第2話 清貧の記
なにはともあれ、シェーファー修道院での日々はこうして始まりました。
修道院は内戦の絶えないK国の人里離れた森の奥にあります。シスターがよく美しいと称した、雪深い山脈が見える土地です。ワタクシが作られたその頃、K 国政府は国内の反抗武装勢力と三度目の停戦協定を結び、比較的平和な日々が続いていました。政府軍も武装勢力も、海外から安価なAIロボットを購入して実戦に投入し、戦場跡地では人の亡骸と機械の残骸とが、等しく打ち捨てられていたのです。
そんなきな臭さの消えぬ情勢の中、シスターグラシアは毎日粛々と、聖務日課に勤しんでいました。シスターには心臓の持病があります。だというのに、日が昇らぬうちから起床し、朝の聖書の黙読、聖堂でのミサの祈りを済ませた後で朝食を取り、午前いっぱいは畑仕事に従事します。白い山から吹き付ける冷たい風にも負けず、シスターは老体にムチ打ちながら懸命に畑を耕し、作物の種を植え、収穫をしました。
ワタクシも常に彼女に寄り添い、代わりに鍬を振るったりもしましたが、ずっとではありません。修道院は自給自足を原則とし、勤労を重んじるので、機械であるワタクシにすべての仕事を肩代わりさせては教義に反します。あくまで、シスターの心臓に負担がかかり過ぎないようにする程度です。
昼のミサと食事を済ませたら、午後はポンチョやマフラーといった手芸品を制作します。そうして夕方の祈りと食事を済ませたら、最後の祈りをし、速やかに就寝するのです。修道士の生活とはまさに、神への祈りと勤労ですべてが回っているのです。
そしてシェーファー修道院には、シスターグラシア一人しかおりませんでした。修道院とは、修道士たちの共同生活の場であるにも関わらず。
「あなたが来る前にはね、ここにもたくさんの姉妹たちがいたのです」
仕事が始まって一か月。昼食をとっていたシスターがワタクシにその理由を話してくださいました。
「でもね、みんないなくなってしまった。武装勢力の男たちに連れ去られてしまったの。必死に止めようとしたんだけど、結局一番老いていたわたくしを残してトラックに乗せられて、どこかに行ってしまった。その後姉妹たちがどうなったのか、わたくしにはわかりません」
シスターは淡々と語ってくれました。その表情にワタクシでも察せられるほどの、悲痛な影を落としながら。
この国において、さらわれた女性たちの末路は悲惨の極みです。残酷ではありますが姉妹たちもおそらく、生きてはいないでしょう。
彼女とテーブルをはさんで座っていたワタクシは
「お気の毒です」
と、無難な返事をよこすしかありませんでした。
「だからテッドにあなたを組み立ててもらったのです。この修道院を維持していくのは、わたくし一人では不可能です。忙しすぎては主への祈りも疎かになりかねませんしね」
シスターは塩も加えていない、水で野菜を煮ただけのスープをすすりました。
「これからも、ロボットさんには苦労をかけさせるでしょう。本当はもっと立派なボディを与えてやりたかったですが、今のテッドとわたくしではジャンク品の寄せ集めが精一杯でした」
「構いません。職務の遂行に差支えはありませんし、当機は疲れを知りませんから」
「ありがとう、ロボットさん」
食事を終えたシスターが食器を下げようとしたので、ワタクシも立ち上がろうとしました。すると右足から耳障りな音がして、膝から下が外れて倒れてしまいました。
「おやおや、大丈夫ですか?」
「申し訳ございません」
「『正しい者は七度倒れても、また起き上がる』。さぁ、わたくしに掴まって」
シスターは笑って聖書の一節を引用し、ワタクシを起してイスに座らせてくださいました。すぐにテッドを呼んで足を修理してもらいましたが、その後も度々パーツは外れてしまいました。規格の合わない部品を無理やりくっつけたのですから当然です。
このようにして、ワタクシは病を負ったシスターを、シスターは安い作りのワタクシを庇い合いながら、共に暮らしました。AIロボットのワタクシと同じように、ひたすらに主への献身という任務に従事するシスターを、ワタクシは支えてあげたいと思いました。
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