第27話 作戦会議
「申し訳ありませんが、丁重にお断りさせていただきます」
謀反に協力して欲しいとの依頼を、ナイディンさんはきっぱりと断りました。
「あなた方の仰ることには同意しますが無謀なのです」
「そうですよ。領主には《職業》があるんですから」
追従するようにヴェルスさんも言いました。
ここで、ドリスさんから《意思疎通》が飛んできます。
『《職業》とはなんじゃ?』
『特殊な《ステータス》項目です。《職業》を持つと《パラメータ》に補正が掛かったり、《職業スキル》を得られたりする、らしいですよ』
私も《職業》は持っていませんが、この世界に転生する前、世界の管理者を名乗る女性から概要だけは聞いていました。
最近まで《職業》を持つ存在に出会わなかったのですっかり忘れていましたが。
しかし、領主しか持っていないというのは気になりますね。
「失礼、《職業》は領主しか取得できないのですか?」
ですので率直に聞いてみました。
「そうですね、《職業》取得の触媒となる《クラスクリスタル》を持っているのは領主だけですから」
なぜそんな当たり前のことを聞くのか、という疑問の滲む表情でヴェルスさんが答えてくれました。
それにしても、なるほど。
《クラスクリスタル》なるアイテムが必要なのですね。
「んん、話を戻しましょう。ヴェルス殿の言うことはもっともですが、拙者ならばあの程度の領主に遅れは取りませぬ」
昼間の謁見で実力差を読み取ったのでしょう、ナイディンさんの声には確信を抱いている者特有の力強さがありました。
「拙者が危惧しているのはその先のことです。この地の領主を倒したとして、それで終わりではありませぬ。武帝は下克上を許さないないでしょう。勅命で周囲の貴族が攻めて来れば、我らはあっという間に滅ぼされてしまう」
貴族の横暴が黙認されているこの国では、たとえどれだけ貴族側に非があろうと逆らった者は反逆罪で処刑だそうです。
しかし、そのことは狩人長もわかっていたようで、冷静に反論します。
「俺達は何も領主に取って代わりたいわけじゃない。あの領主を排除したいだけなんだ。夜中に討ち入って目撃者を残さなければバレやしないはずだ」
なかなかに安定性の欠けたプランに思えますが、万事が上手く運べば確かにバレないでしょう。
「成功するなら、それでいいかもしれませんが」
「だったら」
「ですが、失敗する可能性も充分に考えられます。そうなった時、拙者に対する咎が村にまで及ぶかもしれません。村に迷惑をかけかねない行為を拙者は行いません」
ナイディンさんの意志は固いようで、再度、断りました。
「そう、か。まあ、無理強いはできねえ。だがこれだけは覚えといてくれ。あいつが領主である限り、この町もあんたの村も危険に晒され続ける」
狩人長はそこで一呼吸。
「少し前の魔物事変は覚えてるだろ? 南西部に魔物が大量発生していくつも村が滅んだ事件だ。あの時だって奴らは何もしなかった。貴族共が魔物をきちんと間引かなかったから起きた事件なのにだ」
魔物事変の話題になってから狩人長の仲間の何人かの気配が尖りました。
もしかすると被害者の一部は、この領都に逃げ込んだのかもしれませんね。
「領主が変わらなければまたどこかの村が滅ぶし、その皺寄せで税が重くなる。このままではどのみち破滅だってことを忘れないでほしい。……もしも気が変わったら、ここの女将にでも伝えてくれ。決行は明日の夜だからそれまでにな」
思ったより近いですね、決行日。
そんなことを思っている間に狩人長と仲間達は引き上げて行きました。
それと入れ替わりに料理が運ばれてきます。
「困ったことになりましたな」
「そうですね……」
あまり食事を楽しめる雰囲気ではありませんでしたが。
「村の長としてはともかく、私個人としましては協力してあげたいのですが……」
「はっきり申し上げて、それは推奨しかねます。そも、計画が上手く行ったとしても年貢は変わらぬと思われます故」
「そうなのですか?」
「然り。奇跡的にまともな貴族が赴任して来るならともかく、帝都の普通の貴族がわざわざ現行制度を変更するとは考えにくいです」
追い詰められると人は視野が狭くなります。
狩人長達の計画は窮した末の苦肉の策でしょうから、粗も穴も多いのでしょう。
「でもよぉ、ホントに何もせず見てたんでいいのか? あいつらだけだと多分、全滅するぜ」
「ロンの言う通りですよね。向こうには《迷宮》で鍛えた騎士達がいますし、いくら夜襲を掛けてもきっと……」
深刻そうな顔で悩むヴェルスさんとロンさんですが、またも新たな単語が飛び出しました。
隣に座るドリスさんに目配せして訊ねると、《意思疎通》が返ってきました。
『めーきゅう……《迷宮》か、知っておるぞ! ワシの故郷にもあった』
『どのような物なのですか?』
『一言で言えば魔物の巣じゃな。何度全滅させても再び湧き出してくる摩訶不思議なところじゃった』
『なるほど、そう言うことですか』
この国が敷いているやたらと強権的な体制、その理由の一端を知れた気がしました。
貴族や騎士が《迷宮》を占有し、そこで力を得ているために平民達では
「……ナイディンさんは村のことを心配してくださいましたが、私は皆さんをそこまで縛ろうとは思いません」
眉間に皴を寄せた村長が、言葉を選ぶようにして話し始めました。
「領主……様のことはこの町だけの問題ではありません。ヤマヒトさんのおかげで村は一時的に潤っていますが、来年からも上手く行くとは限りません。多少の危険を冒してでも、謀反に協力する価値はあります」
そこで一度、コップの水を飲みました。
「無論、私は戦士ではありません。領主や騎士との実力差など測れませんので、無理強いはできません。ですがもし、皆さんが助太刀することを望むのであれば、変異種すらも打倒するその手腕を存分に振るってあげてください」
この町には明後日まで滞在する予定ですからね、という村長の言葉を聞いて、弟子達は考え込み始めました。
しかし、そこに殺人への躊躇や忌避などの気配は感じられません。
人の死が日本よりもずっと身近だからでしょう。
思えば、ヴェルスさん達も初めて会った時は盗賊と殺し合いをしていました。
タチエナさんに至っては頭領にトドメを差しています。
既に二人殺している私が言うことではないですが、とても物騒な世界であると再確認しました。
それから夕飯を終えた私達──私は食べていませんが──は部屋に戻りました。
この宿には二人部屋しかないので、私とドリスさん、村長とロンさんのように二人一部屋となっています。
それから布団を敷いていると、入口の扉がノックされました。
「夜分遅くにすみません、師匠。少しお時間よろしいでしょうか」
「ええ、大丈夫ですよ」
扉を開け、ヴェルスさんとナイディンさんを招き入れました。
重々しい雰囲気をまとう彼らは、私の前で正座します。
私も合わせて座りました。
「実は、折り入っての相談があるのですが……」
「構いませんよ。この部屋には私達の他に誰も居ませんし」
私の察知能力の高さは彼らも知っています。
それでもナイディンさんは一度辺りを見回し、部外者のいないことを確認して、
「驚かないでお聞きいただきたい。ヴェルス殿は、いえ、ヴェルスタッド=トゥーティレイク様は武帝の血を引くお方なのです」
と、半分くらい予想のできていた事実を明かしました。
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ヴェルスタッド→ヴェルスは日本語にすると短縮しただけに見えますが、異世界語だと全く違う発音や綴りです。
名前から身元がバレることはありません。
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