第13話

キョンシー。

生前の記憶が確かなら、中国由来の妖怪で、人に作られたゾンビだったか……いや、放置された死体がなるものだったか?諸説ありすぎて分からないが、ともかく目の前のこいつがキョンシーであるのは間違いない。

ミユキさんの情報が確かなら、★3……!


何故か追撃してこないキョンシーに違和感を覚えながらも、立ち上がって刀を構える。コンシーは3体ともミユキさんの方に行っているみたいだが……!?


再び攻撃動作に入ったキョンシーの一撃をなんとかかわす。

飛び上がっての踵落とし。続けて放たれる掌底を髪切りの刀で防ぐが、ビリビリとした衝撃が手を襲う。

なんとか全力で下がろうとするも向こうもこちらに飛び込み、肘打ちを腹部に……。


「ぐっ……!」


衝撃を噛み締め、むしろ利用する勢いで後ろに下がる。先ほどと同じように地面を転がるが、同じ様に追撃は来ない。


顔を上げれば、こちらをじっと見つめて構える相手の姿。

こいつ……俺を待ってる……?

どういうこだわりか知らないが、なら利用させてもらうだけだ。腰にあるあれを弄り、即興の作戦を組み立てる。

立ち上がりながら、もう一本刀を抜く。

こちらの様子を見ているのか知らないが、これならっ!


「らあっ!」


なんの工夫もない切り掛かり。

構え、こちらを見るキョンシーに、利き手とは反対側の手で刀を投げる!

もはや恒例になってしまった投擲。火鳥を葬ったそれは当然の如く、格が違う相手であるキョンシーには通じない。鬱陶しそうに払い退け当たり前のように砕き、そしてそこが唯一の勝機だと見る。


大きく刀を振り上げる。露骨なまでの最上段。足に力を込め、先ほどより僅かに、しかし確実に早まったスピードで切り掛かる。

相手は未だに冷静さを崩さない。俺が対応できないスピードで回し蹴りを放ち、それは俺の腹部に衝突し……。


俺になんの痛痒も与える事なく、弾かれる事となった。

先ほどと違い、明らかに動揺したのか動きが止まるキョンシー。


「貰った!」


密着するくらいの勢いで近づき、刀を振り下ろす。キョンシーの体を左右に断つ太刀筋のそれに、キョンシーは笑みを浮かべて……その刃を、両手で掴み……!


「白刃取り……!」


さっき砕いた刃との差を感じ取ったか。ここで俺のメインウェポンを砕こうと力を込めるキョンシー。

これが昨日までの俺なら負けてたかもしれない、けども!


「燃えろおおおおおおおお!!」


念じて、火をつける。

刃と接触している相手を燃やすという効果を存分に発揮し、フルパワーでキョンシーを燃やす。

効率は最悪だが、今打てる手の中で最も火力が高いものはこれだ。


轟音と共にキョンシーが火達磨になる。それでも尚動くキョンシーに、追撃をしようとして……。


「ぐっ……!」


カウンター。燃えたまま放たれた掌底に今度こそ飛ばされる。

嘘だろ……!?あれだけやってまだ攻撃を返すだけの余裕があるのか!?

ゆっくりとした動きから、段々と早歩き気味に構えて近付いてくる相手になんとか打開策を考えようとして、


轟音と共にキョンシーが凄まじい勢いで吹っ飛んで行く。


「ハルキ君!今です!向こうに!」


「ああ!」


コンシー達を倒し終えたのか、ミユキさんの砲撃だった様だ。追ってこない今のうちに中層に入っていく。





「……ふぅ、これで一安心のはずです」


「そっか……はぁ……本当に疲れた……水……」


獄門街中層は、ようやく街らしい風景に変わる。和風の朽ちた建物が並んでおり、白鳥花はこの辺りにある筈だ。もう少し奥に行った方がみつかりやすいだろうが……。


ミユキさんもアイテムを使いながら大の字に寝転がる。

今は二人で休憩中。建物の一つを借りて休んでいる所だが、モンスター避けのアイテムを使っている。浅層の狩りは日帰りで行けるが、中層以降となると何日も滞在する場合もある。それ用のアイテムらしく、お値段も中層に潜れるハンター用だそうだ。

……俺も俺なんだけど、ミユキさんも今日の採取依頼にすごくお金を使っている様な……。


お互い倒れ込みながら水を飲み、顔を向け合う。少しして、ミユキさんが話し出した。


「あのキョンシー……倒し切れませんでしたね。私の炸裂弾でも、ハルキ君の鬼火でも」


「うん……今まで会ったどのモンスターよりも強かった。なんとなくだけど、会ったことはないけど、あれは★3の強さじゃないと思う。あれはもしかしたら……」


「「ユニークモンスター」」


ユニークモンスター。

狩人の憧れであり、恐怖の一つでもある。

基本的には普通のモンスターに似ているが、よく見てみるとどこかが違う。

例えば、河童の甲羅の模様が違うとか。天狗の服が違うとか。

即座に気付くものもある。巨大化している。腕の本数が違う……。

ともかく、通常のモンスターをベースにしながらも何かが違うのがユニークモンスターの特徴。

そしてその能力も元になった種に比べ、個体にもよるが★1〜2程変わるらしい。


「慢心かもしれませんが……死体系★3だったら、対策もしてますしハルキ君1人、私1人でも3〜4割で勝てると思います。2人なら6〜7割。逃げる、撃退なら10割。そう思って来たのです。決して無謀な賭けではなかったつもりなんですが……」


確かに。俺も危険だとは思ったが、2人なら充分に行けると思って望んだのだ。なにせ今回は敵と戦う必要がない。

浅層は無理に進んだが、ここからは敵を全て無視してもいい。単体で★3がいるなら、倒すまで行かなくても撃退する。

だから本来なら、このまま突き進むのだが……。


「ユニークモンスター……こんな時にこんな所で……!」


悔しそうに吐き出すミユキさんと、これからについて相談する。

時間的にはまだ余裕だ。獄門街に入ってからまだ2時間。かなり早く入って来たこともありここから進むも引くも自由だ。


「整理しよう。俺の鬼火はこの探索中もう使えない。これ以上は刀が耐えきれなくなるからな」


「私の砲弾にはまだ余裕があります。あのキョンシーを除いて今のところ予想通りではあるので」


「それ以外は……そうだ、キョンシーに一身札を使ったから貰っても?」


「あ、はい。……これで札は残り1枚。遅延札はまだ20枚近くあります」


一身札。一撃だけ物理ダメージを0にする陰陽術の札だ。ミユキさん曰く、限りなくダメージを肩代わりし切ってくれるものであり、耐えきれない場合もあるそうだが……。

製作に★2の素材を複数要求されるらしく、ほぼ全て使っても4枚しか持ってこれなかったとか。


「火が使えないのは痛いですが、それでもキョンシーに会わなければまだ問題はありません。……どう思いますか?」


彼女としては奥に進みたいのだろう。

なら俺としても大口叩いた以上賛成してやりたいし、何よりすぐ戻るのが必ずしも安全とは限らない。


「俺も大丈夫だと思う。というか、今は進んだ方が安全じゃないかな。あのキョンシーが俺達を探しているなら、離れた方がいい」


「そう……ですね。その可能性もありましたか」


少しホッとしたように返すミユキさん。やっぱり、そんなにあの女の子を助けたいのだろうか。

そんな思いが顔に出たのか、ミユキさんはふ、と息をついてごろりとこちらに寄ってくる。

こんなずぼらな動き、普段ならしなさそうだが……というかなんか近くないか!?女の子特有の良い香りにどうすればいいかわからないでいると、なんでもないかのように語られる。


「妹がいるんです。うちは昔からとある街のハンターの家系で……それで姉妹共にハンターになるよう期待されていたんです」


楽しかった日々を懐かしむように、彼女は笑う。


「最初のスキルって、気付いたら持ってるじゃないですか。私も妹も、10歳の誕生日の時に発現しました。私は砲術と陰陽術。妹も2つ。どちらも非戦闘用スキル」


「それは……」


大体は12歳が初戦闘だと聞くが、それまでに誰もがスキルを保有している。大体は1。才能ある者は2。3持っていれば神童と呼ばれる。

スキルを二つずつ持って生まれた姉妹なら、普通親は大喜びするものだが……。


「いえ、親は平等に接しました。妹の才能も喜んでくれましたし、私も妹と共に狩りに行けない事こそ残念に思いましたが、それでもこの子を守るためにも強くなると……」


「いい家族じゃないか……?」


「そう、ですね……でも妹から見た私達は家族失格だったみたいです。両親は、言われてみれば確かに、私には高価な小筒を買い与えたり、陰陽術の道具を与えてくれましたが、妹には特になし。私も、妹を守るためと言って毎日楽しそうに狩りに行っていました。幼い頃からの夢だったのに、それが叶わなくなった相手にですよ?なんて酷いお姉ちゃんだったのかなって、今思えば……」


仕方ない事だ。

この世界のハンターは人間社会のインフラを守り、命を守る職業だ。過酷さもあって、ハンターを目指す者に両親がお金をかける事はありふれている。

自慢だって、別に妹を貶した訳ではないんだろう。家族を守るために、尚更奮起した彼女を俺は悪く言えないが……。


「だから、せめてそうやってハンターになった以上、私ができる範囲で助けたいと思った相手は助けていきたいんです」


「……それが、妹さんの代わりでも?」


聞いちゃいけない事かもしれない。

でも、ハンターになって初めての相棒がここまで話してくれたんだ。知りたい。素直にそう思った。


「違うつもりです。助けたいのは、多分私」


「ミユキさん自身?」


「はい。私がやりたかった妹を守るという事を、あの子にしてもらう。それで私は、一歩先に進めるような気がするんです」


「そっか……」


「はい。だから……生きて帰りましょうね」


「うん。そっちもね」


互いに起き上がり、拳を重ねる。

休憩は終わりだ。意見もまとまった以上、中層を進もう。

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