第86話 海獣大決戦をプロデュースしろとか意味不明
磯の香りが鼻をくすぐり抜けていく。
オレ達は装備を整えるとドワーフ地底王国の港街ワズリンにある転移ゲートに降り立っていた。
ゲートの目の前に拡がる港では避難している大型帆船がすし詰めに係留されている。
普段は荷揚げや荷積みで忙しそうにしているはずの人足が暇そうに路地に座り込んでいたり、水夫たちも酒場で酒をあおって仕事ができない憂さを晴らしていた。
「港地区は仕事ができなくてどんよりしてますわね。これは思ったよりも深刻な損失が出ていると思います。これ以上続けばドワーフ地底王国も原材料の輸入がストップして大事になりますわよ」
「あの、港の防波堤の奥に小さく見えるのが
防波堤の奥、外界へ繋がる航路のど真ん中に、小さく見える二匹の魔物が絡み合ってお互いを攻撃して、周りに大きな水柱が幾つも上がっているのが確認できた。
確かにあんな場所で戦われたら、外洋に出ようとしている帆船を攻撃して沈めてしまうであろうと思われる。
周りには島の無く戦う場所として周囲を気にしなくて良いのが救いだな。
「翔魔、妾とヴィヨネットはビーチの方で子供達が泊まる宿のチェックなどをしておるからの。終わったら、連絡を頼むのじゃ」
完全にバカンスモードでサングラスと浮輪を持って、同じくいつもの白衣からラフな格好をしているヴィヨネットさんを連れてリゾート地区の方へ向かって歩き出した。
トルーデさんにしてもヴィヨネットさんにしてもアドバイザー的な立場のメンバーであるため、害獣討伐に関しては任意参加を基本としているので、文句は全くないのだが……。
絶対に遊びに来ているよな。
「トルーデさん、ヴィヨネットさんをメイド風水着にして遊んじゃダメですよ。今回の騒動でリゾート地区は『海獣大決戦』とか謳って商魂たくましく商売しているみたいですし、(株)総合勇者派遣サービスの社員として恥ずかしくない振る舞いだけは頼みますよ」
放っておくとリゾート地区で会社のとんでもない噂が立ちそうな気がしたので、釘を刺しておくことにした。
オレの忠告を聞いたトルーデさんが面倒臭そうに手を振って応える。
「分かっておるのじゃ。キチンと派遣勇者っぽく聖哉の戦闘シーンを拡大して投影して、リゾート地区のギャラリー達に解説をしておくから大丈夫じゃ! それよりも聖哉も翔魔もショボい戦いをするのではないぞ」
トルーデさんが来る前にワズリンのことを調べていたのは、そういったイベントを企画していたのかも知れない疑惑が持ち上がった。
そのイベントを勝手に開くとドワーフ地底王国から官憲が制止して来ないだろうか?
「安心せい。これはドワーフ地底王国からの正式依頼だからの。涼香が経済的打撃を少しでも緩和するために害獣討伐をショーに仕立てるイベントを企画しておるのだ。そのために翔魔が会場警護係に指定されておるのじゃからの。しっかりと防護魔術を展開しておいてくれなのじゃ」
オレの知らぬ所で害獣討伐に関するイベントが仕組まれて開催が決定されているらしかった。
仕事を奪われた港街ワズリンのことを考えれば、害悪でしかない害獣を出汁にしたとしても金が稼げるイベントをしないと、街に甚大な経済的被害が発生するのは分かる。
だが、本来危ない生物である害獣を見世物にして金を稼ぐというのもどうなのであろうか。
「柊君。害獣討伐興行を打たないと、ドワーフ地底王国は街道整備許可を取り消すと言ってるの。独断で進めたのは謝ります。でも、柊君のおかげであの街道はこの周辺を劇的に変化させる意味合いを持ってしまったことを自覚してね。直線で整備された街道がどれだけ物流に貢献するのかと考えると震えるわ」
涼香さんはオレが山をぶち抜いてトンネルを完成させたことを聞いて、街道計画を練り直し、ドラガノ王国の王都ギブソンからヒイラギ領を抜け、このワズリンの港街まで一直線の弾丸街道に計画し直した。
その絡みで今回の『海獣大決戦』の興行が開催される運びになっていたらしい。
まったくの寝耳に水だが、オレに課せられた役目は害獣から観客を守ることであるようだ。
独断行動を怒るかどうか迷っていた際に急に背後から声を掛けられた。
「これはどうも、今回は無理言ってすみませんでした。何せもう一ヶ月近く船を出せずにいたので、街が干上がる寸前なのですよ。そこに貴方が討伐に派遣されてくると聞かされまして、涼香殿にご無理を言って今回の興行を行ってもらうことにしたのですよ。いや、本当に申し訳ない。この御恩は街道が整備されたらきっとお返しいたしますので、平にご容赦を」
髭もじゃの背の低いガッチリとした男が、米つきバッタのように頭を下げた。
「翔魔様、ワズリンのまとめ役のシュラー殿です。ドワーフ地底王国の現国王の弟君であらせられます。ご挨拶を」
エスカイアさんが目の前のシュラーとの挨拶をするように勧めてきた。
相手は一応王族であるため、膝を突いての拝礼をとろうとしたが、握手を求められたので、差し出された手を握り返す。
「どうも、(株)総合勇者派遣サービス派遣勇者第七係主任の柊翔魔です」
「かの有名な柊主任が派遣してきてもらえて光栄であります。領地も隣り合っておりますので今後ともなにとぞ良しなに頼みますぞ」
王族にしては腰の低いシュラーであるが、その肉体は巌のように筋肉が盛り上がってグエイグに勝るとも劣らない肉体を誇っていた。
「シュラー殿は、ドワーフ族にしては珍しく海が大好きで、この任地を自ら志願したと聞いておられますが水を嫌うドワーフ方にしては珍しい御方ですわね」
「これはエスカイア殿も手厳しい御言葉。私は幼き頃よりこの海とともに育ってきた海の男を自負しております。種族の皆は変わり者だと眉を顰めますが、広大な海原は男のロマンだと思うのですよ」
それまで頭を下げっぱなしだったシュラーが、熱のこもった眼でオレに語り始めた。
「私はこのワズリンの港をエルクラスト一の貿易港にしたいのですよ。いろんな国の船がココを経由してエルクラスト各地に散っていくかと思うと興奮して夜も眠れなくなるのです」
むさいおっさんが暑苦しく語り始めた。
「そ、そうですか。そうなるとあの害獣は早く倒さねばなりませんなぁ」
シュラーがガシっと俺の手を更に強く握る。
痛くはないのだが、鬼気迫る表情で近寄られると気後れして後退っていく。
「あ、あのシュラーさん?」
「涼香殿から柊殿に万事任せておけば、『海獣大決戦』は万事上手くいくと聞いております。今回のイベントにはこのワズリンの未来が掛かっておりますので、どうか! どうかお願い申し上げます!!」
「あ、はい。全力で対処させてもらいますので、ご安心を頂ければ」
地面に泣き崩れそうになっているシュラーであったが、なんとか宥めすかしてトルーデさんの行う実況席の方に移動してもらうことになった。
こうして、オレ達は害獣退治のほかにショー興行も成功させるというミッションが課せられることとなった。
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