迷宮電車(ダンジョントレイン)

遠上 利斗

飽き性の少年

「…暇だな…。」


 7月の終わり。夏休みが始まってすぐのある日の午後。黒木李恩くろきりおんは自室の床に転がりながら呟いた。

 そばにあるスマホには最近話題のスマホゲームのホーム画面。

 友人に頼まれてインストールしたそのアプリも後2日位で容量を食うだけの存在と化すだろう。

 …黒木李恩は飽き性だ。それもかなりの。アプリゲームだけじゃない。どんなスポーツもゲームもなんでもすぐに飽きてしまう。中学時代の部活は原則全員入部かつ、入部後半年は基本不可という校則があった上、母親に「どの部活も最初はお金がかかるから飽き性なのはわかるが転部はしないでよ?」と言われたためある程度は続けていたが。


 しょうがない。課題でもやるか。そう思い、スマホの電源を切った。そのときのことだった。


「李恩!お父さんから手紙が来てるわよ!」


 と、扉越しに母親から声がかかる。


「ありがとう。に、してもなんで手紙…?」


 李恩の父である黒木肇くろきはじめは単身赴任の為この家にはいない。国内のどこかではあるらしいが、いろいろな地域を転々としているため、○○にいると連絡が来ていたと思った数日後には□□にいるということがあるらしい。因みにだが鉄道会社に勤めていると聞いている李恩は会社か、それとも転々としているかのどちらかの情報が嘘だと思っている。

 そして情報の真偽は置いておいて、日本にいることは確実なのでよほど電波の悪い場所でない限り近況報告(という名の生存報告)は家族のグループLAINで行われる。つまり、手紙をわざわざ送る必要はないはずなのだ。だからこそ、この手紙をなぜ送ったのかがわからない。

 重くはない…普通の手紙と同じくらいの重さ…。…でも、何か固いものが入っているのかそういう感触がする。サイズ的にはSuikaやnanakoのようなカードサイズ。


「とりあえず開けるか。」


 糊付けされている封筒を開けて中身を取り出す。その中には1枚の便箋とICカードのようなものが入っていた。固いものはそれっぽさそうだ。

 まず便箋に書かれた内容を見てみる。


『李恩へ


 突然の手紙で驚いただろう?どうしても渡したい物があったんだが、まだ帰れそうにないから手紙という形をとって送らせてもらった。

 李恩はなんでもすぐ飽きてしまうだろ?そこで思ったんだが、飽きなんて覚えることができないレベルのものであれば李恩も熱中できるのではないか?…まぁ、どんなスポーツもゲームもすぐ飽きたのに今更熱中できるものなんてないかなんて思っただろう?だけどこれなら飽きるなんて思わないはずだ。

 職場の人にお願いして1つ貰ったんだ。どんなものかは俺は知っているが、折角なら何も知らない状態で驚いてもらいたいからな。だが、流石に同封したカードだけでは何もわからないだろう。とりあえず、自分の都合のいい日に駅にいくといい。家の最寄りのな。それはSuikaと同じようにICカードとして改札を通れるから通ったら3番ホームに降りて待ってろ。そしたら案内人が案内してくれるから。これでお前が熱中できることを祈っているぞ。次はお盆ぐらいには帰るからそれまで元気でな。


 父』


 わかるようでほとんど何もわからない内容だった。

 …とりあえず最寄りで改札通ってホーム行けばいいの…?そう思いながら同封されたカードを見る。白地に銀色の剣が描かれている。そして右下には『クロキ リオン』と半角カナで自らの名前が。かなりシンプルなデザインである。そしてこれは恐らくどこの会社の交通系ICカードとも違うこともわかる。まずカード名が書いてないのがおかしい。その上、交通系ICカードに剣が描かれているデザインなら珍しいとかなにかでニュースなどに上がっていそうだがそのような記憶はない。勿論見逃した情報という可能性もあるが、鉄道会社に父が勤めている故にそういった情報は興味があるなしに関わらず他の人より持っているという事実を鑑みるにその可能性もほぼないと言っても過言ではない。

 裏面には情報がないかと裏返すと他のICカードのように説明が書かれていた。


『Dカードご利用案内

 ●当カードは全国の旅客鉄道会社全線で利用できます。●当カードで改札を通過した場合のみDトレインに乗車可能です。●当カードではDトレイン以外の電車にご乗車出来ませんのでご了承ください。●当カードはカード記名者以外のご利用が出来ません。●当カードを紛失した場合、再発行に1000円をいただきます。●当カードに入金されたデジポットは全国のICカード支払い可能店舗にてお買い物が可能です。』


 さらによくわからなくなった。

 まず、これはDカードというらしい。そしてこのカードはDトレインと呼ばれる電車に乗る専用のカードということもわかった。だが、Dトレインとは何かは全くかかれてないし、Dカードなんて聴いたこともないカードがコンビニ等で使えるのかもわからない。少しの疑問解決に対して増える疑問が多すぎる。


「とりあえずは、試してみるしかない、か。」


 多分Dトレインに乗れば全てがわかるだろう。それに案内人もいるらしいし。もしもの時は案内人に聴けばいい。流石に案内人なんて書かれているのに何も知らないなんてことはないはずだ。

 そう思いながら時計を見る。現在の時刻は3:30。日が暮れるまではまだまだ先だが、電車に乗るかもしれないということを鑑みると流石に今から行くのは遅い気がする。恐らく夕飯の時間に間に合わなくなるだろう。とりあえず明日はなにも予定がないので、明日行ってみることにする。


「でも今は暇だな~…。」


 また床に転がりながらそう呟いた。


 ______


「そう。肇さんついに“あれ”を渡したのね。」


 李恩が自室で父からの手紙を読んでいる頃、下のリビングで同じく肇からの手紙を読んでいた母はそう呟く。


「素質があることは随分前からわかっていたみたいだし、肇さんがもしものことがないように対応してくれるらしいけど、大丈夫かしら…。」


 母親として息子を大切に思う故か母の瞳は不安げに揺れていた。

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