天才少女ハッカーと友だちになった日、ぼくの作ったマシンに魂が宿って最強になりました!
宮 都
1
第1話 AIを連れた女の子
「ちょっと
階段の下から母の甲高い声がした。外ではセミの声がさわがしい。でもレオの耳にはそんなもの届かなかった。
夏休みの朝。
レオは子ども部屋の前にすわりこんで、じいちゃんちからもらってきた廃材を所狭しと広げ、線を引いたり、切りぬいたりに夢中になっていた。レオのじいちゃんは小さな工場をやっている。だからいらなくなった木の板やネジやなんかをよくくれるのだ。
階段を見上げた母は、小柄な息子よりもまず彼を囲んでいるたくさんのガラクタたちに気づいた。また何かよからぬ物を作ろうとしているのではと2階に上がろうしたところで、レオの方がすたたたたっと駆けおりてきた。
「今日はいったい何ごとなの!?」
母につかまえられたレオは、2階に向かって両手を大きく広げた。
「ここに、荷物を運ぶエレベーターを作ってあげようと思って」
満面の笑顔で答える。
「重い荷物を運ぶの、母さん大変でしょ?」
「あら」
レオの優しい言葉に、母はちょっとうれしそうだ。
「でも、エレベーターなんてどうやって?」
そんな物、簡単に作れるはずはない。母はまゆをひそめた。
「これを使うんだよ」
レオはガラクタの中から大きな円盤のような物を拾い上げて見せた。
「滑車を使うとね、重い物もかるーく持ち上げることができるんだって! すごいよねー!」
そう言ってキョロキョロあたりを見まわす。
「さて、どこにフックを取りつけようかな」
家の壁にフックで滑車を取りつけ、ロープを引いて箱を上下させて荷物を運ぶつもりなのだ。レオのやろうとしていることを見てとった母は、とんでもないという声を上げた。
「ああ、レオ。気持ちはうれしいわ。でも家に変なものを取りつけるのはやめてちょうだい」
「ううん! 遠慮しないで! ぼく、母さんに喜んでもらえる物を作りたいんだ!」
「遠慮じゃなーい!」
レオは工作が大好きだ。
好きなだけじゃなく腕もいい。
祖父に鍛えられているから工具の扱いにも慣れてるし、機械の仕組みもよく観察していて詳しいし、材料も廃材とはいえ目的に合わせて適したものをちゃんと選んで使って、とても小学4年生とは思えない仕事をしている。
さらに最近は、人に喜んでもらえるような物を作りたいとまで思っているのに、大人には冷たくあしらわれてしまう。
でも、今度こそ!
「使ってみたら、ぜったい便利でびっくりするよ!」
「そんなもの使うより、普通に階段上がった方が早いから!」
レオと母が言い合っていると、玄関のチャイムが鳴った。
母が扉を開けると、背の高い少年が現れた。レオの友だちの学だ。
「レオくん、今ひまですか?」
「いや、今はちょっと。エレベーター作ってるからいそがしい」
レオは学の方を見もせずに、エレベーター作りを再開する。
「何言ってるの、レオ。せっかく来てくれたんだから2人で遊びなさいよ。エレベーターはまたにして!」
「いそがしいのなら構いません。実はぼくの祖母が腰を悪くしたので、レオくんの手も借りれればと思って寄ったんですが」
それを聞いた瞬間、レオの目がキラーンと光った。
「腰が悪いの!? それは大変だ! 重いものも運べないし、エレベーターいるよね!」
「いや、エレベーターはいらないと思うが。ちょっと雑草がひどくて」
「いるよいるよ、きっといる。じゃあ、ちょっと出かけてくるよ」
レオは学の話もろくに聞かず、カバンに7つ道具を入れるとゴーグルを頭に装着して、あっという間に自転車にまたがった。
7つ道具とは、えんぴつ、消しゴム、定規、巻尺、はさみ、小刀、セロテープ、木工用ボンド、ドライバーセットのことだ。え? 7つより多いんじゃないかって。まあそこはいいってこと。
ちなみにゴーグルは、レオが工作をする時にいつも愛用しているものだ。これを身につけると昔アニメで見た発明家になったような気がして気分が上がるのだ。それ以上の機能が特にあるわけではない。
「じゃあ、行ってきまーす!」
自転車を走らせるレオの頭の中は、工作の構想でいっぱいだ。
(腰が痛いんじゃ荷物を持って階段上がるのはきっと大変だもんね)
エレベーター以外にも、役に立つ物をたっくさん作ってあげよう。いったい何を作ってあげたら喜ばれるだろう。
「着いたぞ。ここがぼくのばあサマんちだ」
「おおーう」
キーッ!
ブレーキをかけて、自転車を下り、レオは学のおばあちゃんの家を見上げた。
門の中には大きな木がしげり、その奥には高い――いや、ずいぶん低い屋根。
「平屋だ……」
平屋とは、1階建ての家である。2階はないので、当然エレベーターは必要ない。
「そんな~……」
レオはがっかりして肩を落とした。
「ひらやで申しわけない。もう、ひらやあまりするしかない」
「それを言うなら、ひらあやまり!」
学はダジャレが大好きだ。いつもダジャレをいっしょうけんめい考えているけれど、実はとても物知りでレオの工作のよきアドバイザーだったりする。
そんな学が真剣な顔で、
「実は、ここにレオを連れてきたのには理由がある」
と言った。
「理由って?」
「まあ、まずは中に入ってくれ」
学が玄関のチャイムを押す。3分後、やっとドアが開いた。3分といったらカップ麺ができるくらいの長~い時間である。え? 短いって? 長いよ、おなか空いてたら待ちきれないくらい長く感じるでしょ!?
「あらー。学、また来てくれたのー」
ドアの向こうから、上品なおばあちゃんがゆっくりゆっくり足を引きながら顔をのぞかせた。これは、そうとう調子悪そうだ。
「まあ。そちらがあなたのお話によく登場するお友だち?」
ばあちゃんは、2人にニコッと笑いかける。
「そう。工作の名人、レオだ」
学がレオをそう紹介した。
学に「工作名人」だなんて言われてしまった!
レオはにやけるのを抑えきれずにあいさつした。
「こんにちは~!」
「来てくださってうれしいわ。おもてなししたいところなんだけれど、あいにく腰が痛くって」
「ばあさまは気にしないで休んでて。レオ、くつ持って上がって」
「は~い」
レオはすっかりご機嫌になって、くつを持って玄関を通った。
1時間後。
レオは学に手伝わされて、裏庭で草むしりをしていた。レオんちの3倍はありそうな広い庭には、大きな木が何本も生えていて、そこらじゅう草だらけ。1時間働いてもまだぜんぜんきれいになった気がしない。
「あち~。ぼくを連れてきた理由ってこれー!?」
夏の暑い日差し。まだ午前中だというのに、汗がタラタラたれてくる。
「そうだ」
「なんでぼくがこんなことしなきゃなんないんだよー。お前のばあちゃんが大変なのはわかるけど……」
ばあちゃんじゃないけど腰も痛くなって来たぞ。
「本当に大変なんだ。じいさまも今、入院中だから草ぼうぼうだろ?」
まったくひどい草ぼうぼうだ。なんでこのこの草ぼうぼうを、ぼくがどうにかしなきゃなんないのか。
レオは持ってきたゴーグルを装着した。
「ううむ……」
そして手に持った鎌をじっと見た。
これを猛スピードで動かせば、はかどるぞ。でも、むやみにふり回すのは危ないらしいんだよなあ……。
レオが考えこんでいると、縁側からおばあちゃんに声をかけられた。
「ねえ、お友だちにまでそんなことお手伝いしてもらっては悪いわよ。それよりほら、どこかに虫かごと網があったでしょう? セミの声がこんなに大きく聞こえるなんて、近くにいるわよー、きっと。探してみたら?」
そう言ってウインクする。
「せっかくだけど、レオはそういうのに興味ないんだ。虫だけに無視しちゃうんだよ」
学がそう答えるとおばあちゃんはちょっと残念そうな顔をしたけど、すぐに「うふふ」と笑って言った。
「じゃあ、アイスはいかが? たしか、冷凍庫に入っていたはずよ」
「やったあ! ありがとう!」
「あー、いーっすね」
レオと学はアイスを持ってくると、縁側に腰かけた。
「はあ~! 生き返る~!」
庭をながめながら食べるアイスは、格別だ。問題は目の前の庭が、楽しんでながめていられる状況じゃないということ……。
「これはまだまだ時間かかりそうだなあ」
レオがなげくと、学が庭のすみにある小さな小屋を指さした。
「実は、倉庫にじいさまの使っていた草刈り機があるんだが」
「なにー!? そんな大事なこと早く言ってよ。だったらそれ使って、パパッとすませちゃおう!」
ところが……。
「だめよ。あれは便利だけれど、とても危ないの。あなたたちに使ってもらうことはできないわ」
と、ばあちゃんが2人を止めた。草刈り機は一歩まちがうと、取り返しのつかないひどいけがをしてしまうような道具なのだ。
「2人とも、お庭のことは気持ちだけで十分よ。ありがとう」
電動の道具の中にはとても危険物がある。工作好きなレオは、それをよく知っていた。ここは言うことを聞くしかない。
「ばあさま、それなら心配無用。あの草刈り機を使う気はない。その代わりにレオを連れてきたんだから」
まじめな顔で学は言う。
機械が使えないなら、レオが働けばいいじゃない――ということか。
「ええー? なんだよそれー?」
抗議するレオの目の前に、学がスマホを差し出した。
「レオ! これをいっしょに作らないか」
映っていたのは、バババッと砂ぼこり――ではなく草を舞い上がらせて走るラジコンカー。走った後は見事に草が刈り取られ、整備された道のようになっている。
「おおー! いいじゃんこれ!」
コントローラーで操作できるから暑い日でも楽ちんだし、広い場所でも疲れないし、なんといってもカッコいい!
とたんに元気になったレオを眺めて、おばあちゃんはほほえみ小さくつぶやいた。
「なるほど。そういうことね」
「ぼくんちに、使ってないラジコンがあるからそれを使おう! 刃は……えーと」
はしゃぐレオに、おばあちゃんがいい物を提案してくれた。
「草刈り機の替え刃なんかどう? 学、倉庫のかぎが裏口にあるわ。でもケガをしないように、安全にはくれぐれも気をつけてね」
倉庫に眠っていたのは、まわりにギザギザのついた円盤状の刃だった。中心に穴が空いている。
「なるほど。この穴に軸を通してモーターで回して草を刈るってことか。じゃあモーターも必要だな。他にいりそうな部品も、探してくるよ」
レオは暑さも忘れて飛び出していき、あっという間に戻って来た。
ピンポーン!
「たっだいまー!」
自分の家でもないのにそう叫んでレオが玄関に入ると、そこには先客がいた。スマホポシェットをななめ掛けした上から、大きなリュックをしょった小さな女の子だ。
「あっ。こんにちは」
レオがあせってあいさつすると、女の子はレオの顔をくるんとした丸い目で不思議そうにじっと見た。肩にかかるふんわりとした黒髪が、ところどころピョコピョコはねていてかわいらしい。1年生くらいだろうか。
女の子はぽつんとつぶやいた。
「ねえ。今、何時?」
「あ、えーっと……」
レオが返事を考えていると、女の子のポシェットの中が、ひゅんひゅんと明るく光った。
「11時です。アハダアシャル!」
どこからか聞こえてきた変な声にレオはびっくり。まわりをキョロキョロと見まわす。
「午前中……ってことは、おはようなんじゃない? でも、こんにちはでもいいころかな?」
女の子はそうつぶやいて首をかしげる。レオのあいさつが午前中なのに「こんにちは」だったのが引っかかっているらしい。一方レオはというと、声の主を探して玄関の床にはいつくばった。
「レオ! 早かったな。って、何してるんだ?」
玄関から出てきた学が不思議そうな顔でレオを見た。
「あ! 学! 今、どっからか変な声がして……」
そう言いながらレオは立ち上がり、背伸びして今度は天井をすみずみ見わたす。
学は次に女の子の方にあいさつをした。
「
「久しぶりって、どのくらい会わなかったら久しぶり?」
女の子はまたまた首をかしげた。
すると再び、元気のいい声がどこからか聞こえてきた。
「コンニチハ! オヒサシぶりです! ハロー! ボンジュール! アッサラーム・アレイコム!」
それを聞いてレオが飛びはねる。
「うわっ。ほらほら、今のだよ。何か聞こえただろ? いったい何?」
発信源も分からなければ、何をしゃべっているかも分からない。聞きなれない言葉たちは外国語だろうか、暗号だろうか。
「ワタクシはリーナのAIフレンド、トトと申しマス!」
リーナのポシェットから少しだけのぞいているスマホの画面がひゅんひゅん光った。どうやらこれが声の主のようだ。
「エーアイ!?」
スマホを見るレオの目が、大きく見開かれる。
スマホは自分を見つめるレオに、何かの合図を送るようにピカピカと画面を点滅させながら言った。
「ハイ! ドウゾヨロシク!」
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