第3話 鵺とは何か
「鵺ってのは何であんなに混ざってんだ?」
「おや、異なことを。いや、混ざっている、のかな? ふうん、哲佐君は面白いですね」
鷹一郎はにこりと俺を眺め下ろす。嫌な気分になる。
「変なことでも言ったかよ。つか、鵺って何なんだ」
「いいえ。よく考えれば虎やら猿やらというものは実体がありますね。だから実在すると考えてもおかしくはないのか。
虎狼狸?
そういえば黒船が異国から持ち込んだこの疫病は、虎の模様をもつ狸のような化け物が広めているという噂がたったな。あれも複数の生物がよりあわさった姿だ。
鷹一郎の話では宿直が熱を出している。ということは鵺も病を媒介しているのだろうか。先程は熱が出ると言っていた。
「その、鵺、は病を振りまくものなのか?」
「さぁて、どうなのでしょうね」
「はっきりしろよ、気持ちの悪い」
鷹一郎は秀麗な眉を
鵺とは何なのだ。俺だって、わけのわからぬ病なんぞもらいたくはない。破格の金でも死んでしまえばしようがない。
この神白には
そう考えると熱の出る鵺の症状はコレラでは、ない、のかな。
だから良いってもんじゃぁ全然ないが。
「哲佐君は面白いですね。私は鵺とは鳥だと考えていました」
「鳥だと? どこに鳥の要素がある。いや、鳥の声はするのだったか」
「えぇ。そもそも鵺の初出は古事記です。夜明けを告げる鳥を指す。それが時代が下るにつれて不吉や怪異に導かれ、平家物語でよく知られるあの姿に成りはしたものの、『鵺』とはその姿を言及したものではない」
鷹一郎は何でもないかのようにすらすらと
平家物語第4巻、源三位頼政の鵺退治にはこう記載されている。
「つまり、鵺というのは化け物自体ではなく、化け物のうちの声のみを指す言葉なのです。だから鵺とは鳥なのです」
鷹一郎はもっともらしく述べるが、それじゃ疑問は募るばかりだ。
「じゃあその体は何なんだよ。どこから来たんだよ」
「そこで問題です。鵺には実体があるのでしょうか」
「実体、だと?」
想定もしなかった問いかけに、わずかに狼狽えた。
「伝承によると鵺というのは鳴いて不幸を呼ぶだけで、『恐ろし』いその姿によって、つまり物理的に襲って来たりはしないのですよ」
鷹一郎は俺に諭すように言う。
話の中身を思い返せば確かに鵺とはそのようなものだ。
その獰猛な虎の手足で人を引き裂く存在ではなく、その獰猛な
闇夜に浮かび、ただ、鳴く。
「なら、なんでそんな姿をしている」
「姿、姿ですよね。果たして鵺に実態は存在するのかが新たな疑問です」
「存在しないなら矢で撃つ必要はねぇだろう」
鷹一郎はその通り、というようににやりと微笑んだ。
「鵺は物語では御殿の鬼門
「つまりどういうことなんだ」
「古籍において、倒した直後の鵺の姿を確認したのは頼政と従者だけなのですよ」
姿を確認したのは?
平家物語の姿を思い浮かべる。頼政と従者が恐ろしい姿の鵺に矢を射掛けている。そう思っていたが、確かに頼政が矢を射掛けたのは黒雲なのだ。
「だから鵺の姿は頼政によって与えられたものと思っていました。頼政は複数の獣の死骸の一部を用意し、化け物に見せたと思っていました。家成様の
その書物によると、この組み合わせは意図的なものなのだそうだ。
その姿の指し示すのは方角。
「蛇の対とすると北北西がないじゃないか」
「頼政の従者の名は
「つまり何なんだ?」
「この『鵺退治』という行為はとても呪術的なのです。うちの神社にも年明けに神に豊穣や厄除けを祈る
「頼政の弓は何かの儀式ってことか?」
「そう考えていました。四方を封じて残るものが鵺の声。そしてその後に現れる鵺も鳥なのです」
平家物語の頼政の鵺退治の直後にはまた別の鵺の話が続く。
「鳥、だな」
「でもね、哲佐君とお話していて見落としていたことに気がつきました。ひょっとしたら哲佐君が少々危険になるかもしれませんが、うまくいったら少々お給金を上乗せして差し上げましょう」
狭い長屋の上り口に改めて腰掛けた鷹一郎は、何やらニヤニヤと口角を上げながら長屋の内をキョロキョロと眺め始めた。
「ドツボに嵌った気分だ」
「捕まえるのに必要なものは何でしょうか。色々楽しみですねぇ」
俺を襲って食おうとするものの姿がわかれば、一応は平静を保てるかもしれない。そう思ったのに、鵺が何かはやはりまるでわからなかった。これもまぁ、いつものことといえばいつものことだ。
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