第77話 最終決戦
「〈息吹斬〉!」
私が《大型迷宮》に着いたのは、武帝さんが〈剣術〉を発動させたちょうどその時でした。
ただでさえ刃渡りの長い大太刀を使っているのです。
〈術技〉の拡張効果まで加わったその斬撃は、踊り場の端から端まで届くほどに大規模です。
「〈アイアンウォール〉」
「〈遮沈〉」
「〈三刃乱〉!」
アーラさんの〈魔術〉、タチエナさんの〈盾術〉だけでは受け止めきれず、ヴェルスさんが〈剣術〉を発動させて相殺しました。
《優勝劣敗》には、自身より《レベル》が低い者の〈術技〉を打ち消しやすくなる効果もあるため、相殺には多くの〈術技〉が必要になります。
「〈トレントハープーン〉!」
「フンッ」
滞空中を狙ったモルトーさんの流水の銛は、直前まで〈術技〉で硬直していた武帝さんへと真っ直ぐに飛んで行きました。
しかし彼は寸でのところで大太刀を振るい相殺、そして着地と同時に駆け出します。
その頃にはヴェルスさん達も既に体勢を整えており、再び接近戦が始まりました。
一瞬の内に幾度も刃の交わる剣戟は、両者互角で進んでいます。
弟子達は先の攻防である程度武帝さんの動きに慣れたようでしたが、それでも互角止まりです。
《優勝劣敗》による《レベル》上昇がそれだけ強力な証左でしょう。
「もっかいオレが崩すッ」
「二度も同じ手を食うと思うでないッ」
声を上げて右側から飛び出したフィスニルさんを、武帝さんの太刀が迎え撃ちました。
閃く刃を両の鉤爪で防ぐも、そのあまりの威力にフィスニルさんは後方へと吹き飛ばされます。
ですが彼は陽動、武帝さんが迎撃に動いた隙にタチエナさんが左から飛び出していました。
「
即座に大太刀を翻して応じた武帝さん。
それはフィスニルさんに放ったのとほぼ変わりない一撃でしたが、タチエナさんは盾の表面で刃を滑らせることで、斬線の下を潜り抜けるようにして凌ぎました。
柔軟な身体を活かし、キツめの体勢からもすぐに走行に戻ります。
そのままさらに踏み込むタチエナさん。
武帝さんが二太刀目を放つには僅かに時間が足りません。
「炎よ、掛かりなさい」
タチエナさんの《称号効果》により宙から炎が噴き出します。
剣の間合いに入る寸前で放たれた、それまで隠されていた火炎攻撃に面食らうも、武帝さんは避けずにそのまま受けました。
炎の威力が自身を害すほどではないと見破ったのです。
そこからワンテンポ遅れて振るわれるタチエナさんの剣。
武帝さんはそれを大太刀で受け止めます。
「身のこなしは達者だが、力は然程でもないようだなッ」
「そうなのよねぇ」
力任せに押し切ろうとした武帝さんの太刀を急激な力の緩急と巧みな体重移動で往なし、武帝さんの脇をすり抜け様に攻撃。
甲冑に阻まれるも一撃を入れました。
包囲する形となり、好機を逃すまいとヴェルスさん達も距離を詰めようとしますが、そうはさせじと大太刀が振り抜かれます。
「舐めるなぁッ、〈
憤怒の形相の武帝さんは〈下級剣術:
斬撃を拡張するというだけの単純な〈術技〉ですが、やはりその規模は凄まじいです。
後衛までは届かなかったものの、前衛組の攻勢を鈍らせてしまいました。
斬撃はぐるりと背後までカバーしており、タチエナさんも退避します。
ちなみに、私は踊り場の入口付近にいるため射程に入ってはいません。
さて、〈大切斬〉の硬直が解けた武帝さんは、前後を油断なく警戒します。
「我が玉体に傷を付けるなど、貴様ら、楽には殺さんぞ」
「まだ自分が勝てると思ってんのか?」
「っ!」
ロンさんの軽口に奥歯を砕かんばかりに噛み締めました。
「その減らず口、即刻捻り潰してくれる……!」
タチエナさんの攻撃力は大した脅威ではないという判断もあったのでしょう。
武帝さんはタチエナさんは置いておき、前方に狙いを定めました。
背中に斬りかかられるより早く、足を踏み出します。
そうして再開される超速の剣戟。
タチエナさんが抜けた分ヴェルスさん達の負担は増えていますが、隙を見ては背後から彼女が牽制を入れるため、思うように攻められません。
余裕が生まれるほどではありませんが、趨勢は徐々にヴェルスさん側へと傾いてきています。
「ぐぅ、〈二条斬〉っ」
「甘ぇな!」
「ちぃっ!?」
状況を打開すべく二つの斬撃を放つ〈下級剣術〉を発動しました。
しかし苦し紛れの一撃はむしろ己に不利に働き、ロンさんの刺突で首に傷を負わせられました。
ギリギリで硬直が解けたため傷は浅く、頸動脈は無事なものの、戦闘開始以来初めてのまともなダメージです。
「小僧……っ!」
既に最高潮に近かった怒りがさらに一段階、強まります。
大太刀の柄はミシミシと軋む音を立て、攻撃はより荒々しくなりました。
「どうしたどうしたっ、さっきまでより単調になってるぜ!」
ロンさんが集中して狙われていますが、しかしそれでも彼には余裕があります。
仲間達がカバーしてくれているだけでなく、武帝さんの変化が良い方向に作用しているのです。
血の上った頭から繰り出される荒い太刀筋は読みやすく、往なすのも容易です。
「ぎぎぃ……っ!」
劣勢にも気づかず戦闘を継続していた武帝さんは、自身の息が切れていることで初めて現況を認識し、歯噛みします。
ヴェルスさん達の予想を超えた強さを、ようやく認められるようになったのです。
このままでは負けると、歴戦の戦士としての勘が告げていました。
加えて《優勝劣敗》の効果時間の終わりも近づいています。
彼は苦渋の選択を迫られました。
「……ヴェルスタッドとそこの槍使いっ、貴様らはいつかこの我の手で殺すッ。その日を震えて待っておれ!」
大振りの横薙ぎを一回転させ、敵に距離を取らせた武帝さんは、そう言い捨てると踵を返しました。
「阻止、〈アイアンウォール〉」
「〈フォールズウォール〉」
「邪魔だぁッ」
咄嗟に張られた〈魔術〉の壁を一太刀で打ち消し、出口に向かおうとする武帝の前にもう一人の刺客が立ち塞がります。
「私を忘れてもらっては困るわ」
「小娘如きの〈盾術〉で止められると思うたかっ」
盾を構えるタチエナさんに太刀を振るいました。
彼女はその衝撃に耐えられなかったかのようにふらつき、体を地面に倒れさせます。
その脇を有無を言わさぬ速度で駆け抜ける武帝さんは、直後に盛大に転びました。
「ぬおっ!?」
タチエナさんが足をかけたのです。
地に倒れた武帝さんは戦士に相応しい反射速度で速やかに身を起こします。
その時点で追手との距離はまだ数歩分ありましたが、しかし彼は防御をせざるを得ませんでした。
「ハァッ!」
「なにっ!?」
ナイディンさんが矛を投擲したのです。
気配を頼りにそれを太刀で受けるも、不安定な姿勢での防御で太刀は大きく弾かれました。
「《疾颯》起動、これで終わりです!」
「莫迦なっ、速す──っ!?」
残りの距離を颯剣の
武帝さんが大太刀を引き戻すより早く、神速の一閃が頭部に到達。
一切の抵抗を感じさせない滑らかさで、薄緑の刃は武帝さんを斬り裂いたのでした。
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