第28話 相談
「ヴェルス殿は、いえ、ヴェルスタッド=トゥーティレイク様は武帝の血を引くお方なのです」
ナイディンさんが神妙な面持ちで秘密を打ち明けてくださります。
隣のヴェルスさんも緊張からか顔を強張らせています。
武帝とはこのナパージ帝国の王様だと村で聞きました。
《ユニークスキル》を複数持つ豪傑でその武威は国士無双。
数十年前に即位してから僅か三年で反抗勢力を蹴散らし天下平定、それ以降ずっと帝国を支配しているのだそうです。
お二人の様子から何かしら高貴な血筋であることは予想が付いていましたが、まさか王族だったとは。
戦々恐々としてしまいますね。
「なるほど、これからは敬称を付けてお呼びした方がよろしいでしょうか」
「よしてください師匠。師匠は師匠なんですから、これまで通りヴェルスとお呼びください。というか外でヴェルスタッドと呼ばれるのは少々マズイですから」
「と、言いますと?」
「その前に、どうして僕がハスト村にいたのかを話しておこうと思います」
「たしかにそれは気になりますね」
王族が国の端の村に、それも護衛がたった一人だけで居るなど、普通の状態ではありません。
「僕の父は武帝の息子でした。ですが父は、その武帝の手の者に殺されたそうなんです」
「ヴェルスタッド様の御父上、ギルレイス様については拙者がお話ししましょう」
会話をナイディンさんが引き継ぎました。
「当時のギルレイス様は帝都近傍に領地を持ち、立派に治められておりました。拙者が穏健派貴族であった父母との縁でギルレイス様に仕え始めたのが成人の時分。それ以来長くお仕えしておりましたが、不正を正し、民を慈しみ、果敢に《迷宮》にて剣を振るう名君でございました。あれほど領民から慕われる領主を拙者は知りませんでした」
しかし、と暗い口調で続けます。
「そのことを疎ましく思われたのでしょう。武帝は頑固な貴族第一主義者でしたし、ギルレイス様は第二王子でしたから。ギルレイス様が民衆からの支持を得るごとに、王宮内でのお立場は厳しくなっておりました」
権力闘争については門外漢ですが、状況は何となく理解できます。
第二王子が人気になるのは第一王子やその周囲の人間には面白くないでしょう。
しかも第二王子が現王と異なるポリシーを持っていたのなら敵はさらに増えます。
「そして現在より十余年前、国家反逆の濡れ衣を着せられ、第一王子の手の者に屋敷に討ち入られ、そのまま……」
「そのときにヴェルスさんを託されたのですね?」
「はい。まだ幼かったヴェルス殿を連れた拙者は、出来る限り遠くへと移動しました。そうして辿り着いたのがハスト村です。幸い、私は騎士として《中型迷宮》、狩人として暮らすことは容易でした」
「なるほど」
これで前置きは終わりのようで、話をヴェルスさんが引き継ぎます。
「僕は王族の一人として、この国を変えていきたい。そのためにも、師匠の力を貸してほしいのです」
真っ直ぐに私の目を見て言いました。
「師匠に使命があるのは承知しています。ですが師匠の力があれば僕達も、武帝達に対抗できるようになれると思うんです。どうか僕達に力を貸してください!」
「そうですね……」
少し考えてから質問をします。
「まず、私が暗殺などの頼みは受けられないことは分かっていますか? 武帝や領主の首を獲って来いと言われても応じかねます」
「師匠の信条は存じております。お願いしたいのは僕や仲間達への訓練や領地運営の補佐などです」
なるほど、それなら《自然体》があれば可能でしょう。
「では次に、もし私が断ったときはどうされるおつもりですか?」
「もうしばし雌伏を続けるつもりです。この地の領主を倒すのには協力しますが、その後は村長と共にハスト村へ帰り、力を蓄えようと思います」
「…………」
いやはや、悩ましいですね。
貴族には貴族の、民には民の視座があり、意見があり、生活があります。
そのため俗世には深く関与しないつもりでいたのですが。
しかしヴェルスさんは私の弟子で、私に頼れない場合のことを考えるだけの慎重さもあります。
その上での頼みをにべもなく断るのは気が引けます。
……ふむ。
「少し力を貸すくらいなら構わないのですが……」
「ですが……?」
「私の一存では決められませんね。ドリスさんにも」
「ワシは別によいぞ」
ノックの時点で目を覚ましていたドリスさんが答えました。
「旅路を
「ドリス殿、ご配慮痛み入ります」
ナイディンさん達はそう言いますが、彼女の言葉は百パーセント本心からのものです。
ドラゴニックな時間感覚を持つ彼女は、心の底から数年の遅れを些事と見ています。
「ではドリスさんの許可も得られましたし、私もヴェルスさん達に協力しましょう。そこでまずお聞きしたいのですが、領主を倒した後はどのような方針で動こうとお考えですか?」
「春の御前会議には成り替わりが武帝に露見するので、それまでに他貴族に対抗できるだけの基盤を整えたいと思っています。初めの相手は周辺貴族のはずですから、それだけの期間と師匠の力添えがあれば充分対抗可能かと」
暦は日本のそれと同じで、今が十月下旬なので、半年ほどの猶予がありますね。
しかし、分からないことがあります。
「御前会議とは何でしょうか? それまでは領主が変わっていても本当に気づかれないのですか?」
「全国の領主が一堂に会し、その年の国の指針等について話し合うのが御前会議です。今年の分の年貢は納め終わっているようなので、御前会議までは隠し通せるかと思います」
「他の貴族との交流などは?」
「町民の話によれば、この地の貴族は領地からは滅多に出て行かないそうなので。商人や使用人等、人の出入りも少なかったらしいですし、
少し想像がつきませんが、この世界では入れ替わっていても案外、簡単に隠せるものなのでしょうか。
日本だと身分証明が必要な場面は多かったですが、戸籍のない私やドリスさんが、もっと言うと国から追われているはずのヴェルスさんやナイディンさんが普通に生活できていますので、そういうものかもしれません。
最悪、バレても国の中枢まで連絡が行くのに時間がかかるため、ある程度の準備期間は得られるはずですし、この点についてはもういいでしょう。
「ところで、町民の皆様は納得するのでしょうか? 急に現れたヴェルスさんが領主になることに」
「そこは未知数ですが……問題はないかと。彼らの狙いは貴族位の簒奪ではないようですし、むしろ身代わりができるので歓迎されるかと」
「王子であることは告げるのですか?」
「はい、町の方々には正直に話すつもりです。民に不義理は働きたくないですし、いつか不和の種になるかもしれませんから」
《自然体》で探るまでもなく、領民の貴族への不信感は大きいです。
そのことを分かった上で、ヴェルスさんは自身の出自を明かすようでした。
目先の利益を考えれば隠しておくべきなのでしょうが、他人の覚悟を無碍にはできません。
信用を得る方法は後で考えることとします。
そもそも、打ち明けたところで狩人長達が信じるかは微妙なところですが。
「取りあえずそのことは置いておきましょう。計画序盤の詳細をお聞かせください。貴族に成り替わってからは、具体的にどうされるおつもりで?」
「《迷宮》攻略に全力を注ぐ所存です。たしかこのポイルス領の《ドロップアイテム》は野菜や鉱物だったはずです。現在の領主や騎士はあまり《迷宮》に入っていないようですが、《ドロップアイテム》を集めて市場に流せば町も潤います。それに《迷宮》で力を付ければ、民を脅かす盗賊や魔物も倒せるようになりますから」
「そうですか──」
その後もしばらく話し合い、今後の計画を最終工程まで煮詰めたところでお二人は部屋から帰って行きました。
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