第76話 VS武帝

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《迷宮王の枢薬》ランク8:《抵抗力》を瞬間的に大きく引き下げる。《封心》にし、行動決定権を《迷宮王の枢薬》の製作者にする。

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 宰相さんの遺作である、《迷宮核》の破片から生み出された《薬品ポーション》を鑑定しました。

 その効果は使用した対象の心を抹消し、製作者の意のままに動く人形へと変えてしまうというもの。

 それはさながら《迷宮》の魔物のように。


 宰相さんの言葉に嘘の気配はなく、枢薬を作ったのが人類のためだというのも真実のようでしたが、だからと言ってこんな物を世界中にの人間に使わせるわけにはいきません。

 彼の統率のもと何かを成し得たとして、それを喜べるのは彼一人。

 物質的にどれほど満たされたとしても心が空虚ではいけません。


「感情に囚われているのは自分自身だと、気付いてくだされば良かったのですが」


 宰相さんには”心”への敵意や厭悪がありました。

 生まれつき心を視認できたためにそのような感情を抱くようになったのだと思われます。


 つまり、心によって不適切な行動に走ってしまっていたのは、彼とて同じでした。

 心が人をあやまたせるという彼の持論は、ある意味彼自身によって立証されていたのです。


 宰相さんの死体を埋葬し、枢薬の入った瓶を懐に仕舞います。

 彼が完成させているのはこの一瓶だけですが、《抵抗力》の低い一般人では一滴でも心を消してしまえる劇薬なので放置はできません。


「ついでにこちらも」


 枢薬に加工される前の《迷宮核》はいくつか余っていたのでそれらも回収しておきます。

 色々と使い道がありますからね。


 勝手に持ち出すことを墓前で一言断りを入れて、そして帝王御殿に足を運びます。

 弟子達と武帝さんの戦いの決着は佳境です。

 決着の瞬間くらいはこの目で拝むとしましょう。




◆  ◆  ◆




「貴様らか、我を虚仮こけにしおった不届き者共は」


 ヤマヒトが宰相と相対していた頃。

 武帝は《大型迷宮》内にてヴェルス達を発見していた。


「ええ、そうです。待っていましたよ」


 否、発見したというのは正確ではない。

 第一階層手前の踊り場で、ヴェルス達が待ち構えていたというのが実際のところだ。

 昨日、一度帝都に戻ったヤマヒトから武帝の襲来予想時刻がわかっていたがための対応である。


「戦う前にあなたに聞いておきたいことがあります」

「ほう。どのような命乞いを見せてくれるのだ?」


 意地悪く表情を歪めて訊ね返す。

 騙されたと知った直後は怒り心頭だった武帝も、時間を置いたことで会話をするくらいには頭が冷えていた。


「どうしてギルレイスさんを、僕の父を殺すよう命じたのですか?」

「……何だと?」


 武帝が眉根を寄せた。


「僕の本当の《個体名》はヴェルスタッド。この名には聞き覚えがあるはずです」

「……ここで嘘を吐く意味は無いな」


 声調や表情からヴェルスの言葉が真実であると確信した武帝は、小刻みに震え出し、そして叫んだ。


「愚息めが……っ、いつまでも我の邪魔をしおって……!」


 老いを感じさせない大音声が《迷宮》内をビリビリと震わせた。

 漏れ出した殺気でヴェルス達に緊張が走る。


「……息子も含め皆殺しにしたと報告を受けていたが、誤りであったか」

「そうですね」

「それで、復讐に来たというわけか」

「それは違います。あなたに任せていれば国が乱れると判断したからです」

「国が乱れる?」


 意味がわからないといった様子で武帝は訊き返す。


「我の治世は完璧であろう? 貴族は勤勉に年貢を集め、民は我ら貴族を崇め《迷宮》の恩恵にあずかる。戦乱も滅多にない安定した治世だ。むしろ国を乱すのは反旗を翻す貴様らの方である」


 毅然と言い放つ武帝。

 その言葉には、憚るところなど一つもないという自信が満ち満ちていた。


「本気で言っているのですか……?」

「当然だ。現に貴様らのせいで国を守る貴族の多くが屠られたのだからな」

「あなたの言う貴族は、民を虐げる貴族でもあります」

「虐げるだと? 守られている弱者が強者に尽くすのは自然なことだろう」

「それにも限度があるはずですッ。年貢にしても税にしても、取りたて過ぎて民を困窮させたのでは本末転倒ではないですか。それに貴族の中には民に狼藉を働く者も少なくないと聞きますっ。こんな治世が本当に間違っていないとあなたは仰るのですか!?」


 ヴェルスの詰問に、やはり武帝は逡巡もせず答える。


「間違ってなどいない。民が虐げられている? それがどうした。なぜ我らが下民のことを案ずる必要がある。所詮は卑しき血筋の弱者共、我らとうとき血族に守られねば通常種の群れにすら殺されるあくた共だ。我らの手で生かし、守ってやっているのだから我らの自由にしたところで何の問題もなかろう」

「…………」


 閉口するヴェルスさん達を見て武帝は鼻を鳴らす。


「もう話は終わりか?」

「……最後に訊ねます。降参する気はありませんか?」

「あるはずなかろう!」


 拒絶と共に地を蹴る両者。

 が、最も早く到達したのは〈魔術〉だ。


「〈ラーヴァウィップ〉」

「〈ゲイルジャベリン〉」

「効かぬッ」


 アーラとモルトーの放った溶岩と突風、それらは太刀の一振りで消し飛んだ。

 武帝の得物は刃渡りだけで人の背丈ほどもある大太刀。

 相当に重いはずのそれを軽々と振るい、そして間合いに入ったヴェルス達への二太刀目を見舞う。


「フハハッ、どうしたっ、そんなものか!」


 並外れたリーチと攻撃速度で人数差に対抗する武帝。

 《ユニークスキル:王者の行進》を発動しているため、彼の《攻撃力》と《敏捷性》は向上している。

 防御を仕損じれば大きなダメージを受けるだろう。


「だがッ、速ェだけだなッ」


 側面から回り込んだフィスニルが肉迫。

 迎撃の横薙ぎを鉤爪で受け流し、その勢いを乗せて回し蹴りを放つ。

 武帝はそれを鎧の籠手で受けるも、一歩後ろに下がらせられる。


「ヌぅ……、貴様のその声どこかで聞いた気が──」

「訓練通りやれば勝てます! 落ち着いて行きましょう!」

「ほう、一撃加えた程度で随分とたわけたことを抜かすな」


 多勢に無勢の老人は青筋を浮かべてヴェルス達を睨む。

 声には堪えがたい怒りが滲んでいた。


「《レベル》を上げたのだろう。恐らくレイズと同等、八十辺りであろうな。──それで、その程度でこの我に勝てると思うのか? 我には二つの《ユニークスキル》があると言うのに?」


 瞬間、彼の体を黒紫の昏い輝きが覆い、気配が膨れ上がる。

 《ユニークスキル:優勝劣敗》を発動させたのだ。


「ここからが正念場ですね……」


 ヴェルスの苦々しい呟きに仲間達が心の中で頷いたのと同時、それまでを上回る速度で武帝が接近して来た。

 縦横無尽に走る剣閃を前衛組が捌いていくが、先程までより余裕が無い。

 数人掛かりでやっと耐えられている。


「これがッ、我のッ、真の力だッ!」


 ヴェルス達は《大型迷宮》での猛特訓で《レベル》を八十台まで上げていた。

 《レベル》帯の広くなるニ十階層以降であることを考えれば、この短期間で驚異的な成果を上げたと言えるが、しかし武帝の《レベル92》には及んでいない。


 加えて、《優勝劣敗》により武帝の《レベル》は一時的に十、上昇している。

 ここまでされては、本来ならば人数差など何の意味もなく蹂躙されていた。

 そうならずに済んでいるのは技術と年齢の差、それからネラルの強化バフが掛かっているためだ。


「ぐぅっ」


 武帝の一撃を正面から受け止めたガロスが踏ん張り切れず吹き飛ばされる。

 空いた穴には、中衛からの牽制を担っていたナイディンが入るが、彼が何かをするより早く武帝は大きく飛び退く。


 せっかく陣形を崩したというのに追撃をしないのか?

 そんな疑問を抱いた直後、強烈な攻撃の気配がそれを吹き飛ばした。

 これは、追撃のための後退だ。


「〈息吹斬〉!」


 巨大な剣圧がヴェルス達を襲った。

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