宵闇の口 県庁舎に現れた鵺退治の話 ~明治幻想奇譚~
Tempp @ぷかぷか
第1話 目の前の鵺
「夜は明るくすれば良いというものではないのです。そうは思いませんか、
「俺にそんなこと言われてもな」
「まぁ、哲佐君のお仕事には関係ありませんものね」
いつもながら酷い言われようだ。
時刻は既に
目の前の昨明治15年に完成したばかりの
この正門から県庁舎までは幅員10メートル、距離100メートルほどのまっすぐな道で繋がっている。そして俺たちの侵入を阻むように、道に沿って冷たく乾いたからっ風が身を切るように吹きすさび、陰陽師を名乗る鷹一郎が
「お前、やっぱり寒そうだな」
「冬用に分厚いんですけどね。これでなければ格好がつかないのです。お洒落は我慢とも申しますし」
「風邪引くぞ」
「それより来ますよ」
その鷹一郎の短い呟きが耳に入った瞬間、何者かの気配に首筋が総毛立つ。
いつの間にやら夜闇と同色の昏い霧があたり一帯に立ち込めていた。目を凝らすとそれは次第に凝縮し、見上げる銅板葺きの県庁舎屋上に、じわりと何者かの姿が滲み
ヒョウという物寂しい鳥の声のような、或いは風が擦れるような音がした。心のうちに不安が巻き起こる。
夜の鳥の声。様々な姿が合成されたわけのわからぬもの。
「つまりあれが、
「多分ね。調査した文献とは少し異なりますが、だからこそあれが鵺なのでしょう」
文献。それは平家物語だ。
そこでは鵺とは猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾の姿として描かれている。けれども月明かりに照らされくぐもった唸り声を上げる怪異は少し異なり、胴体は噂に聞く象のように厚い皮膚に覆われて盛り上がり、顔もより大きく赤く長い
本当にこんな化物が倒せるのだろうか。俺の中に疑問と恐怖がふわりと沸き立つ。そこに
「おや。ひょっとして怖いのですか? 哲佐君」
「怖ぇえよ。お前と違って俺はただの人間だからな」
「哲佐君がただの人間であれば、この世の人の数はもっと少なくなっているのでしょうね」
「精神の話だ」
鷹一郎は県庁舎に巣食う化け物退治を神白県から頼まれた。そして俺は生贄として鷹一郎に雇われた。眼の前の怪異は俺を襲い、そこを鷹一郎が倒す。そんな手筈で、既に作戦は立てていた。
鷹一郎との昼の会話を思い出す。
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