前に住んでいたマンションの話

第1話 血吹き女

これは俺があのマンションの前の住民だった頃の話なんだけど、そのチャイムは毎日のように午前2時過ぎになった。こんな時間に誰だろうと思って開けてみたが、このマンションの前の住民によるとその人物は口に含んだ自分の血を他人の顔に吹き付けて反応を面白がる”血吹き女”と呼ばれる頭のおかしい人だった。俺は咄嗟にドアを閉めようとしたが、足を入れられたので諦めた。因みに俺の暮らしている部屋と隣の部屋に一人暮らしをしている女子大生も同様の被害に遭っていたので、俺の部屋に泊めてあげることになったよ。


「何ですか?これ」


「血吹き女の撃退法だ。まず最初に足を入れられそうになったらドアを閉めて鍵をかけるんだよ。そうすれば奴は入って来れなくなるからな。次に、玄関に塩を撒く盛り塩をする。そしてドアに向かって聖水を掛けるんだ。それで奴を追い払うことができる」


「成程……勉強になります」


ちなみにこれは本当だから試してみる価値はあるぞ。まあそんなことをしても無駄だと思うけどね。何故なら、その人はもう既にこの世の人間ではないから。

それから暫くの間、俺の部屋の前に立ち止まったまま動かなかったがやがてどこかへ行ってしまった。これで安心だと胸を撫で下ろしたが、次の日もそのまた次の日も午前2時になるとピンポーン!という音と共にインターホンが鳴るようになった。俺は怖くて仕方がなかったが、もし居留守を使ったり無視をしたりしたらどうなるか分からないし、何よりしつこくチャイムを鳴らしてくるものだから、ある日勇気を出してドアスコープを覗いてみることにした。するとそこには誰もいなかったのだ。


「あれ?」


不思議に思って首を傾げていると、再びチャイムが鳴った。恐る恐るドアを開けるとやはり何もいない。だが何か妙な気配を感じる。そしてその日の夜中、例の血吹き女が現れた。彼女は口元に手を当ててゲホゲホッ!と咳き込むような仕草をして口から血を吹き出した。俺は必死になって逃げたが、彼女の吐いた血液は壁や床に付着した。


「うわああッ!」


思わず悲鳴を上げると、その声を聞きつけて隣に住んでいる女子大生が起きてきた。そして彼女が指差した先には血溜まりが出来ていた。それは間違いなく彼女の仕業だった。


「怖い…今すぐ警察に通報しよ?」


「いや待ってくれ、あいつはもう死んでいるんだ」


「えっ!?」


「お前も聞いたことがあるだろう?血吹き女の話を……」


「まさかあれって実話だったんですか!?」


「そうだ。恐らく彼女は今もこのマンションに住んでいた頃の記憶が残っているに違いない。だからこうして今でもここに来るんだよ」


「じゃあどうすればいいの!?」


「簡単なことだ。彼女を成仏させてあげればいい」


「どうやって?」


「塩を持ってこい。それを彼女に振りかけてやるんだ」


「分かったわ。塩なら台所にあるから取って来てくる」


「気を付けろよ。奴は人の顔を目掛けて吹き付けてくるからな」


「うん……」


数分後、彼女は塩が入った容器を手に戻ってきた。そしてそれを部屋の中に撒くと彼女は苦しみ始めた。俺は急いで彼女の体を掴んで外に出すとそのまま手を合わせて念仏を唱えながらお経を唱えた。そして最後にこう言った。


「安らかに眠れ」


すると彼女はフワッと宙に浮かび上がり昇天していった。


「ありがとうございます。これでようやく成仏することができました。本当にありがとうございました」


そう言い残して消えていった。その後、俺達の部屋の前の住人が引っ越して以来、あの深夜のチャイムの音は一度も聞こえなくなった。きっと成仏してくれたのだろうと今は思っている。さて、今回の話は少しばかり変わった内容になっているが、今はアパートに引っ越して生活しているが、皆は幽霊とかそういう類のものを信じる方かな?俺自身は信じていないが、もし存在するとしたら一体どんな姿をしているのか興味があるな。でも実際に目にしたり遭遇したりすることはないと思うけどね。

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