最弱最強の裏の勇者 ~伝説は裏のほうが面白い

藤原耕治

第1章

第1話 教えて、クークル先生! 

 俺は流されていく。どんどん流されていく。

 元の場所に戻ることも途中で止まることもできない。


 だっていかだに乗っているから。 

 俺は大きな川で激流下りをしている最中だった。


 レスキュープリーズ!


 絶対にありえないことを考え、俺は苦笑した。


 レスキュー隊が救助にくる可能性はゼロだ。


 ここが危険だからではない。

 ここが異世界だからだ。


 川の左右に広がる森には見たこともない生物――――ファンタジーに登場する魔物モンスターみたいな生物が徘徊はいかいしている。


 なぜこうなったのか? 


 最初は特に変わったことはなかった。いつもの時間に電車に乗り、高校の最寄り駅で降りた。そして、他の生徒にまぎれて地獄坂(学校へと続く傾斜のきつい坂)をのぼった。


 夏が近いという季節柄、坂をのぼるだけで汗が噴き出た。


 これから三年近く、この坂をのぼるのだ。

 少しうんざりしながら足を進め、他の生徒と一緒に正門をくぐったら――――


 俺だけ森の中の開けた場所にいた。


 わけがわからなかった。


 だが、もっとわけのわからないことが眼前で起こっていた。いかにも強そうな人外のおっさんと、神々しい剣を持った人間の少年が、白熱のバトルを繰り広げていた。


 紫色の肌をした人外のおっさんは、自分を魔王と呼んだ。

 そして相手の少年のことを勇者と呼んだ。


 魔王と勇者の一騎打ちのシーンだったのだ。


 彼らの勝負の行方も気になったが、それ以上に気になったのが勇者と呼ばれた少年の容姿。俺が中2のときに行方不明になったクラスメイトとうりふたつだった。


 そのクラスメイトの名前は持明院秀臣じみょういんひでおみ


 イケメンで、頭が良くて、運動神経も良くて、金持ち。

 そのうえ誰に対しても優しいので男女関係なく人気があった。


 そういう男子を女子たちが放っておくわけがなく、あいつの周りにはいつも女子がいた。


 もしも神がいるなら依怙贔屓えこひいきとしか言いようがない。天は二物を与えないどころか、たくさん与えているのだから。


 そんな持明院と俺の接点は中学の頃の部活。

 1年の時から同じ文芸部に所属していた。


 特に仲が良かったわけじゃないが、近くに座ったときに話すくらいはした。

 そういうこともあって同じクラスになった二年の時は教室でも話をした。


 あんなことがなければ関係はもう少し良くなっていたかもしれない。


 中学二年の夏休みの直前、あいつは学校に来なくなった。二学期に入っても欠席は続き、ある日担任の教師から持明院が行方不明になっていることを聞かされた。

 

 おそらく持明院も異世界に来てしまったのだ。

 そして、また特別扱いされて勇者になった。


 魔王と勇者の白熱のバトルを眺めながら、世界はどこまでも不公平だと思った。


 そしたらふいに趣味の川柳が一句浮かび、それが口をついて出た。

 その句には『恵まれすぎた分だけ不幸になれ』という憤りがこもっていた。


 持たざる者のただの嫉妬である。

 そんな句を読んでも何も変わらないし、自分が虚しくなるだけだ。


 ところがその直後、思いもよらぬことが起こった。

 突然、まばゆい光が現れ、それが勇者の体を包み込んだのだ。


 だが、光はすぐにパンと弾けて、それによって生じた光の粒子――――そのすべてが、勇者と戦っていた魔王に向かった。


 魔王はまばゆい光に包まれて、その先の記憶がない。


 魔王はどうなったのか? 勇者になったらしい持明院じみょういんの安否は?


 そして、なぜ俺はこんな大きな川で激流下りをしているのか?


 教えて、クークル先生!


 だけど、ここにはスマホがない。

 異世界に来た時点でスマホが入った鞄はなかった。


「……え」


 冗談だろ?


 そこには信じられない光景が待ち受けていた。

 少し先にいったところに川がなかったのだ。


 そこに陸地があるとか、そこに海があるとか、ではない。

 そこに何もない・・・・のだ。


 まあ、よく考えればわかることだった。


 なぜ、この川はこんなに流れが速いのか?

 それはこの川が巨大な滝に流れ込んでいるからだ。


 俺はふと空を見上げる。


 雲ひとつない抜けるような青空がやけに美しかった。


 ああ、俺も彼女が欲しかったぜ。


 そして、一度でいいからベッドの上であんなことやこんなことを――――うわあああああぁぁっ、落ちるうううぅぅっ!


 俺が死ぬ直前に思ったのは、健全な男子高校生なら誰もが思うエッチなことだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る