第2話 夢

 先輩、好きです!


 その言葉が言えないまま中学生活は幕を閉じた。

 

 すべての始まりは中学1年の春。 

 1学年上の女子生徒と出会ったことがきっかけだ。

 

 ある日の放課後、俺は図書室にいた。

 課題の資料を探す必要があったのだ。


 お目当ての資料は思ったよりも早く見つかった。急いで帰る必要もなかったので小説も借りていくことにした。

 

 へえ、けっこうあるもんなんだな――――


 小説の棚には、お堅い文芸作品はもちろん、恋愛小説、ミステリー、ホラー、SF、少しだがライトノベルもある。


 品揃えの良さに感心していると、一時話題になった本に目がとまった。


 俺は本棚からそれを抜き出し、表表紙おもてびょうしを見つめた。

 すると突然、隣から『ねえ』と声をかけられた。


 少し驚いて顔を向けると、一人の女子生徒がこちらをのぞき込んでいた。


 清楚可憐を絵に描いたような女子だった。


『それ面白いよ。文学に興味あるの?』


 女子と話す機会が少ないオタク男子が、美少女にいきなり話しかけられたのだ。

 ちゃんとした受け答えなんてできるわけがない。


 いたたまれなくなった俺は、今日は時間がないと嘘を言って、その場を離れた。


 で、それから数日後、また図書室で同じ女子から声をかけられた。

 最初はひどく緊張したが、徐々に普通に話せるようになった。

 

 少しずつ慣れたというのもあるが、一番の理由は先輩が話をリードしてくれたから。先輩は話し上手で、聞き上手だった。


 先輩の話の内容は小説に関することが多かったが、学校生活や部活のことにも及んだ。

 先輩は最後に『気が向いたら来てね。いつでも歓迎するから』と言って去っていった。


 なんのことはない。俺に声をかけてきたのは、文芸部に勧誘するためだった。


 俺が通っていた市立中学では必ず部活動に参加しなければならない。

 特に入りたい部活もなかったので文芸部に入ることにした。


 いや、それも理由のひとつだが、一番の理由は先輩だ。


 俺はあの時点で先輩に惹かれていた。


 こうして下心から入った文芸部だったが、意外にも居心地は良かった。部にオタクが多かったというのもあるが、自由に活動できたことが一番の原因だろう。文芸に関することなら何をしても良かった。


 だから静かに本を読む部員もいたし、自分のスマホで小説を書く部員もいたし、漫画やアニメの感想を言い合う部員もいた。


 そんな文芸部で先輩が傾倒していたのが川柳だ。

 先輩は川柳好きの部員と一緒に部内川柳会を立ち上げていた。


 この川柳会に俺も誘われた。


 本物の川柳会だったら躊躇ちゅうちょしただろうが、文芸部の中の同好会だ。部活のたびに開かれるわけじゃないし、『嫌になったらやめていい』ということだった。


 敷居が低かったので試しに参加してみた。


 すると意外にも面白かった。


 ルールが少ないので簡単に作れるし、口語体(話し言葉)で作るからテーマが伝わりやすい。伝えたいことがきちんと伝わるのは、けっこういいものなのだ。


 だが、楽しい時はいつまでも続かない。

 先輩は部活を引退し、第一志望の公立高校へと進学した。


 先輩の進んだ高校は進学校だ。俺が入るにはかなり頑張る必要がある。オタク趣味を封印して猛勉強するはめになった。


 けど、そのかいはあった。先輩がいる高校に進学することができた。

 

 高一の春、俺はまた文芸部に入った。

 

 理由は言うまでもない。

 先輩が文芸部に所属していたからだ。


 俺はまた先輩のそばにいられるようになった。


 だが俺と先輩の関係は、ただの後輩と先輩。

 それ以上でも、それ以下でもない。


 このままじゃ中学の時と同じだ。俺は勇気を振り絞って告白することにした。


 だが、それが実行に移されることはなかった。

 あることに気づいてしまったからだ。


 先輩の俺への対応は以前のままだ。


 後輩君、と親しげに呼んでくれる。

 ほっとするような優しい笑顔を向けてくれる。

 

 でも先輩のとびきりの笑顔は、俺とは違う相手に向けられていた。

 たった一年の間に状況が大きく変わっていた。


 先輩が卒業する前に告白しなかった――――いや、告白できなかった、そのことを悔いた。


 けど、もうやり直すことはできない。

 本当に欲しかったものは手に入らない。


 俺は人生を間違えたのだ。


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