箱入り皇女は至高の恋をお望みです!~理想の殿方を探す旅に出ます。ただし、美しい者以外認めません!?~

じゅん麗香/ビーズログ文庫

プロローグ


(なんと、美しい!)


 五歳のシャルロット・ド・ヴァローズ皇女は、くりっとした大きなひとみを見開いてかんたんした。

 大陸一のえいきわめたヴァローズていこくの中でも、ずいいちの規模をほこっているルゼリエールこうぐう。高名な建築家や芸術家たちが二十年以上のさいげつをかけて建設した、そのはくの美しいきゅう殿でんの礼拝堂で、ごうこんれいが行われていた。

 皇宮礼拝堂専属のきゅうてい楽団と聖歌隊がかなでるせんりつと、たくさんのおうこう貴族たちに囲まれるなか、若いしんろう新婦はみをわし合う。

 新郎はこうしゃく家の長男で、新婦は十七歳になるシャルロットの姉だ。

 ウエストをギュッと細くしぼったベルラインの純白のウエディングドレス。こうたくのあるベルベット地のドレスのトレーンはゆうタイルのゆかに広がり、先が見えないほどに長く続いている。むなもとかたが開いたノースリーブのローブ・デコルテのため、ダイヤモンドを連ねた豪華なネックレスがえていた。

 頭部ではネックレスと同じデザインのティアラがまばゆいほどにかがやき、そこかられたチュールで作られたマリアベールがふわりと風にれている。 ベールのふちには金糸や銀糸でせんさいしゅうがほどこされ、それは新郎の白いフロックコートのそうしょくとおそろいだ。


(姉さまがキラキラしてるわ。キレイ。キレイすぎる!)


 末っ子のシャルロットをふくめて、ヴァローズ家の親や兄姉はみんな容姿たんれいだが、今日の姉は目がくらみそうなほど美しかった。

 礼拝堂の高いドーム型のてんじょうには聖人のフレスコ画がえがかれ、かべ一面のステンドグラスからは七色のあわい光が差し込んでいる。

 すべてが、まるで異空間にまよい込んだかのように神秘的だ。

 あまりに感動したシャルロットは、しきが終わって礼拝堂からきょうえんの間に移動する姉を追いかけた。


「姉さま!」


 フラワーシャワーを浴びて頭部に花びらをつけている姉を、シャルロットはつかまえた。


「姉さまは、どうしてそんなにキレイなの?」

「まあ、ありがとう」


 新婦は長いトレーンを持ち運んでいるじょたちに目配せをして立ち止まり、かがんでシャルロットに目線を合わせた。


「好きな人とけっこんするのですもの。当然よ」


 姉の言葉に、シャルロットはコテリと小首をかしげた。


「だけど姉さまは、セイリャク結婚なのでしょう?」


 五歳のシャルロットでも、自分たちは帝国の利益になるように、適切な相手とこんいんすることになると知っていた。


「いいえ、れんあい結婚よ」


 シャルロットは「ええっ」と声をあげて、目を丸くした。


「私は心から愛し合える人ができたの。だからお父さまとお母さまにお許しをいただいて、大好きな人と結婚したのよ。この日が待ち遠しかったわ」


 姉はそう言って幸せそうにはにかんだ。

 その白いはだと純白のドレスをかいろうの窓から差し込む光が照らし、まるでがみのようにこうごうしい。


「わたしも恋愛結婚をして、キレイになりたい!」


 シャルロットの意気込みに、姉はクスリと笑う。

「ならば、愛されるような女性にならないとね。人として美しくある努力をおこたってはダメよ。そうすれば、きっと運命の人と出会えるわ」

「美しくある努力! なるほど!」


 シャルロットは勢いよくうなずいた。

「愛し、愛されると、女性は世界一れいになるのよ。そして好きな人と結ばれて祝福を受けると、自分だけではなく、たくさんの人を幸せにできるの」

「恋愛をすると、世界一キレイに。……みんな幸せになる」


 シャルロットは、その言葉にしょうげきを受けた。

 宝石がちりばめられたドレスの胸元に、紅葉もみじのような手を当てる。確かに自分は姉の晴れ姿を見て感動し、ふわふわとした幸福感をいだいていた。

 思えば婚礼の儀では身内の王侯貴族だけではなく、だんぶっちょうづらをしているていしんも、するどい表情の兵士たちも、一様にがおになっていた。みんな幸せそうだった。

 シャルロットは決意した。


「わたしも恋愛結婚をして、美しくなって、みんなを幸せにする。姉さまありがとう!」


 姉はにっこりと微笑ほほえみながら立ち上がった。

 ――ここでシャルロットは、大きなかんちがいをした。


こいをすると美しくなって、美しさは人を幸せにするんだ!)


 シャルロットの中で、「恋=美=幸せ」という方程式ができあがった。

 その日を境に、シャルロットは「美」について研究をし始めた。

 自分みがきがいきすぎて、「逆立ちは美容にいい」と知ると、人前であろうとその場でじっせんし、「美しくなるわきみずがある」と聞けば、やまおくでも自らみに行った。

 皇女らしく「たくさんの人を幸せにしたい」と願う努力のベクトルが、おかしな方向に曲がっていた。

 数年のうちにシャルロットは、「変わり者のひめ」とにんしきされるようになっていた。


 そして十一年後。

 十六歳になったシャルロットは、だれもがれるほど美しく成長していた。


「――そうして真実の愛を知った二人は、永遠の口づけを交わした……」


 支柱にせいこうちょうこくがほどこされたてんがい付きのベッドに横たわりながら、シャルロットはお気に入りの侍女による朗読をうっとりと聞いていた。

 シャルロットはワンピース状のシルクのしんに身を包み、こしまであるごうしゃなブロンドのかみはシーツに広がっている。まくらにはシャルロットが作った精油がふりまかれ、あんみんに導く甘い香りがただよっていた。


「ねえ、アンヌ」

「いかがなさいましたか、シャルロット様」


 侍女のアンヌは恋愛小説に落としていた視線を上げた。

 こちらもシャルロットに負けずおとらず輝く金糸のような髪を、上部でひとつにまとめている。ベッドサイドに置かれたしょくだいの灯火とともに、長いまつかげが揺れていた。


「わたしはいつになったら、その小説のような恋愛ができるのかしら?」


 シャルロットの大きな瞳には、ワクワクとした期待がめられていた。アンヌはどうもくしたまま、しばし皇女の整ったそうぼうを見つめ、紅がつやめくくちびるを開く。


「シャルロット様は皇后陛下がお持ちになるえんだんを、すべて断っておいででしたね」

「だって、どのかたもわたしにふさわしくないのだもの」


 シャルロットの信条の一つに、「容姿は心の鏡」がある。

 心が美しければ、当然、見た目に表れると考えている。「人として美しくある努力を怠ってはならない」と姉に言われたえいきょうもあった。

 だからシャルロットは外見で判断して、縁談を断っていた。しかも、その理由をはっきりと口にした。

 あまりに相手に失礼で、いつしか母親はむすめに縁談を持ち込まなくなった。

 シャルロットは第九子、四女で末っ子だ。兄姉たちは政治的な結婚が多く、そのおかげで重要な国や組織との関係は強固になっている。どうしてもつながりたい勢力もないことから、両親はシャルロットを好きにさせることに決めたようだ。


「お相手がいなければ、恋が始まりようもありません」

「だから、そういうものは、ふさわしい相手とともに自然に……」

「理想のこいびとは、降ってもいてもきませんわ」


 シャルロットはアンヌの言葉が脳にしんとうするまで動かずにいたが、ガバリと上半身を起こしてアンヌのうでつかんだ。


「このままでは、恋ができないということ?」

「そうなります」

「そんな! わたしはどうすればいいの?」


 シャルロットはショックを受け、細いまゆせいだいに下げた。


(小説のヒロインたちは誰だって、自然に恋に落ちているのに!)


 心身ともに磨いて美しくいれば、恋愛小説のような恋をしたうえで結婚できるものだと信じて、シャルロットは楽しみに待っていた。


「ならばシャルロット様、お相手を探さなければいけませんわね」

「恋人探しね。……うん、する。しなければならないわ!」


 シャルロットは力強くこぶしにぎった。



 ――こうして、シャルロットの恋人探しが始まった。



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