第107話 日本もいいけどエルクラストも案外いいところかと思う

 アレクセイとの会談を終えると、聖哉が土産物を買い終え合流したため、当初の目的である魔境討伐を始めることにした。


 会談中にアレクセイからオリハルコン鉱山の話を聞いたので、鉱山の場所を聞いており、改めて討伐申請を機構に出して許可を取っておいた。


 涼香さんも俺達が自主討伐でミチアスに行くことを知って、アレクセイへの手紙を書いていたと思う。


 なので、討伐場所の変更の申し出も機構がスムーズに認可が下りた。


 ヒイラギの領民やミチアスの国民の懐が潤う事となると、涼香さんの仕事が早い。


 オリハルコン鉱山も復興案作成の際に把握していたはずだが、資金面の目処が立たなかったものだと思われた。


 そのオリハルコン鉱山を支援できる資金的目処が立ったことで、ヒイラギの発展とミチアス復興を加速させるために動き出したようだ。


 涼香さんみたいな人が日本の中心で政治を切り盛りしてくれると、日本も断然住みやすい国家になるんだろうけどなぁ。


 親父とお袋が許してくれるなら、将来はエルクラストに移住も考えた方がいいかな。


 クロード社長も移住を勧めてくれているため、結婚を機に国籍を日本からエルクラストに移すことも視野に入れた。


 日本政府との取り決めで派遣勇者の移住は認められているが、日本における戸籍上の扱いは行方不明者として処理され、日本国民の一切の権利を放棄させられてしまう。


 この規定のため、(株)総合勇者派遣サービスの社員で移住者は天木料理長含め数名であった。


「移住かぁ……。親父達が許してくれるならこっちで暮らすのも」


 合流した聖哉と討伐予定地のオリハルコン鉱山近くの魔境へと移動している最中に考えていた言葉が口から漏れ出した。


「柊主任は移住するんですか? エスカイアさんやクラウディアさんは喜ぶかもしれないですけど、涼香先輩が怒るんじゃないですか?」


「聖哉はどうするのさ? 親父さん許してくれた?」


 イシュリーナと婚約した聖哉はすでにこちらへの移住を計画しているが、母親は認めているのに赤沢主任が頑なに移住を反対していた。


「まだですよ。でも、イシュリーナと結婚するまでには親父からきっと許可をもらいますから。そのためにも早く柊主任のようにSSランクと戦える実力を付けないと」


 聖哉は棘島亀ソーンアイランド・タートル戦で後方で誘導に回されたことで、更に修練にはげむようになっていた。


「SSランク討伐なんてやらない方がいいよ。身体が幾つあっても足りないからさ。それにそんなに簡単に発生する害獣でも無いしな」


 天木料理長と静流さん、オレの三人が一緒に戦ってようやく勝てた害獣なんで、リスポーンされるとはいえ聖哉をあの戦いに巻き込む気はなかった。


「それじゃあ、僕がいつまでも主任なれないじゃないですかぁ!」


「いや、Sランク一人で狩れるようになれば主任になれるだろう。この前だってバフがあったとはいえSランク二頭狩りを単独で行っているし、予算と人員さえ揃えばすぐにでも主任だろうさ」


「その前に柊主任のチームが充足されてないから、僕の主任昇進はまだまだですよ。そろそろ、新しいメンバー入れてもいいんじゃないですか?」


 エスカイアさんからもチーム員の充足をするようにと言われているが、戦闘に関していえばオレと聖哉で大概の害獣は処理できるし、経理関係は涼香さんで事足りているし、連絡役はクラウディアさん、秘書的業務はエスカイアさんといった一線級のメンバーが揃っている。


 それにトルーデさんやグエイグ、ヴィヨネットさんも専門知識を持ったメンバーもいるので、不足を感じていることは今の所なかった。


「そうは言うけどさ。戦闘にしたってオレ達はSランク級の害獣処理しか回ってこない職場だから、ある程度の強さがいるわけで、エルクラストの人をメンバーに加えるなら慎重を期さないといけないし、日本人は応募がないから仕方ないだろう」


 夏が過ぎて秋に入り始めた今現在。


 今期の就活が始まっているが、(株)総合勇者派遣サービスの日本における採用状況は前年同月を踏襲するように応募者ゼロの状況が続いていた。


 例の如く採用者が来ないのは、胡散臭い募集要項に書かれた応募条件と業種が派遣業というこれまた不人気業種で募集をかけているせいなのだ。


 まぁ、業務の実情を知れば応募者が殺到すると思われ、応募者の身辺調査を政府から移管された東雲さんの警備部がより忙しい部署に変わることになる。


 この会社に入るには色々と壁を越えないと行けないからな。


 日本での常識の壁とか、物理法則の壁とか、オレなんて未だに転移装置の原理が理解できてないし。


 エルクラストという世界の法則性を受け止められる柔軟な思考の持ち主でないと、応募した人の精神に変調をきたしかねないとクロード社長も危惧していることで、積極採用は控えることを続けていると言っていた。


 けれど、害獣の現状を考えれば戦力になる日本人の派遣勇者は咽喉から手がでるほど欲しいのもまた事実であった。


「今期は日本人の採用はゼロになりそうだって。聖哉の後輩は一体いつに入ってくるかな」


「そんなぁ。僕は早く結婚してイシュリーナと家庭を持ちたいんですよ」


「まぁ、そんなに焦らなくてもいいじゃないか。聖哉もまだ18歳だし」


 イシュリーナにぞっこんなのは分かるが、急いては事を仕損じるといったことわざもあるんだから、じっくりと腰を落ち着けて仕事に励めばいいと思うんだが。


 どうせ、イシュリーナも王都での仕事が一段落つかないと結婚披露宴も開催できないだろうし。


 着実に一歩ずつ進めることで二人の愛も深まるというわけだ。


 それに後輩である聖哉に結婚をされると、婚約で留めているオレにも結婚の火種が飛び火しかねない。


 いざ、結婚となるとオレもさらにもう一段高く腹を決めないといけないことであるので、今しばらくは猶予の時間が欲しいのだ。


「焦ると二人の思いがすれ違うかもしれないから、じっくりと話し合いをして進めるように。これは上司としての忠告だと思ってくれよ」


「柊主任がそこまで仰るなら、僕としても強行するわけにはいけないですからね。腕を磨くことに専念します」


「それでいいさ。時間はたっぷりあるんだ。さて、じゃあ討伐に集中することにするか」


 オレは聖哉の肩を軽く叩くと、目的地であるオリハルコン鉱山に向けて一気に移動した。

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