

 余りにも清潔。

 泥臭さのデザインは無視され、気が付けば彫刻が光の中に立っている。

 正義という枠の中に入ることはない。

 悪という枠の中に入ることはない。

 ヒーローもヒールも存在しない。

 人と人が織りなすドラマ。

 完全なものなどない。

 哀れでしかないと言われることもある。

 既に作られた世界が目の前にあると言われたこともある。

 つまらないと言われたこともある。

 けれど。

 ここには真実があり、現実があり、本物がある。

 勘違いの先にある世界をいかに見せるのか。

 技術と呼ぶのか、詐欺と呼ぶのか。

 悪趣味など存在しない、純粋なスポーツには幾分か達していない。

 しかし。

 キングを名乗るに値するスポーツ。

 誰かの悲劇の上に立ち、見えない悪意に操られ、触れることもできない権力の中で汗を流す。

 いつか変わる。

 いつか進化する。

 いつか新しくなる。

 そんな夢を見せ続けては打ち砕き続ける希望を演出する絶望まみれの世界で。

 見世物小屋の香りが漂う。

 過去と未来の間にあるこの瞬間を魅せておくれよ。

 何が何でも勝利を望み。

 勝利だけじゃない人生があることを教えてくれて。

 それでも勝利しなければ無意味であることを伝える。

 筋書ばかりのドラマの影に見える筋書のない表情を見せておくれよ。

 そして。

 それさえも筋書なのだと叫んでおくれ。

 計算してくれ。

 考えていてくれ。

 何もかもコントロールしていてくれ。

 負けたいのさ。

 破れたいのさ。

 追い越されたいのさ。

 捨てられたいのさ。

 語らせて欲しいのさ。

 外れて欲しいのさ。

 見下されたいのさ。

 見失わせて欲しいのさ。

 そうじゃなかったら、この体はもう君のことを愛せないのさ。

 語るための情報はあるのに、語れば野暮と言われ。

 誰かが語らなければ厚みの出ない物語なのに、語ることの無意味さを説かれ。

 誰かの語りを聞きながら、自分が語ることは堪え。

 気が付けば過ぎてしまった時間。

 青春と青春の終わりとメタ的な青春とメタ的な青春の終わりと。

 おそらく、何事もなく過ぎていく今の中にいる自分と。

 エンターテイメントとの関係性を見つめなおす。

 これは趣味なのか。

 いいや、魂だ。

 これは娯楽なのか。

 いいや、生き様だ。

 これはなんなのか。

 いいや、なんだっていいじゃないか。

 どうせ死ぬのだ。

 誰彼構わず、皆、死ぬのだ。

 生きていくことはできない。

 光の中で死んだ者もいる。

 闇の中で静かに死んだ者もいる。

 光と闇の間で死んだ者もいる。

 見つめ続け、眺め続け、応援し続け、叫び続け死んだ者もいる。

 一人残らず、演者だった。

 一人残らず、主人公だった。

 一人残らず、プロだった。

 皆で作って。

 皆で壊して。

 皆で相談して。

 皆で考えて。

 皆で支えて。

 皆で見守った。

 このスポーツには手垢が付いている。

 きっと消えることはないだろう。

 どうせ、誰も洗わない。

 戦うために掴み。

 悔しさのために叩き。

 別れのために触れる。

 誰かの過去が刻まれている。

 

 さようなら。

 もう二度とここには来ないだろう。

 さようなら。

 もう英雄にはなれない。

 さようなら。

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