破局予定の悪女のはずが、冷徹公爵様が別れてくれません!

琴子/ビーズログ文庫

プロローグ


 適当な馬車に飛び乗り、え続けて半日がつ。

 窓の外のオレンジ色に染まる街並みは初めて見るもので、ちがいなく知らない場所に来たのだと確信する。

 私ですらどこか分からないのだから、だってここまでは追ってこられないはず。


「すみません、ここで降ります!」


 窓から顔を出しぎょしゃにそう声をかけると、すぐに馬車はまった。お礼を言い代金をはらって別れると、私はにぎやかな街並みを改めて見回す。

 半日もひたすら馬車にられていたのだ、移動づかれを全身に感じていた私は、少し休もうと適当なカフェに入ることにした。

 白を基調にしたおしゃな店内は賑わっていて、ゆいいつ空いていたはしの席にこしを下ろす。


「えっ……紅茶一ぱいで1200ミア……!?」


 そしてメニューを見た私の口からは、こうしゃくれいじょうらしからぬ言葉がれた。大衆店かと思ったものの、うっかり高級店に入ってしまったらしい。

 仕方なくちょう高級紅茶を一杯だけたのみ、ぼんやりと窓の外の景色をながめながら、まずは今夜まるホテルを探そうと考えていた時だった。


「ここ、いいかな?」

「あっ、はい! どう、ぞ……?」

「ありがとう」


 不意に声をけられ、かえる前に反射的にそう答えた私は、すぐにぴしりと固まる。


 ――この低くて甘い声を、聞き間違えるはずなんてない。


 それでも何かの間違いであってほしいと願いながら、おそる恐る向かいへと視線を移す。

 そして向かいに腰を下ろした人物の顔を見たしゅんかん、また失敗してしまったのだとさとった。


「ゼ、ゼイン様……どうしてここに」


 そう、私がげてきたこいびと―― ゼイン・ウィンズレット様の姿がそこにあったからだ。


「グレース、今回のおにごっこは楽しかった?」

「ええと……それは……」

「俺から逃げるなんて不可能なのに、君もきないな」


 あのとう会から、もう一ヶ月が経つ。あれからずっとゼイン様から必死に逃げ続けているというのに、毎回いとも簡単につかまってしまう。

 狼狽うろたえる私の前で、ゼイン様は太陽のような金色のひとみやわらかく細め、ほほんでいる。

 彼はメニューへと視線を向け、コーヒーを一杯と、りんのタルトをひとつ頼んだ。


「この値段ならグレースは飲み物以外、頼んでいないんだろう? いくらでも食べるといい、俺がはらうから」

「わ、私だってお金は、持っています……」


 持っているけれどびんぼうだったころの気持ちがけず、ついケチってしまうだけだ。

 私の行動パターンを読み、私の好物を当たり前のように頼んだゼイン様は、窓の外へ視線を向ける。


「今夜は近くにとってあるホテルで休んで、明日は観光をして帰ろうか。俺もこの街へ来るのは初めてなんだ」

「……えっ?」

「この辺りは、君の好きな海産物が美味おいしいと有名らしいよ。すでに夕食の準備もさせているから」


 あまりにも準備の良すぎるゼイン様に完全敗北した気持ちになりながら、私は内心頭をかかえた。

 このままでは本当にまずい。そう思った私はきつく両手をにぎりしめ、心を鬼にして口を開いた、けれど。


「ゼイン様、私達、もう別れ――」

「グレース」


 さえぎるように、たしなめるように名前を呼ばれる。


「俺の気持ちは一生変わらないんだ。君が逃げたとしても地の果てまで追いかけるから、あきらめた方がいい」

「……っ」


 いつだってゆうたっぷりで、私が出会ってきた中で一番美しくてかんぺきな彼になど、かなう気がしない。

 それでも私はゼイン様をこっぴどく振って別れ、ヒロインとこいに落ちてもらわないといけないのだ。

 ――それがこの世界で暮らす人々の、そして彼にとっての、一番のハッピーエンドなのだから。

 そのためにがんってきたというのに、どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 だまり込んでしまった私の名前を、彼は再び呼ぶ。


「絶対に別れてなんかあげないよ」


 そしてだれよりもれいに笑うと、ゼイン様は運ばれてきたタルトを綺麗に切り分け、私の口元へ差し出した。



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