第45話 協力

 はてさて、そんなこんなで現在、ヴェルスさん達が第十五階層に挑戦しています。

 相手は《レベル50》の区間守護者とは言え、ナイディンさんが加わればヴェルスさん達の勝利は盤石です。

 そもそも、《レベル》だけならナイディンさんは区間守護者より上ですしね。


「終わりですね」


 《自然体》で中の様子を窺っていたところ、王手がかかったことが分かりました。

 タチエナさんがそれまで隠していた炎で攻撃し、区間守護者が混乱したところを集中攻撃。

 死体ゾンビは炎が苦手というプログラムに従い、動きが鈍っていた区間守護者はそれに対応できず、やがて《魔核》を破壊されました。


 無事に勝利した皆さんが帰還し、今度は私の番です。

 守護者部屋の扉をくぐると、氷城の真正面に繋がっていました。

 氷城のバルコニーに出現したゾンビの女王が、配下の軍勢を召喚する前に倒し、素早く撤収します。


「ほ、本当に倒したんですよね……?」

「ええ」

「私達、結構苦労したのだけれど」

「《敏捷性》が違いますので、部下を呼ばれる前に倒せたのです。大量の《召喚系スキル》を使う相手は本体を叩いてしまうのが手っ取り早いですよ。本体が強かったり、無視できないほど配下が強いことも考えられるので場合によりけりですが」

「なるほど……」

「拙者がもう少し前に出るべきだったかもしれませんな」


 さて、その後は第十六階層です。

 まだ時間も体力も余っているので今日中に新たな環境に挑戦し、慣れておくつもりだそうです。


「今度は谷ね」

「また足場に気を付けないとだね」


 入口は谷の底に設置されていました。

 両脇を大きな崖が挟み込む渓谷が、蛇行しながら伸びています。


「《階層石》は崖の上ですね」

「うへぇ、これを上るのかよ」

「あっちの方に道っぽいのが見えるしあそこを行くんじゃない?」


 ヴェルスさんが指さした先では、崖沿いに坂道が浮き出ていました。

 両脇の崖には似たような斜面が他にもいくつか見当たります。


「上の方で踏み外したら大惨事だな」

「落下死」


 崖の高さはざっと三十メートル、十階建てのビルくらいあります。

 《防御力》の補正があってもこの高さでは大怪我必至でしょう。


「魔物が襲ってこないことを祈るしかないわね」

「ネラル達は『ミノタウロス達は近接攻撃しかして来ない』って言ってたけど、あの人達の知識を過信すんのもなぁ……。なあ師匠、やっぱり教えてくれねぇのか?」

「自分たちで探りながら進むことも大切ですよ」

「はぁ……」


 それから少し話し合った皆さんは、幾つか見える坂道の内、最も幅の広いところから上へ行くことに決めました。

 パーティー一丸いちがんとなって坂を上って行きます。


 先頭は索敵能力に秀でたロンさん。

 その後ろにヴェルスさんとタチエナさんが続き、最後尾にアーラさんを抱えたナイディンさんがいます。

 魔物に襲われない内に一息に登り切り、崖の上に出ます。


「今度は山か……」


 崖の上の地面は起伏に富んでいました。

 丘くらいの小山がそこかしこに立ち、死角が多くなっています。


「っと、敵だな」


 いち早く敵の存在を察知したロンさんが武器を構えます。

 そのまま崖から離れるように前進して行き、そして魔物が姿を見せました。


「ブモォォォォッ!」


 現れたのは直立する牛の魔物、ミノタウロスです。

 筋骨隆々なる体躯を唸らせ、こちらに疾駆してきます。

 身長二メートル越えの牛男が片手に大鉈おおなたを持ち、猛然と迫り来る光景は、なかなかの威圧感があります。


「気配はかなり弱めですな。予定通り拙者は待機します」

「ああ。行こう、ロン、タチエナ」


 ミノタウロスへと近接組が近付いて行きます。

 しかし、ナイディンさんだけはその場から動かず、アーラさんの隣に立ったままです。

 というのも、ナイディンさんと他の弟子達とではまだ実力差が大きいからです。


 氷都エリアを抜けてヴェルスさん達の《レベル》は五十手前まで来ましたが、ナイディンさんの《レベル》は五十八。

 さらに、《職業:槍豪》による補正もあります。

 ミノタウロスは群れない代わりに同《レベル》の《迷宮》魔物より強めに設定されているとは言え、彼が加わってはすぐに勝負がついてしまいます。


 それでは戦闘経験が積めないので、まずはナイディンさん抜きで戦おうというのです。

 いずれは連携の確認も必要ですが、それはもう少し《レベル》差が縮まってからでも遅くはありません。


 さて、《レベル44》とは思えない身体能力で大暴れしていたミノタウロスですが、その活躍ももう終わりです。

 大鉈おおなたを勢いよく振り下ろしたところ、それを見切っていたタチエナさんに切り上げを合わせられ、そのまま手首を斬り落とされました。


 丸太のような腕の先から鮮血を迸らせるミノタウロス。

 大ダメージで短時間のフリーズ状態となった隙を、ヴェルスさんとロンさんは見逃しませんでした。


 〈術技〉ではないものの渾身の力を込めた攻撃を次々と食らわせ、片足を斬り裂き、目を穿ち、脇腹を斬りつけ、胸を貫きました。

 心臓部にあった《魔核》が傷ついたことで、ミノタウロスは葉っぱに包まれた生肉に変わります。


「動きはゾンビより大振りっつーか、力任せなのが多いな」

「こちらの方が攻撃を読みやすくて楽だわ」

「腕が長い分、思ったより攻撃が伸びるのには注意しないとですけどね」


 そんな風に初戦の感想を言い合うヴェルスさん達と共に山道を歩き、《階層石》へと進んで行きました。

 その間に遭遇する魔物には基本的にヴェルスさん達が対応し、三回に一回はナイディンさんも戦い、そうして順調に攻略を進めます。


 とりあえず第十七階層を踏破したところで今日は引き上げることになりました。

 《迷宮》を出て隣の小屋に入ります。


「これはこれは領主様方、本日も大量ですな」

「師匠が全部持ち帰ってくれますので」


 ここは通称『仕分け小屋』。

 その名の通り、《ドロップアイテム》を鑑定して仕分けるための小屋です。

 常に鑑定能力持ちが詰めており、知らないアイテムが出た時はそれの効果を教えてもらえます。


「私は地図を書いて来ますので後はお任せします」

「あんたのお陰で村のもんも狩りが捗っとると言うとりました。ありがとうございます」

「大したことではありませんよ」


 仕分け小屋を出て、もう一つ隣の小屋に入ります。

 そこには複数枚の木版を紐で縛って作った、巨大な木版がずらりと立てかけられていました。

 それらの一つの前に立ち、隣に備え付けられた筆と墨で攻略した階層の地形を記していきます。


 一通り地形と備考を書き終えれば私の役割は終わりです。

 この『資料小屋』には魔物の情報を扱っている木版もありますが、そちらを埋めるのは狩人さん達の仕事です。

 器具を所定の位置に戻し、資料小屋を後にしました。

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