第35話 ガロワ様


(まさか自分からガロワ様に会いにいく日がくるなんて)


 王城の一角、艶やかな濃茶のドアの前に立ち、スウミはこれまでのことを振り返った。


 父が浮気して、自分が生まれて、母は亡くなった。その時点ではガロワ様は別れる気はなく、子を孤児院にでもやってしまって復縁しようとしていた。父がそれを拒否して、子を育てたいと言い出した。そして二人は別れ、父は男手一つでスウミを育ててくれた。


 浮気が二人を別れさせたのではない。スウミの存在が二人の未来を狂わせてしまったのだ。だから、これまでガロワ様と顔を合わせないよう逃げ回っていた。だって、会わせる顔がない。愛人の子だと蔑まれるのも怖かった。


 でも今、スウミは静かな気持ちでドアを見つめている。


(ガロワ様が見舞金を欲しいというのなら、差し上げてもいい。私は自力で稼げる)


 それなのに、なぜ自分はここにいるのか。それは、もういい大人なのだから、この機会にガロワ様と話をしてみてもいいのではないかと思ったのだ。父のお金を横取りした理由が知りたかった。


 深呼吸してから、ドアをノックした。

 すぐにメイドが出てきて、スウミをじろじろと観察してきたが、気にしてない顔をして名乗った。


 通された部屋はかなり広くて、ほかにも幾つもの部屋とつながっているようだった。ガロワ様は王族だけあって、いい部屋を与えられているようだ。壁紙や家具には薔薇の花の模様が描かれ、デルファン屋敷の薔薇の部屋を思い起こさせた。もしかしたらあの部屋はガロワ様の部屋だったのかもしれない。


 部屋の奥のほうからメイドに連れられて、ほっそりとした中年女性が出てきて、スウミの前でぴたりと足を止めた。少し神経質そうな顔立ちの女性だった。

 お互いを観察し合う視線が絡んだ。ガロワ様の目つきの鋭さに、怖くて思わず首をすくめそうになり、さすがに失礼だと思い直して姿勢を正した。


「随分と髪がはねていらっしゃるのね」

 初めて聞くガロワ様の声は、想像していたより低かった。

 膝を折って礼をしてから答えた。

「はい。くせ毛なのです」

「くせ毛?」

 ガロワ様はぎゅっと眉間に皺を寄せた。

「あの人はさらさらの直毛の金髪でしたよ。私もですが」

「は、はあ」

 つまり母がくせ毛だったということなのだろう。気まずい話題になってしまった。それにガロワ様も気づいたのか、咳払いをした。


「あなたがここにいらっしゃった用件はわかっています。見舞金が欲しいのでしょう」

「はい、その件なのですが……」

「言わなくてよろしい。私は全部わかっているんですからね! わざわざ取りに来るなんて意地汚い。でも、それもしかたがないのでしょうね、あなたは貧乏だと聞いています」

 内心で苦笑する。これはなかなか厳しい面談になりそうだ。

「でも、お金の話の前に、あなたに聞かせてもらいたいことがあるのです」

「は、はい。なんでしょう」

 ガロワ様は一瞬迷うような表情をした。


「あの人の……最期はどうだったのか教えなさい。あなたは娘なのですから知っているでしょう。どうして亡くなってしまったのですか。葬儀はいつ行ったのですか。遺書はあるのですか。あと何か言っていませんでしたか、その、私に」


 スウミは質問に一つずつ答えていった。申請に使うかもと思って持参していた遺書も見せた。


 遺書を読んだ後、ガロワ様はしばらく動かなかった。ぽつりと「何が後悔しているですか。ほんとうに勝手な」と呟き、スウミに遺書を返すと、「私、やっぱり許せません」ときっぱりと宣言した。


「私はあの人のせいで孤独な20年間を送りました。そして、死ぬまでずっと孤独なままなのでしょう。その代償として見舞金は私がもらいます。だって全部あの人のせいなんですからね」


 正直なところスウミにはガロワ様の気持ちはよくわからない。これからも孤独なままだなんて。だが、自分にとやかく言う資格があるのかと考えると……。スウミは視線を落とした。


「ガロワ様の悲しみは、私のような未熟者には想像もつきません。それもこれも全ては私が生まれたせいです。ですから、見舞金はどうぞガロワ様の好きになさってください。それで少しでもお心が晴れたらと願っております」

「そう」

 ガロワ様はすうっと目を細めた。

「では、デルファンの屋敷ももらいますよ。いいですね」

「えっ」

 父との思い出のつまった大切な家だ。誰にも渡したくない。

「申しわけありません。屋敷はお譲りできません」

 あの屋敷は会社の本店でもあるのだ。

「いいえ、絶対にもらうわ」

「ガロワ様、待ってください。いくらなんでもそれは……。ガロワ様には私から屋敷を取り上げる権利はないはずです」

「それがあるんですよ、馬鹿な子ね」

 ガロワ様は、メイドに指示して、書類を持ってこさせた。


「デルファトル公爵が亡くなったら、屋敷も含めて全ての財産を私がもらう、そういう取り決めがあるのです」

 見せられた契約書には、確かにそういう内容のことが書かれていた。父のサインもある。


「そんな……」

 ガロワ様は勝ち誇ったように笑い、野良犬でも追い払うように手を振って、スウミを部屋から追い出した。

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