六畳間の敵
そうざ
Enemies in a Six Tatami Room
網戸の向うから
私は、六畳間の何処かから聞こえて来る耳障りな羽音の発生源を探ろうと目紛しく眼球を動かしていたが、闇の中では徒労以外の何物でもなかった。
やがて、羽音は遠ざかってしまった。取り敢えず、薄っぺらい敷き布団に背中を戻すしか仕様がなかった。
もう何度こんな事を繰り返しただろう――。
傍らでは、今日も今日とてギャンブルに
そもそも『敵』は夫の臭いに誘われて来たのだろうに、実際に被害に受けているのは私ばかりのようだった。とは言え、電灯を点けて本格的に応戦する訳にも行かない。夫の安眠を妨げる事だけは、絶対に避けなければならない。
せめて蚊取り線香でもあればと思うが、私のパート代が全収入である我が家にとっては贅沢品だった。『敵』がうちの台所事情を酌んでくれる筈もない。この闇の何処かで、まだまだ私の血を啜ってやろうと
重たい置時計を引き寄せると、もう午前二時を回っていた。明日も早くから仕事なのに、睡魔にもすっかり見放されてしまった。
苛立ちの
何故、私だけがこんな目に合わなくてはならないのか――。
その時だった。夫の高鼾の合間にあの忌まわしい羽音を聞いた。朽ちた身体とは逆に、私の頭は光源がなくても周囲を把握出来るまでに研ぎ澄まされていた。
程なく、羽音は夫の額の上で静止した。気取られないようにゆっくりと上体を起こす。『敵』は醜く膨れ上がった腹を怠惰そうに微動させ、私を挑発していた。
置時計を手に取る。これ程までに私を苦しめて来た相手には、掌ではなく、冷たく硬い鈍器がよく似合う。『敵』はたった一撃で大量の血を吹き出しながら息絶えるだろう。そしてその時、晴れて私は穏やかな眠りを約束されるのだ。
私は全身全霊を込め、『敵』の額に両腕を振り下ろした。
六畳間の敵 そうざ @so-za
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます