家庭教“推し”と僕
赤城ハル
第1話 ランクイン
「こんにちは悠くん」
眼鏡に長い黒髪をおさげにした、背が高く、モデル並みのスタイルをした女性が僕の部屋に入ってきた。
この人は僕の家庭教師で名前は植村すみれ先生。
本来、担当となる教師は生徒と同性なる人が受け持つのが当たり前なのだが、前の先生が急に事故を起こして入院。その代わりとしてすみれ先生が急遽任されたのだ。
そしてそれは一時的のはずで、他の男性教師に空きがでたら、すぐに変更となる予定であった。けど、すみれ先生との間でトラブルもなく、すみれ先生も僕の担当を続けることを希望したため今も担当となってもらっている。
「こ、こんにちは」
僕は緊張して声がうわずる。
だって仕方ないじゃないか。
この人は僕の推しアイドル・シャインドリーム『
本人は地味に変装してアイドルということを上手く隠していると思っているけど、僕にはバレバレ。
すみれ先生はバッグを床に置き、僕と対面する形でテーブルの前に座る。
それにしても目の前に生の溝渕かすみがいるってだけで僕の心臓はバクバク。
先生の方から甘い香りがする。これが大人の──いや、生の推しアイドルの香り。
「中間テストの成績表が配られたのでしょ?」
すみれ先生の問いに僕は意識を戻した。
「はい」
僕は前もって用意していたプリントの束をテーブルに置く。
プリントの一番上には成績表。そこから下は5教科各々の問題と解答用紙、そして模範解答用紙である。
すみれ先生はバッグからプリントを数枚取り出す。
「私がチェックしている間、君はこの問題を解いておいて」
「わかりました」
「あら、成績上がってるわね」
そう。席次が前回のテストより20も上がり、47位となった。2年生は全部で160名。上の下かな。前は67位で学年では中の上だったから、これは嬉しい結果だ。
「はい。先生のおかげです」
「フフッ、ありがと。でも、これは君の実力だかね。誇りを持ちなさい」
「はい」
「待って!」
「?」
「やはりダメよ。47位で満足しては。TVでは10位から発表。せめてランクインに入らないと!」
「……ランクイン?」
「ハッ! な、何でもないわ。忘れて!」
「はい」
すみれ先生も大変なんだね。アイドル戦国時代は終わり、今ではK-POPやアイチューブ出身アーティストの時代でアイドルは衰退期と言われている。
ランクインに入るのも大変なんだろう。
今回の新曲は11位で惜しくもトップ10に入らず。すみれ先生、悔しかったんだろうな。
「よし、頑張ろう!」
すみれ先生は頬をぱしぱしと叩いて気合いを入れる。
さて、僕も頑張ろうか。
◯
「出来ました」
「ん、よろしい」
僕はプリントを渡します。
「ここが無理なのかー」
すみれ先生は僕が出来なかったところを丁寧に教えてくれます。
それでも理解出来なくても、すみれ先生はもう一度詳しく教えてくれます。
「分かった?」
「はい」
「それじゃあ、説明してみて?」
次は先程、僕が教えてもらった内容をもとに僕が教師役としてすみれ先生に話します。
この立場を逆にした勉強法がすみれ先生独特の勉強法の一つです。
「……と、いうことです」
すみれ先生の黒い瞳に見つめられると落ち着かなくて、上手く説明できたか怪しい。
「うん。理解できているね」
理解しているということはわかってもらえたようです。
「じゃあ、次はこっちの話をしようか」
すみれ先生は解答用紙と問題用紙の束を僕の前に置いた。
「教師から説明を受けても分からなかったところはある?」
「ここと、ここが。あとは最後の大問は全教科全部」
どの教科も最後は間違っている。そして難しくて、教師から説明を受けても理解できなかった。
「だろうね。これは授業で教わってないからね。まずは簡単なところからいくよ」
「はい」
◯
「ふう。こんなところかしらね。理解はできた?」
「は、はい。なんとか」
「顔、赤いわね。知恵熱」
すみれ先生が手を伸ばし、僕の額に手のひらを当てる。
あわっ、わわわっ。
「どうしたの?」
「なんでもないです。ちょっと、詰め込みすぎたのかな。アハハハ」
本当はすみれ先生が近いということが顔が赤い原因です。
「もう時間ね。今日はこのくらいにしましょう。これさえ理解出来たら今のあなたは上位と同じってことなのよ」
「そんな。自分は教えてもらってやっとですよ」
「大丈夫。努力すれば成績は上がる! 裏切ったりはしないんだから! ……そう、努力すれば」
すみれ先生の表情が曇る。
「すみれ先生?」
「世の中にはね、努力しても上がらないこともあるのよ」
「……はあ」
「コネとか数の暴力とか宣伝とか。頑張っても、頑張ってもランクインが!」
すみれ先生が
「先生ー! おーい!」
「はっ!」
「どうしたんです? ランクインとかなんです?」
「な、な、なんでもないわ。きょ、今日はこれで。じゃあね」
すみれ先生はそそくさとバッグを抱えて部屋を出ていった。
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