第8話 ミッションとカルマカード 2

「失敗です。あなた何かしましたね?」

「いやいや、何もしてませんよ!」

「……悪いことをした人はよくそう言うんです」

「本当ですって! 俺は何もしてません!」

「……もしもそれが本当なら些細なことなのでしょう。

 ですが、どんな些細なことであれ罪は罪です。時間がかかっても構わないので、今日のことを振り返ってください」


 んー、些細なことか……。


 朝起きて、散歩に出て、『朝の空気がさわやかだなー』と思って。

 それで……ん?


 そういえば、小銭こぜにを拾ったな。銅貨1枚。

 俺はそれを使って屋台のミルクティーを買ったのだ。


 間違いなくネコババだが、俺にはお金がない。


 俺は『やむをえない事情があって無一文だった』という部分を強調して、道端に落ちていた小銭をネコババしたことを語った。


「いくら困っていてもネコババは良くありません」

「それはわかります。けれど小銭ですよ! 拾った小銭で一杯いっぱいの紅茶を飲むことが、そんなに悪いことですか? 神様は、貧者がたった一杯の紅茶を飲むことさえ許容しないのですか?」

「もちろん許容してくださいます。主の許しを求めて心の中で祈りなさい。あなたが心から祈れば、きっと主に届くはずです」


 神が本当にいるのかどうかわからないが、カードを発行してもらうためだ。

 ここは素直に従うほかない。


「…………終わりました」

「わかりました。少々お待ちください」


 恥ずかしい告白をすることになったが、今度こそ大丈夫なはずだ。

 呪文の詠唱のようなものを聞きながらカードが発行されるのを待つ。


 ほどなくして詠唱がやんだ。壁の向こうから声が聞こえる。


「また失敗です。あなた、本当に何をしたんですか?」

「いやいやいや、俺がしたのはネコババだけです!」

「いいえ、それ以外にも罪を犯しているはずです。ここで言う罪の定義ですが、法律に触れることだけではありません。倫理的に悪いことも罪になります。そのことも踏まえて、今日のことを振り返ってください」


 そう言われても身に覚えがないんだよな。


 だいたい、まだ朝だぞ。

 こんな短時間に2回も罪を犯すわけが…………。


 もしかして、いやもしかしなくても、あのことじゃないか。


 でも、あのことは誰にも言いたくない……というか、言えない!


 頭を抱えて悶々もんもんとしていると、壁の向こうから穏やかな声が聞こえてきた。


「人はときに道を踏み外します。だからこそ懺悔してあやまちを繰り返さないことが必要なのです」

「……懺悔すればどうにかなるんでしょうか?」

「なります」

「他人には絶対に言えないようなことでもですか?」

「ええ。主の御心はとてつもなく広いのです」


 …………もう言うしかないか。


 俺はゆっくりと口を開いた。


「早朝のことです。俺は『ドサッ』という物音で目覚めました。驚いて周囲を確認したんですが、これと言って変化はありませんでした。

 問題はそのあとです。俺はわけあって、ある女の子の部屋に居候しています。だけど俺たちは男女の関係ではありません。張ったひもにシーツをかけて、ひとつの部屋を区切って使っています。彼女から『こちら側は見るな!』と厳しく言われているんですが、その時はシーツがずれていて、そこそこの隙間ができていた。それで、見てしまったんです」

「……それだけですか?」

「…………」

「…………」

「ベッドから落下したのか、彼女は床に寝ていました――――白い下着をつけただけの姿で。

 あまりにも扇情的な姿に、つい……」

「何をしたんですか?」

「……え、エッチなことをたくさん想像してしまいました!」


 サラは命の恩人だ。エッチな目で見るなんて自分でも最低だと思う。


 だがサラの下着姿を見たとたん、滝壺で見た美しい裸体が浮かんだ。

 するとエッチな妄想がどんどん膨らんでいった。


 このまま部屋にいるのはマズい。

 無一文にもかかわらず早朝の散歩に出たのは、そういう理由があったからだ。


「それで終わりですか? その女性を襲ったとかは?」

「するわけないでしょ!」

「……エッチなイタズラをしかけたんじゃありませんか? その女性が目覚めないように注意しながら」

「そんなことしませんって!」

「……そうですか」


 なぜか壁の向こうからため息のようなものが聞こえてきた。

 そして、とても小さな声で「あまり面白い展開ではありませんね」と言った。


 それでも聖職者かよ!


 ただ、このあとカルマカードは発行された。

 こうして初めての懺悔は終わったのである。

 

 

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