鬼桜記

アゼル

第1話-その名は桜鬼-

霧の深い森を抜けたとあるところに、鬼が暮らしていた。

鬼にこれといった名は無く、枯れた桜が佇む神社の社に住んでその日その日を自由気ままに暮らしていた。

今日も麓に住む子供たちと、境内で鬼ごっこに興じている。

「鬼っ子ー!ここまでおいでー!」

「るっせーガキンチョ!今捕まえてやっから逃げんじゃねー!」

鬼が駆け出すと子供たちは無邪気な声をあげて逃げ惑った。

鬼の橙色の着物の足元に砂埃が巻き上がった。青年の歩幅では子供に追いつくことは容易く、直ぐに見定めた子供の着物に手が触れる。

「はい触ったー、次はお前が鬼だかんな!」

その時子供がくるりと鬼に向き直り、真っ直ぐに鬼を見つめた。

「でも『鬼ごっこ』っていうには鬼っ子が鬼役やるのがいーんじゃないの?僕たちがやってもしょうがなくない?」

「ん。まぁ確かに…そうだよな…ずっと俺でもまぁ…でもそれ成立すんのか…?」

「はい。タッチ。」

「あ。」

「わーい!鬼っ子のバカがもう一回鬼だぞー、逃げろ逃げろー!」

「あ!しくった、クソったれー!頭使わせんなァ!あとバカって言うんじゃねー!」

そう言うとまた鬼は駆け出す。

狭い境内に子供の楽し気な声が響き、時間が過ぎていった。


夕暮れになると、子供たちは麓の小さな村に帰っていく。

村はここに迷い込んだ人々が集まってできたものだ。行く当てもない人々の集まりだったが、今では数十人ほどが暮らしている。神社は高い場所にあるため、境内の石段から見下ろせるようになっている。

境内の石段に夕日が差し込み、手を振る子供たちの輪郭をかたちどっている。

「鬼っ子ー!明日も遊ぼうねー!」

「おう…筋肉痛で…へばって来るんじゃ…ねーぞ…」

荒い息をつき、疲れ知らずの子供たちを見送って鬼は社に帰っていく。

その時、鬼の後ろから声がした。

「まぁたヘトヘトになるまで遊び呆けてたのか、いい加減自分の限界を知れっていつも言ってるだろうが」

鬼の後ろには髪の短い無表情の若い男が立っていた。シンプルな黒いYシャツにジーンズと言ったこの場にはそぐわない格好だ。男は立っているというか、宙に浮き、足を組んで椅子に腰掛けるような姿勢で浮いている。

「ッビビったァ!後ろから話しかけんなって何べん言ったらわかんのかなァ!?」

「油断してるオメーが悪ぃんだろう、いい加減慣れろ。」

「慣れるかっ!舌の玉っころ引きちぎんぞ!」

「ピアスだつってんだろうが、いい加減わかれ。」

「ホント、ゼツってさあ…俺に対して辛辣だよね…たまには本気でしょげるよ?」

ゼツと呼ばれた男はそれに答えず、社に向かった。

「もうじき日も暮れるのが早くなるな。個人的には夜が動きやすいから助かるけど。」

「蝙蝠みてーな男だな…たまには俺と一緒に子供たちと遊ぼうぜ。いい運動になるしよ。」

「ヤだよ。俺ガキ嫌いだし。」

「可哀そうだろ!それ以上言ってやるなよ。…村人からもらった食料で俺とか食っていけるんだからさぁ…」

「お前の土地に勝手に居ついたんだから、そりゃ当たり前だって。奉納品とかって思っとけばいんじゃね?」

「うーん…まぁ、納得はできるけど…釈然としねぇなぁ…」

二人のやり取りが続く中、夕日を浴びながら石段からもう一人の男が上ってきた。男は騎士風の銀の甲冑と翡翠色の外套を身に着けた長髪の男だった。。

「ようゼツ、鬼っ子。元気してたか?」

「おう!久しぶりじゃん!半年くらいか、元気してた!?」

「おう、ナレフ。相変わらず重そうな甲冑着てるな。いい加減脱げよ。」

「いや、脱いでもこれを抱えていちいち移動するのが面倒でな…物騒なところにも行くわけだし。ここに置いといて鬼に質にでも入れられたら敵わん。」

「んなことしねーよ、んなボロッちいの。魚三匹が関の山じゃね?」

「もう少し価値はあるだろう…。」

ナレフと呼ばれた騎士は顔を冗談めかして顔をしかめると、担いでいる荷物を降ろし、中身を広げた。荷物からは、見慣れない品の数々がいくつもでてきた。

「また少し外界を回ってきた。いつもの食べ物以外に手土産も持ってきたぞ。」

「相変わらずどこから集めてくるんだ?こういうの。」

「持つべきものは友、ってこと。ほら、これとかも人づてにもらったものだ。きっと気に入ると思ってな。」

そういうとナレフは鬼にそれを投げてよこした。

それは全長15センチほどの金属質のとげのついた金棒だった。

「おもちゃの棍棒じゃん、鬼だからって安直すぎ…うわぁー!伸びたー!でっかくなったァー!ナニコレェ!?」

鬼がそれを握ったとたん、棍棒は長さは普通の人間の2倍ほどになり、先の太さは熊とも戦えそうなほどに変化した。普段は表情に乏しいゼツも思わず目を見張る。

「東の鍛冶職人が中国の伝承をもとに再現したそうだ。持ち主の力に応じて、最大限の力を引き出せる形状に変化する様にできているらしい。…気に入ったか?」

「おぉ…握った感じも…振ってみても確かに丁度いい感じ…これ戻すときはどうすんの?」

「知らん、離してみたらどうだ?」

鬼が持ち手を開くと、あっという間に棍棒は元の大きさに戻った。

「懐に入れておけば丁度いいだろう。慣れてきたら都度状況に合わせて大きさも変えられるかもしれん、使う機会があったら試してみるといい。」

「そうする!マジでありがてぇな、こういうの。お返しじゃないけど、丁度昨日村人たちから食料にお酒たっくさん貰ったし、飲み会にしよう!」

「お、いいね。俺も夕飯ゴチになろうかな。」

「そう言うけど俺、ゼツが棚の菓子とか勝手に食ってるの知ってっかんな?少しくらい飯代置いてってもいーんじゃねーか?お?」

「まぁまぁ、野暮な話はよそう。飯は大勢で食うに限る、ってな。」




それから、夜が更けるまで三人は社で酒を飲み、食卓を囲った。

ナレフが廻った外界の話、鬼のこれまでの暮らしぶり、ゼツが仕入れてきた現代の外界のことなど、会話が尽きる様子は無い。

焼き魚をつまみながら、ゼツが問いかけた。

「思うんだけどさ、ここの食料ってどっから来てんの?村人が持ってくるつったけど、森から出ようとしたら霧が深いじゃん。出て行けるわけ?」

ゼツの言う通り、境内を含む村周囲には森林が拡がっており、濃い霧に覆われている。ふらっと散歩にでも行こうものならあっという間に迷子になってしまうだろう。

「なんか外に出る道順とかがあるんだってさ。紙に書いて覚えておけば、魚が捕れる所とか、罠をしかけて猪とかが掛かるのを待つことも出来るんだってさ。ナレフもしょっちゅう出入りしてるし、そんな大変なものじゃ無さそう…だと思う!」

その言葉にナレフは顔をしかめた。

「簡単に言ってくれるな。ルートも1つではなく、いくつか別れてる。覚えるまで苦労したんだからな?まぁ適当な目印さえあればいつでも来れる訳だが。」

「はぁー、結構大変そうだな。俺は興味無いから出るつもりもないけど。」

「ナレフ本当に面白いものばっか持ってくるよなー。ゼツの話もおもろいけど、それとはまた違う感じ!」

その時、ナレフはじっと鬼を見つめると、

「鬼っ子…お前外に興味は無いのか?」

問いかけには興味があるようでゼツも鬼を見た。

「確かにここに居て結構長いよなお前。俺らの話を聞いて外に行きてー、とか思わない?」

ゼツも同じく問いかける。

鬼は首を傾げて少し考え、やがて口を開いた。

「いつかは出てみたいけど…今はない。ここでの暮らしは退屈しないかんな!子供もしょっちゅう遊びに来るし、祭りも結構な頻度でやってるから、今は離れる気は無いかな。」

「ま確かに。お前霧の外でた瞬間迷子になりそうだし。ずっと引きこもりしてる方が良さげだろ。」

「引きこもりって言い方なんか癪なんだけど?もちっとなんか言い方ない?」

ゼツは口の端をゆがめると皮肉たっぷりに、

「ねえわ。」

とだけ答え、その言葉に3人は声を上げて笑った。

ふと、社の奥に飾ってある二つの神像に全員の視線が集中した。

「そういえばこの神像、いままで気にも留めなかったがどういうご利益があるんだ?」

「わかんね」

「え?」

「いや、俺も長年暮らしてるけどさ、どういうもんか知らないんよ。」

「まぁ村人が建てたもんでもないからな。俺も知らんわ。」

「二人して知らないのか…。神様はちゃんと扱わないとご利益分けてくれないからな。たまに掃除くらいはしとけ。」

「そうはいってもなぁ、どんなものかやっぱり知らないし、掃除ってあんましする気しねーし。」

「わかるわ。めったに使わないものほど掃除するくらいなら捨てるわって感じ。…なんならコレ、捨てるか?」

「何かしらのご利益があるんじゃないか?何か書物とか、ないのか?伝承か何か…」

「んー…」

ゼツは黙り、鬼の背後に現れたのと同じ無表情で神像をしばらく見つめたかと思うと、

「豊穣神と長寿を司る神だな…強いのは豊穣神みたい。まぁ何物にも寿命ってあるから、長寿を司る神ってそんなに強大な力はないんだが、こいつは割と上位の神っぽい。夫婦で神さまやってっからかな。」

ナレフと鬼はポカンとした表情でゼツを見た。

「お前…見ただけで分かんの…?」

「ん。まぁ多少は」

「多少というにはずいぶん細かいところまで見えるんだな…ひょっとしてゼツも何か神力を授かった類の人とかか?」

ナレフの問いかけにゼツは少し顔をしかめた。

「いや…」

そして苦笑いし、

「俺、神とかいうの嫌いだから。」

とだけ答えた。




その夜、とある場所。

女は水晶玉をのぞき込み、何かを見ていた。

「ほーほー、この世界もおいしそうだね。んー…他には…ん?」

その時、何かが目に映った。途端に彼女は不機嫌そうな顔になり、

「なーんかウチにぶつかりそうな世界があるんですけど。距離めっちゃ近いんですけど。また理を知らない田舎モンの世界がコントロール無くした感じ??」

そして意地悪そうに口の端を歪めると、

「売られた喧嘩ならしゃーないっしょ。丸ごと、いただいちゃおうかな☆」

そして、彼女から大量の黒煙が出て、辺りを包み込んでしまった。

後には、月だけが妖しく光っているのみだった。





翌朝。

「…ろ…きろ……い………ろって…」

男の声がする。頭が眠気でぼんやりする。鬼は瞼をこすって目を開いた。

「起きろ」

「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

ナレフの顔だったが長髪で片目が隠れているためお化けのように見えた。

思わず布団を蹴飛ばして叫んだ。

「起きろ、鬼っ子。外が大変なことになってる。」

「起きてる、つか起きたわ!いやにしても起こし方ァ!もうちっと離れて起こしてくんねえかなぁ!怖いんだわ!」

「それどころじゃない。緊急事態だ。かなりマズい。」

「は?」

「とにかく来てみろ。お前の土地が何者かに侵食されてる。」

「は?…え?」

鬼は状況が呑み込めないままナレフと外に出た。先に出ていたのかゼツは境内から外に広がる光景を眺めている。二人はゼツに並んだ。

「どうやら外界のどこかと繋がったらしい。それもただ繋がっただけじゃない。明らかに異常だ。森を覆う霧も晴れてる。」

「ナレフそういえば望遠鏡持ってたよな。周り見た?」

「あぁ、さっき見たが…お前たちも見てみろ。」

そういうとゼツに望遠鏡を渡した。その表情は何とも言えないものだった。

「…こりゃひでぇわ。なんでこうなった?」

「俺にも!俺にも見せて!」

鬼はひったくるようにゼツから望遠鏡をのぞいたが、刹那、その表情は困惑に包まれた。

霧は晴れ、周囲が見渡せるようになっている。しかしその地形は外界に触れたことのない彼でも異常とわかるものだった。

険しい岩肌がむき出しの山。

崩れかかった洋館。

そして奥には晴れ間に照らされて城壁のようなものが建てられていた。周囲が厚い雲に覆われているため神々しく見える。城壁の外には海が広がっており、唯一の橋だけが城壁から伸びている。

海までは湿地帯が広がっており、その各所に山や洋館が点在していた。

だがどれも彼が暮らしてきた穏やかな環境にはそぐわないものばかりだと、直感で理解できる。

「海ができてる…奥に城壁があるが、アレが一番気になるな。」

「うみ?聞いたことあるけどあれがそうなの?どんなの?」

「しょっぱい水の塊とか思っとけばいい…と思う。」

「ゼツにしては雑な説明じゃない?」

「お前に言っても理解できない気がしたから。んー…あ、魚が取れる場所って言ったらわかる?」

「え、魚って野菜と同じで土から生えてくるもんじゃないの!?初めて知ったんだけど!そうなの、ゼツ!?」

「…お前、数十年単位で生きてきて知らなかったのか?いや、海があるところじゃないから無理だとは思うが、『魚が土から』は流石に…」

「諦めろナレフ、こいつはそういうやつだから。教養とかそういうの一ミリも持ち合わせてないから。俺が教育しても無駄だったし。」

「なに、二人して神妙な顔して。ひょっとしてまたバカにされてる?おい!頭抱えるなって!ちょっと傷つくだろうが!」

そうこういう間に海からの霧は湿地帯を超え、濃さを増して麓の村に迫りつつある。村にたどり着くまであと数十メートルしかない。

口火を切ったのは鬼だった。

「とりあえず俺の社に皆を非難させてくる!ナレフとゼツは?」

「俺はお前と一緒に行くわ。何か不安だし。」

「なら俺は近辺の捜索をしよう。取り残された村人がいないか確認する。村は任せた、鬼っ子。」

そして三人はそれぞれの方向へと散っていったのだった。


村は完全に混乱に陥っていた。

もともと小規模な村ではあったが、所せましと骸骨が人々を襲い始めていたため、いたるところに人が逃げまどい、ひしめいている。

「ヤバすぎるだろ、アレ!でも妖怪とは…雰囲気が違う?」

「ありゃ外国…ようは外の国から来た怪物。霧の向こうから来てるっぽいな。」

「外にはあんなのもいるのか…」

「まぁ最近はめったに見ないらしいけど。で、どうする?」

「助けるに決まってんだろ、早速コイツの出番ってワケな!」

鬼はそういうと昨晩の棍棒を取り出した。棍棒はあっという間に大きくなり臨戦態勢が整う。鬼が棍棒を一振りすると、骸骨の一軍は霧となって消えた。しかし霧はすぐに集まり、新たに無数の骸骨を生成し向かってくる。次第に土の中からも骸骨は現れ始めた。

何度か振り払うが、手ごたえを感じられない。その様子を見てゼツがつぶやいた。

「歩くのは遅いがキリがねえな、村人が逃げ切るまで持つか?。」

「宙に浮いてると楽そうでいいな、っつかそう言うくらいなら少しは戦ってくんね?」

「ヤだよ、だりぃもん。」

「いうと思ったよォ!ナレフは戻って来ないし…さぁ!」

そう言ってまた骸骨の一団を振り払ったが、やはり手ごたえを感じない。

それを見かねたゼツがやれやれといった顔で地上に降り立った。

「しゃーない、少し助力してやるか。」

そういうと口をすぼめて、軽く息を吸い込んだ。

『地に伏せ。』

そう唱えた瞬間、骸骨達はまるで大きな物体に押されたかのように地べたに這いつくばった。

『帰せ。御主のもとで頭を垂れよ。汝らの座する場はここにあらず。去れ。』

その言葉とともに、力に抵抗していた骸骨達は魂が抜けたように転がった。

「…収まった?」

「魂に帰れって命令したから。よほど生命力が強くないと抗えないし、暫くは来ないと思う。」

「それさぁ、早めにそれやってくれたら楽で済んだんですけど?ゼツさん?」

「やってもいいけどお前から使った分の寿命貰ってるんだからな。サービスで村の外、遠いとこまでやったから60年分位か。後で貰っとくから。リボで。」

「60年って結構だからね?人間で言ったらおじいちゃんだからね?やめてね?あと『りぼ』って何?」

「ほらうだうだ言ってねーで社に行けって。村人が震えて待ってんぞ。」

「あいっけね忘れてた!みんな無事かな!?」

二人は石段へと向かっていった。


神社の境内には村の総人口は40人ほど。神社の境内は決して広くはなく、社の中に数人ほど

幸いけが人もいなそうである。

「とりあえず知ってる人は全員無事っぽい!」

「言うてナレフがいないだけか。ホントどこ行ったんだアイツ。」

「わかんねぇな。霧の外で知らない怪物に襲われてなきゃいいんだけど…」

そう言いながら鬼は境内を見渡した。見た限り村人に逃げ遅れはいないようだ。

ナレフが上手く誘導したのかもしれないが真偽のほどは定かではない。

「村人は大丈夫そう…かな。ここにいれば安全だよな、ゼツ?」

ゼツは目を細めて社を見ていた。

「…ああ、当面は大丈夫。だと思う。気づかなかったが結界が張られてるっぽい。」

「結界?あの二神のおかげ?」

「どちらかというと豊穣神の力が強そう…に見えるが…長寿の神と相互に反応してる…?いやよくわかんねえわ。ともかくその二神のおかげでここに怪物が来ることは無さそう。」

「マジ!?良かったぁ…」

「でもあんまりのんびりしてると数の暴力で押し切られる可能性もある。何より村から運んできた食料の備蓄もそんなに多くないし、長居は危険だろ。…あ、俺らの昨日の食い残しでも持つんじゃね?」

「いやもうちょっとマシなもの食わそうな!?味噌とか米とかくらいまだあるだろ!」

「鬼っ子…」

ふと横を見ると涙目の子供たちがこちらを見ていた。

「皆…どうした?怖いか?」

鬼は子供たちに目線を合わせて優しく問いかけると、子供たちはこくん、と頷いた。

「大丈夫。俺とコイツで、ちゃちゃっと悪い奴ぶっ倒してくるから!そしたらまた皆で遊べるようになるって。安心しな!」

笑って鬼は答えたが、子供たちの不安な表情は消えない。鬼は子供たちの肩を叩いて親元に帰した後、軽いため息をついた。

「やっぱり、子供でも今がヤバイってくらいはわかるもんなんだな…ゼツもちょっとは笑ったりしてみろって。子供の前で位さ。」

「いや、ガキに俺は見えてないから。」

「え、そうなの?なんで?」

「今のお前に話してもわかんねぇと思うからそういうもんだと思っとけ。」

「またそんな…」

「それより。決めることがあんだろが。」

「決めること?」

するとゼツは地に降り、まっすぐに鬼を見つめた。いつもの無表情さは消え、目には力がこもっている。

「お前が村人のためを思うんなら今すぐ外に行って、原因を取り除くべきだと思う。さっきも言ったけど当面はここにいても平気…だけど浸食の力が強まればここもどうなるかわからん。村人もどうなるかな。想像もつかん。」

「…」

しばし鬼は黙考した。

自分がまだ幼いころを思い出す。ゼツが常にそばにいたが、今の村人はここに迷い込んだ人たちの子孫もいる。

道を覚え、食料を分け与えてくれた人。

外界の知識を与えてくれた人。

悪行を働いた者が迷い込んできたこともあったが、持ち前の鬼としての力で追い払い感謝されたこともある。

そうした様々な思い出が彼の脳内を駆け巡っていた。

「…どうするんだ?」

鬼は顔を上げ、凛とした声で決意を口にした。

「行く。今の俺がやって来れてんのは…ゼツのおかげもあるけど…同じくらい村の人たちのおかげでもあるから。ちっとは恩返ししなきゃ、な!」

その言葉を聞くと、ゼツはいつもの無表情に少しだけ口角をあげて、

「そ。」

とだけ答えた。

「そうと決まったら早速準備しなきゃな!…あ、まず逃げてきた人たちの簡単な場所も作んなきゃな!」

そういうと鬼は一目散に社の方へと駆けて行った。

ゼツはその背中を見送っていたが、

「少しくらい、手伝ってやるか。たまにゃ。」

そう言って彼の後を追いかけた。


夜も更け、村人たちも寝静まった頃。鬼は身支度を整え、神社の入り口に二人はいた。

「んじゃ行きますか。」

「おう、鬼っ子の初陣だな。」

その言葉に鬼は思うところがあったのか、腕を組んで考えたのち、口を開いた。

「せっかく旅に出るんだし、今日で名無しの鬼は卒業したいな!何か名前とかくれないか?ゼツの決めた名前ならなんでもいいぜ!」

「あぁ…別にいいけど、名前は大事だ。俺がつけてもいいけど、せめて自分でつけてみたら?名乗るなら今日から読んでやるよ。」

「自分で、かぁ…」

悩みながら、彼は空を見上げた。すると、頭上の長い間枯れたままの桜の枝が目に入った。

「桜か…そういえば満開になったこと、一度しかなかったな…」

「お前がここに来た時だよな、知ってるわ。その年に咲いたっきり枯れたまんま。また咲くとは思うけど。いつか。」

少し考えた後、鬼は

「…決めた!桜の鬼で桜鬼(さくらぎ)!どう?いい名前と思わね?」

「安直ー。ま、いいんじゃないか?桜って入ってるだけでも縁起よさそうだし、お前にあってるとは思う。」

「マジ!?」

「スマン、適当。」

「お前ェ~…」

言いあいながら、二人は初めて森の外へと足を運んだ。その足取りは軽く、活力に溢れていた。





「ここピンボケして見えないんだけど…ぜぇーったいここにあの世界の住人がいるって思うんだけどなー。うーん。」

暗い祠では女がしきりに水晶玉を覗き込んでいる。色んな角度から水晶を見ては、首を傾げ納得いかない、と言った表情を浮かべている。

「お前か?アイツのこの世界に土足で乗り込んできたのは。」

「誰?」

女が振り返るとそこに立っていたのは翡翠の外套を纏った騎士だった。鬼がナレフと呼んだ男である。

「アンタも土足でここに来ていい度胸してるじゃない。来る者拒まずだから別にいいけど。名前くらい聞いておきたいな?」

「茶をしばきに来たわけじゃない。聞きたければ締め上げてでも聞いてみろ。」

そう言ってナレフは剣を水平に構えた。

「実力主義ね、気に入ったわ。…前菜には丁度いいかも。ちょっと本気出しちゃおうかな🌟」

女は無邪気とも不気味とも取れる笑みを浮かべて宙に浮いた。暗がりよりも黒い女のローブからは煙が溢れ出し、2人を包んだ後に全ては消えた。





後には静寂だけが残っている。



To Be Coutinued...

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