第13話 服

「ここよ、ここ。ここがアタシの店。こんな寒村だからロクな服はないけど一通りそろってるわ。お代? いい、いい。あなた達はヴェルス君達の恩人なんだから、ヤマヒトさんもドリスちゃんも好きなのを遠慮せず持ってって」


 布の気配を頼りに服屋へ向かっていた途中、村人の集団に捕まりました。

 元は入口に集まっていた人達で、ヴェルスさん達が私に助けられたと言っていたらしく、口々にお礼を言われたり質問をされたりしました。

 その中で服屋を探していると伝えたところ、集団の一人が店主であったらしく、案内してくださることになったのです。


「いえいえ、代金はお払いしますよ。物資は取り戻しましたが壊された物も多く大変でしょう」


 思い返すのは村の入口付近の光景。

 倒された塀、荒らされた畑、焼け焦げた建物。

 盗賊達の爪痕が深く刻まれていました。


「ウチは被害受けてないわよ?」

「それでも良いのです。同じ村に住むあなたを儲けさせることでお金が巡り、間接的に被害に遭われた方の助けにもなるのです」


 などと高々衣類数点に込めるには重すぎる理想を抱いていると、ドリスさんが両手で衣服を抱えてやって来ました。


「ヤマヒト、選んでくれ。ワシにはどれが良いのかさっぱりじゃ」

「実は私も服にはあまり詳しくないのですよね。……お願いできますか?」

「ああ、任しておき。嬢ちゃんに合った物を選んだげるよっ」


 今回買う衣類には肌着も含まれるため、私は意見し辛いのです。

 しばらく店主さんに任せて背を向けていると、どうやら選び終わったようでした。

 料金を支払うと、購入物を風呂敷に包んで渡してくれます。


「はいよ。風呂敷くらいサービスさせておくれ」

「ありがとうございます」

「恩に着るぞ」


 そうして風呂敷を背負い服屋を出ますと、外では壮年の男性が待っていました。


「あなた方がヤマヒト殿とドリス殿で間違いないでしょうか?」

「うむ」

「合っていますよ」

「私はヒルリタと申します。この村の村長をしています」


 糸目で優し気な風貌をした村長は、物腰柔らかにそう言います。

 それから腰を直角に曲げ、綺麗な礼をしました。


「若者達を助けるばかりか食料まで取り返してくださったそうで。お陰で村人を身売りさせずとも徴税を乗り越えられそうです。本当に何と感謝を申し上げれば良いか……」

「いえいえそんな、ただの行き掛かりですので。頭を上げてください」

「それでは私の気がすみません。何かお礼をさせてください」


 礼を維持しつつ、村長は言いました。

 私達には好都合な申し入れです。


「では一つ、お願いしたいことがあるのですが」

「何なりと」

「地図を拝見させていただきたいのです」


 理由はもちろん、竜の多い山脈を探すためです。

 村長は顔を上げて頷きます。


「お安い御用ですとも。どうぞ私に付いて来てください」


 そうして案内されたのは村長の自宅でした。

 平屋の多いこの村には珍しく、二階建て住宅です。


「大きな巣じゃのう」

「巣?」

「こちらの話です、どうぞお気になさらず」


 玄関で靴を脱ぎ、二階に案内されました。


「こちらの部屋に書物は保管しております」


 そう言った村長は、慣れた手つきでいくつかの巻物を取り出し、それらを机の上に広げていきます。

 白紙に墨で描いたような簡素な地図が三巻、並びました。


「私の持っている地図はこれで全てになります。上から順に国の地図、領の地図、村周辺の地図です」


 なるほど、と頷きながらふと気になったことを訊ねます。


「ところでこの村の名前は何と言うのですか?」

「ハスト村ですね」

「ハストハスト……ここじゃな」

「なんとドリス殿、その若さで文字を読めるのですか」

「まあの」


 領地図の左端にハスト村を見つけたドリスさんが、得意気にしています。

 ちなみに、文字が分かるのは転生特典である言語知識の一つなので、私も読めます。

 少し気になったことがあり、村地図を指さし訊ねました。


「村の北西に広がる『逢魔の森』というのは?」

「ちょっとした魔境ですね。稀に強力な魔物が『万魔山地』から流れて来るんです」


 魔境というのは魔物の多い場所のことでしょう。

 そこはスルーして質問を続けます。


「手前の山は盗賊の潜んでいたところでしょうか」

「ええ、そうですよ」

「ふむ」


 顎に手を当てて考えます。

 村と山を結んだ延長線上に『逢魔の森』が広がり、その先にある『万魔山地』に入ったところで地図は途切れていました。

 つまり私達が飛んで来た方向に『万魔山地』は広がっているのです。


 ……この世界での私の故郷が、随分と酷い目で見られていることについては一旦置いておきましょう。

 魔物が強いのも事実のようですし。

 取りあえずは情報収集に努めます。


「やはり『万魔山地』に人間が立ち入るのは厳しいのでしょうか」

「そうですね。大昔は開拓や探索も行われていたようですが、遅々として進まなかったためにとっくに断念されたとか。この村がそこそこ大きいのも、『逢魔の森』に隣接していた集落の方々が落ちのびたからだと祖父から聞いています」


 実はこのハスト村、村としてはかなり大規模なのです。

 町と村の中間辺りに位置づけられるでしょう。


「あ、もしや目指している場所と言うのは『逢魔の森』なのでしょうか? たしかにあの大魔境ならば竜も多く居るかもしれませんが……」

「いや、それはないの」


 ドリスさんがきっぱりと断言します。


「あの地には竜はあまりおらんかったのじゃ」

「まさかあそこに入ったのですか!?」

「ここに来る前にの」


 私達は『万魔山地』の全てを見て回ったわけではありません。

 ですが、前世のドリスさんは若い頃、故郷の山脈中を巡って住処を探していたらしく、故郷か否かは見ればわかるそうです。


「ほ、本当にお強いんですね……」

「剣の腕だけが取り柄ですので。しかし国中を見てもかなり山が多いのですね。これは探すのに苦労しそうです」


 大きい山、小さい山、連なる山。国地図には山を表す三角記号が相当数、記されています。

 しかもこの国地図、カバーしているのは中央部周辺だけで、実際の国土は南北にもっと広がっているらしいのです。

 国全体だとどれだけの山があるのか想像もつきません。


「私は村長としてそれなりに情報も集めているのですが、ヤマヒト殿達の仰るような山脈は聞いたことがありません。恐らくこの近辺にはないのだと思います。領都ならもう少し多くの情報が集まると思いますが……」

「領都……これじゃな」


 ドリスさんが領地図の真ん中に描かれた大きな丸を指さします。


「本当は王都が一番良いのでしょうが、ここからですとかなりの距離になりますので。領都に行けばこんな辺境より遥かに多くの情報が得られるはずです」


 それからも地図と睨めっこしながら色々と教えてもらいました。

 そして、ひとまずの目的地は領都に決定しました。

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