第14話 お泊り

「村長、お世話になりました」

「いえいえ、また調べ物がありましたらいつでもいらしてください」


 村長にお礼を言って私達は村長宅を出ました。


「して、この後はどうするのじゃ?」

「そうですねぇ……」

「見つけましたよヤマヒトさん!」


 考え込んでいると一つの人影がこちらへ駆けて来ました。

 夕日よりもなおあかい、燃えるような赤髪の少年、ヴェルスさんです。


「おや、何か御用ですか?」

「用と言いますか、ヤマヒトさん、今夜泊まるところはありますか?」

「そう言えば考えていませんでしたね」


 このままですとこれまで同様、野宿コースになりそうです。

 宿屋でも探しましょうか。

 しかし、旅人がほとんど訪れず、商人も滅多に訪れないというこの村に宿屋はあるのでしょうか。


「良かったら、僕の家に泊って行きませんか?」




「ここが僕の家です」


 その家は、村の外縁部近くにありました。

 木製の横戸を開き、中に招いてくださります。


「お邪魔します」

「なのじゃ」


 村長宅でしたのと同様、玄関で靴を脱ぎ──脱いだというより消したが正しいですが。私のは《具心具召喚》、ドリスさんのは〈魔術〉で出したものです──、上がらせてもらいます。

 この国の文化は和式のそれに類似する部分が多いので、馴染み深くて楽ですね。

 何十年も山に籠っていた私が文化を語るのは滑稽な気もしますが。


「お帰りなさい、ヴェルス君。夕飯はもう出来ているわよ」


 中には先客が居ました。

 盗賊に捕まっていた金髪碧眼の少女、タチエナさんです。

 家を失くした彼女がヴェルスさんの家に居候していることは事前に聞いていました。


「すみません。あんな事があった後なのに料理を任せてしまって」

「いいのよ、今日から住ませてもらうんだから。それより、ヤマヒトさんとドリスちゃんを誘えたのね」

「はい、宿がまだ見つかってなかったみたいで」

「賑やかになるわね。二人とも、料理は多めに作ってあるから安心してね」


 そう言って彼女が指さしたのは鍋です。

 囲炉裏のような物の上に吊られたそれの中では、野菜を中心として数種類の具材が煮込まれていました。

 台所に移動したタチエナさんが食器を探す気配があったので、先に一つ断っておきます。


「夕飯をご用意いただきありがとうございます。ですが私の分は不要です。《スキル》の効果で空腹になりませんので」

「しかし少しくらいは……」


 好意を無碍にするのは心苦しいですが、この村の食糧事情を気配で察せられます。

 これから冬なのですし、あまり負担はかけたくありません。


「いえ、本当に必要ないのです。その代わり、ドリスさんには多目に分けてあげてください。彼女は育ち盛りですので」

「ヤマヒトよ、ワシが食い意地を張っていると言いたいのか?」

「いえいえまさか、そのようなことは」


 諸々のやり取りを経て、食事は始まりました。




「──では、お二人はしばらくこの村に居られるんですか」

「そうですね」

「あまり急ぎの旅でもないからの」


 談笑交じりの食事はつつがなく進みました。

 話題は二転三転し、今は私達の今後についてです。


 予定では、行商がやって来る再来週あたりまではハスト村に留まることとなっています。

 二人旅では迷う恐れがあるから、というのが表向きの理由ですが、私とドリスさんがこの国の社会に慣れるためという側面もあります。

 特にドリスさんには、この二週間である程度人間の価値観を理解してもらいたいです。


 不慣れな手つきで箸を使う彼女を意識の隅で捉えていると、ヴェルスさんが真剣な面持ちで口を開きました。


「実は、折り入っての頼みがあるのですが……」

「なんでしょうか?」

「私に剣技を指南していただきたいのです」

「ほほう」


 意外な申し入れに、少し驚きます。


「また、どうしてそのようなことを?」

「僕は、皆を守れるくらい強くなりたいんです。剣の腕を鍛えて来て、《レベル》も大人達に負けないくらいあって、結構強いんじゃないかって少し前まで思っていました。でも今日、僕はまだまだ弱いことを痛感して、だからヤマヒトさんのような猛者に師事して理想に少しでも近づきたいんです」


 プロ野球選手に憧れる子供のようにキラキラとした、しかしその奥底に固い信念を隠した目を向けられます。

 しかし、難しい相談ですね。


「私の剣は、ただただはやいだけのものですよ。他人に教えた経験もありませんし、どれだけやれるかは未知数です」

「謙遜なさらないでください。盗賊の頭領相手に見せた流麗な身のこなしに冴え渡った剣技! あれには目を奪われました。この村に居る間だけでいいんです。どうか、僕に剣を教えてください!」


 ここまで熱烈に頼み込まれては、断るのも失礼に当たる気がします。

 《自然体》により世界を精確に捉えられる私は、たしかに剣技の改善には役立てるでしょうし。


「分かりました。そういうことでしたら私にできる限りのことをお教えしましょう」


 こうして、私と彼が師弟となることが決まったのでした。




 食後。

 日本では遅めの残業帰りくらいの時間帯ですが、この世界ではもう就寝の時間です。

 ヴェルスさんと一緒に寝具を用意します。


「そう言えばこの家、随分と広いですね。もしかしてヴェルスさん以外にも住人の方がおられるのですか?」

「そうですね。実はもう一人同居人が居るのですが、彼はしばらく遠征なので気にしなくても大丈夫ですよ。この家は二人で住むにも広かったので。部屋もまだ余ってますしね」


 男組と女組で分かれて寝室を使っても、まだ一部屋残っているのです。

 たしかに、二人では持て余してしまうでしょう。

 そう納得しつつ、気になったワードを質問します。


「遠征と言いますと?」

「変異種狩りです。隣村、と言ってもかなり距離があるのですが。そこに変異種が現れたので倒しに行ってるんです」

「お強い方なんですね……もしやその方が夕飯の時に言っていた、剣技の基礎を教えてくださったという方ですか?」

「はい。剣は本業ではないそうですが、触り程度には教えられるとのことで」

「では、その方に負けないよう頑張って指導しないといけませんね。せめて宿代代わりになるくらいには」


 実は修行をつけることと引き換えに、しばらく居候させていただくことになったのです。


「そう気負わなくても大丈夫ですよ。明日からはよろしくお願いします」

「よろしくお願いされました」


 その言葉を最後に、お互いに目と口を閉じます。

 部屋を闇と静寂が包み込みました。




 私は《仙神丹・不還》の効果により、睡眠を必要としません。

 一応、瞼を下ろして気を鎮めれば眠りに似た状態になれますが、それでも半覚醒状態で、意識の一部は常に周囲に向けられています。

 なので、怪しい気配があればすぐに目が覚めるのです。


いやですねぇ」


 草木も眠る丑三つ時。

 面倒事の気配を察知し、目を開きました。

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