第82話 いい街つくろうヒイラギ幕府って違うわw


 翌週からヒイラギ領で始まった街道工事は、まず最初にドラガノ王国の王都ギブソンまでの街道を整備する事から着手されることとなった。


 今は孤児院での仕事があまり無いエスカイアさんと聖哉を連れて、工事開始前に機嫌伺いとして、ドラガノ王国の王城を訪れている。


 といってもこの国はド貧乏なので、王城といっても平屋の一軒家であり、王も質素な服装をした年若い女性であった。


 名誉子爵叙任の際にご挨拶に訪れていたが、その際に聖哉が一目惚れして交際することになり、すでに赤沢主任との挨拶も済ませて結婚前提のお付き合いをしている女性でもあった。


 彼女は一応、ドラガノ王国の王であらせられるが、この国は領主貴族たちが大いに権勢を握っており、王家の領地は王都のギブソン周辺だけで非常に貧乏をしているのである。


 おかげでドラガノ王国の王都は、みすぼらしい街並みが続き、とても王都とはいえないスラム街のような様相を呈していた。


 弱体な王家は微妙なバランスの上で王座を守っているだけであり、オレが領地を下賜された裏事情には、他の領主貴族への牽制という意味合いも含まれているのである。


 そんな薄幸な女王様であるのだが、意外と歳が若いにも関わらずしたたかな一面を持ち合わせており、今回の街道整備敷設の件を聖哉から聞くと是非とも王都までの街道も普請して欲しいと直談判してきたのだ。


 さすがの涼香さんも女王の勢いに押されて街道整備の延伸を決定し、ドワーフ地底王国王都からドラガノ王国王都までの街道普請となることになった。


「ようこそ、おいで下さりました。柊様におかれましては叙任時以来のご無沙汰を致しております」


 化粧っ気の少ない顔であるが、素地がいいのがモロに分かる美女顔の女性が丁寧に頭を下げて挨拶をした。


「いえいえ、一応、オレの主君に当たる方ですので、ご挨拶をと思いまして。それに部下の聖哉の嫁となればご挨拶しないのは無礼に当たると思いましたので」


「翔魔さん! ま、まだイシュリーナとの結婚は早いって親父に言われてるんですって。Sランク社員となって自分のチームを立ち上げたら許してもらえるんですから。それまでは絶対に認めないと言われましたよ」


 おー、赤沢主任も泡を喰っただろうなあ、息子が急に結婚したいとか言い出したんだし。


 先月の主任会議ではあからさまに動揺した顔で、オレによろしく頼むと言っていたけど、何をどうよろしくなのだろうか、いまいちよく分からない。


 イシュリーナ女王は王家を守ることに関してしたたかである以外は、とても家庭的な人柄だと聞いている。


 聖哉が休みの度に王都に通って、手料理を食べさせてもらっていると惚気ているのをトルーデさんと冷やかすのが、目下の所のオレの仕事であった。


「そ、そうですよ。私も未だ王権が安定しないので、聖哉さんとの結婚には色々と問題が多くて、とても式を挙げるだなんてできませんよ」


 女王であるイシュリーナは自ら率先してドラガノ王国の雑務を受け持っているため、王族とはいえ大借金王でもあった。


 そのためすでに王城は売り払われ、平屋のボロい一軒家に転居しているし、着ている物も、どう見ても一般人にしか見えないのである。


「王権に関してはほぼ安定じゃありませんか? 何しろ派遣勇者の旦那様を迎えることになっていらっしゃるのですもの。聖哉君は翔魔様の大切な部下ですし、最近ではSランクの銀水晶龍シルバークリスタルドラゴンの討伐にも成功されている若手有望株の派遣勇者ですわよ」


「エスカイアさんに褒められると背中から冷や汗がでますね。まだまだ未熟なんで鍛錬を積まないとイシュリーナを守ってあげられない」


 聖哉は時間が空くと積極的に魔境討伐許可申請を会社に出して、魔境地区に入り、ソロで色々と害獣を狩って自身LV上げにも努力しており、すでに能力で行けばチームの二番手を任せられるほどの力を持ち合わせるまでに至っている。


 やはり、嫁を持つとしっかりするということなのだろうか。


 オレも聖哉に負けないよう、もっと鍛錬を重ねないといけないな。


 自分も学生の時に比べればそれなりに成長していると思うが、まだまだ未熟なところが多いのだ。


「ところで、今回の街道整備は柊様も参加されるそうですね。領主自らの陣頭指揮と聞いて領民もさぞ喜んでおられるでしょうね」


 ソファーに腰を掛けたイシュリーナが脇道に逸れそうだった話を本題に引き戻してくれた。


 オレ達がこの王都ギブソンを訪れた理由はご機嫌伺いの意味合いもあるが、それ以上に街道整備への人足出しをお願いするためでもあった。


 現在、ヒイラギ領ではドワーフ地底王国との交易が盛んになり、人手が不足しがちな状態となっており、今回の街道整備に必要な人手を数を揃えられそうになかった。


 なので、王都の方で人を雇う許可を貰いに来ていたのだ。


 王都はこれといった産業も無く、街は失業した人達が多くいるため、人手はヒイラギ領よりも余っていると思われ、日雇いの仕事ではあるが、街道整備をお手伝いをしてもらい賃金を支払うつもりだ。


「その件なのですが、お恥ずかしい話ですが、予算の都合はついたのですが、その整備を行う人手を集めることができそうになくて、イシュリーナ様に王都ギブソンでの人手集めの許可をもらいたく参上した次第です。もちろん、給金はキチンと支払いますので、大丈夫です」


 その瞬間、イシュリーナの眼の色が変化した。


「そのお話は本当ですか? ちなみに人手は何名ほど必要でしょうか? ギブソンの住人を使っていただけるのであれば、一〇〇〇名までは集められますよ。一人当たりの日当が日本円で一〇〇〇円ほどになりますが予算の方はよろしいでしょうか?」


 人手を出して欲しいと言っただけで、即座に出せる人数とその人件費を言えるのは、彼女がこのギブソンをキチンと管理して運営している証拠であると思われる。


 それにしても一日労働で一〇〇〇円って安すぎないか? 


 三〇日働いても三万にしかならないが大丈夫なのか。


 オレはイシュリーナの提案した話をエスカイアさんにコッソリと聞いてみた。


『イシュリーナの提示した条件って人足達が喜んで働いてくれるレベルの日当かい?』


『ええ、翔魔様はご心配でしょうけど、日本円ですので、現地通貨換算だと大体一〇倍になります。失業している者はよろこんで飛びつくでしょう。けして、悪い条件ではないと思います。両者にとっても』


 エスカイアさんも納得しているようなので、強制労働のような住民に恨みを買うレベルの日当ではないらしい。


 安く扱き使って恨みを買うのだけは勘弁して欲しいので、労働の対価は正当な物を与えるようにしたい。


「問題は無さそうです。でしたら、五〇〇名ほど集めて頂きたい。ただし、ドワーフ地底王国までの街道整備となりますので、出稼ぎとなりますことをお伝えください。街道整備中の食事代はすべてこちらが持ちますことも同時にお伝えしておきます」


「出稼ぎですか。分かりました。直ぐに希望者を募ります」


 イシュリーナはオレ達に一礼すると、一軒家の外に走り出していった。

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