第106話 自主練ついでに旧交を温めることにした


 SSランク害獣を討伐後、オレのチームの日々の業務は警戒待機任務がほとんどであったため、聖哉の自主練に付き合うことにした。


 自主練の場所は機構から魔境の討伐許可をもらい、コピーをしていない害獣のスキルを拡充しようとの下心もある。


 今回の訓練場となる魔境は、ミチアス帝国の近郊にある比較的強い害獣が生息している場所で、ミチアス帝国の財務状態により討伐隊が編成されにくい場所を申し出た。


 トルーデさんからのたっての願いと、涼香さんからの要望もあり、ミチアス帝国に恩を売って色々と引き出したいらしい。


 前者は自分のお小遣いアップを狙い、後者は港街ワズリンの航路を使ってのヒイラギ領の交易先の拡充を意図しているそうだ。


 そんな訳で聖哉がイシュリーナへの土産を物色している間に、オレはミチアス帝国の皇帝がいる居住しているログハウスに来た。


「お久しぶりですなぁ。柊殿が去られてから半年、ミチアスも復興を進めておりますが、道半ばといった所です」


 ログハウスの主で柔和な笑顔をした男性がオレに握手を求めてくる。


 その男性はこのミチアス帝国第三代皇帝アレクセイその人だった。


 アレクセイさんはトルーデさんの甥っ子の私生児としてミチアス帝国の貴族層がほぼ壊滅した合成魔獣キメラ事件後に皇帝になった人で、エルクラストで一番貧乏な皇族の人だと思われる。


 ドラガノ王国のイシュリーナといい、このアレクセイといい、エルクラストは貧乏王家、皇家がざらにいるのかと思ったが、オレの関わった二人が特殊なだけで一般的にはエスカイアさんの家みたいな豪勢な生活を送っているのが普通である。


「いや、でも来るまでに街を見てきたけど、初めて来た時よりも、みんなの顔にやる気が漲っていたし、港に停泊している船の数も倍ぐらいには増えているじゃないですか」


「主に日本向けの鉱山から採取された希少金属の積み出しなのだけどね。涼香殿が転移ゲートでの積み出しを認めなかったから、航路で大聖堂のある中央大陸まで運ばなくてはいけなくなって日本政府がチャーターした交易船なのだよ。おかげで港に隣接する商業区画に水夫たちが金を大いに落としてくれてね。それが住民達に波及し始めているのだ。さすが、涼香殿だと思ったよ」


 アレクセイさんは涼香さんが作った皇帝業に全く利益のない復興案を丸呑みした大器の持ち主であるが、もしかしたらこういった事態が起こることをあの復興案の中から読み取っていたのかもしれないと思わせた。


「おかげで国庫にも多少余裕が出てきましたし、何より国民たちの購買意欲が高まってきているのが嬉しい」


「そうですか、なら安心してオレも涼香さんからのお手紙を渡すことができそうです」


「ん!? 涼香殿からの手紙? 拝見します」


 オレが涼香さんから預かっていた手紙を渡した。出発前にアレクセイの所に寄ると言ったら手渡された手紙で中身は交易に関しての話だと涼香さんが言った。


 手紙を読み進めていたアレクセイの顔から緊張感が漂い始めた。


 何かとんでもない請求がされているのだろうか。


 涼香さんも仕事となると意外ときつい事を平気で提案してくるからなぁ。


 ミチアス帝国の復興に水を差す提案じゃないといいけど。


 手紙を読み終えたアレクセイの手がブルブルと震えた。


 明らかに何かに対して動揺しているのが明白であった。


「オレも手紙の中身までは確認してなかったけど、何か酷くマズい事が書かれていた?」


 オレの言葉に即座にアレクセイが大きく首を横に振った。


「い、いいえ! この提案は我が国にとって日本と交易する以上の利益をもたらす可能性があるのですよ。これは凄い提案だ!」


「涼香さんは何を言ってきたのさ?」


「まず、ヒイラギ領で使用するオリハルコン鉱石の独占輸入権を開発費用付きで要求されています。オリハルコン鉱山に関しては前皇帝が秘密裏に調査していたようで、日本側はあまり興味を示さない鉱山だったので未開発となっている鉱山なのです。なので、現状では試掘穴が何か所か掘られているだけで鉱山の態をなしていないのですが」


 オリハルコンはとても固くしなやかな金属で熱にも強く、腐食もしないスーパー金属だが、日本に持ち出すと途端に灰と化してしまう金属のため、日本は興味を示さずにいる。


 けれど、エルクラスト内ではとても希少な金属であり武具素材として高値で取引される金属であった。


 ヒイラギ領はグエイグが工房を構え、武具を製作し始めているが名工グエイグの作る製品は品質が高いと評判になり始めており、受注が積み上がっていると聞かされている。


 その中でもオリハルコン製の武具は人気が高く、高価でも買い手が多数いる。


 けれど、材料となるオリハルコンは希少であり、隣国のドワーフ地底王国から輸入しているが供給量が需要を下回っているとグエイグから聞かされた。


 オリハルコンの鉱山か……。


 ミチアスの鉱山を独占できたら供給量が維持できるのだろうか。


 それにしてもうちが独占したら、ミチアスに利益がないと思うんだけどなぁ……。


 涼香さんの提案した鉱石の独占輸入権はアレクセイが血相を変えるほどの利益をミチアスにもたらすとは思えない。


「それだけだとミチアスに利益ほとんどないでしょう?」


「ええ、鉱石の独占輸入権だけでは我が国の利益は雀の涙でしょうが……さすが、涼香殿で我が国にグエイグ殿が製作されるオリハルコン製の武具の独占販売枠を変わりに提供してくれているのですよ! これは我が国にとってかなりの利益になる。あの名工グエイグ製のオリハルコン武具はコレクターたちの間で高値取引されており、下手すれば我が国の年間国家予算とかで取引されることもあるんですよ。それの販売枠を年間6セットも用意すると言っておられるのです」


 グエイグの工房で生産できるオリハルコン製の武具は、現在の供給量だと年間で12セットが限度だと言っていたな。


 涼香さんはミチアスからの輸入で供給量が増えれば増産は可能だと見越してミチアス帝国への販売枠譲渡を持ちかけているのかもしれない。


 それにしてもグエイグさんの武具が高値で売れることは知っていたが、これだけ大量に生産すると値が下がる気がしないでもないが、その辺りは涼香さんが販売調整を仕掛けるのかもしれないか。


「オリハルコン鉱山の整備も始まれば、一層国民に仕事が回るようになるな。オレとしても両方がともに利益を得ることであれば、是非とも進めて欲しいと思っている」


「柊殿のおかげですよ。これで国民達は仕事に励み、労働の対価を得ていけるだろうと思います。これで、私もようやく嫁を迎えられる給料をもらえそうだ」


 アレクセイは皇帝業を行っているが個人資産はほとんどなく、新たに制定した復興特別法によって国民の最低賃金を元に算定した給料しか払われない。


 そのため、ミチアス国民が所得を増やさない限り、自らの給料が増えないのであった。


 まぁ、実際はトルーデさんの給料が振り込まれているため生活に窮することはないと思うが、真面目な人なので給料だけでやり繰りしているのかもしれない。


「アレクセイさんの嫁に関しては、トルーデさんも探しているみたいですからね。意中の方がいたら早めに教えないと無茶振りが飛んできますよ」


 アレクセイさんの嫁探しをトルーデさんがしていると教えると、彼の顔色が変わった。


 トルーデさんの給料をお小遣い制にして値上げ要求を突っぱねているため、嫁探しで復讐されるかもしれないと危惧している顔だ。


「そ、それはほんとうですか!? まずいですね。これは早急にプロポーズして婚約に持ち込んで既成事実を作った上でトルーデ上皇に報告をせねばならない。その際は柊殿のお力もお借りしますぞ」


「おや、アレクセイさんも意中の女性がいるのですか?」


「ええ、市井にいた時から気になっていた子がいましてね。皇帝になってからも時間を見つけては訪問して食事をごちそうになっているんですよ。彼女は私をいままでと変わらずに対応してくれる稀有な方なんです。だからこそ、嫁に迎えたい。苦労させるかもしれないけど」


 すでに意中の女性がいるようで、アレクセイさんは焦っていた。


 オレとしてもこの真面目な皇帝には貴族出身の高慢な女性より、市井で育った奥さんの方が似合うと思うので是非とも応援しようと思った。


 トルーデさんにアレクセイさんのお相手の情報を流しておくことにしよう。


 そうすれば自分でコッソリと確かめに来るだろうし、トルーデさんが問題なしと太鼓判押せば後は問題なく結婚の運びとなるだろうしね。


 オレはアレクセイさんの結婚を後押しするための裏工作をしておくことにした。


「良い返答を貰えるといいですね。オレの力でよければいつでも貸しますよ」


「ありがたい御言葉です。結婚の際には是非とも参加してもらえるとありがたい」


「是非よんでもらえれば来ますよ」


 オレはアレクセイさんの手を固く握り、応援をすることを誓っていった。


 こうして、久しぶりのミチアス帝国への表敬訪問は色々な収穫を得ることに成功して終了することになった。

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