第2話 はんぶんこ
「はえぇ~。辛すぎ」
「…………」
例の首つり少女は菓子パンをむさぼり食ってる。
「『はんぶんこ』だって言ったのに」
「死ぬ前くらい、ケチケチすんなよ」
俺の菓子パンは無くなってしまったが、まぁいい。
「あ、そうだ。透析してんだっけ?」
「んだよ、悪いか?」
「いい闇医者がいるから紹介するぜ。すげぇのがよ。そいつのとこで一回手術しとけば、しばらく透析しなくても大丈夫なんだ」
「怪しすぎだろ」
俺の菓子パンを平らげた少女は、俺の提案を戯れ言のように聞き流す。
「それに、金がねぇよ」
「あ、そこなら心配しなくていいぞ。俺、その闇医者に貸しがあるから、手術に一回くらいなら
「それあんたが作った貸しでしょ? 私が使うワケにいかないじゃん」
「え、でも俺。今晩死ぬつもりだし」
「…………」
少女は黙る。
「君はさ、生きれないだけで死にたいワケじゃねぇんだろ?」
「……」
彼女の状況を聞いた感じ、『生きたくても生きられない』といった感じで。『死なせてくれ』という言葉にも噓はないだろう。
「ほら、生きれるチャンスがあんぞ。どうする?」
でも彼女自身、『死にたい』という感情の隙間に、何か期待してるように見えた。たぶんだけど、『生きたい』と。ほんのちょっとくらい思ってるんじゃなかろうか。
「じゃあさ……交換条件だ」
「へ?」
「お前も死ぬの先延ばしにしてよ」
「……は?」
なに言ってんだこいつ。
「私はまともに働くこともできない。まさか子宮全摘して風俗で働く事もできない女を見捨てるワケねぇよな?」
そういうことか……
「この街の風俗、本番できねぇと話になんねぇもんな」
まったくクソな街だな。
「分かったよ。まぁ当面の面倒は見るさ」
なに面倒事、背負ってんだかな。
「……さぁ、行くぞ。闇医者は爺さんだから早く行かねえと寝ちまうんだ」
「え、もう?」
「おうよ。あ、保険証とか持ってこようとか思ってるならやめとけ。使えねえから」
「闇医者が保険適用できるならビックリだよ」
二人して公園を離れる。
一瞬だけ振り返り、桜の花がかかるベンチを見た。
「…………すまねぇ、もう少しかかるわ」
公園を出て、道の端にゲロが落ちた不潔な道路を歩く。
「ぁぁ~」
「ちょっと、絡んでくんな!」
薬物中毒者だろうか。少女に絡んできたので蹴飛ばし、引き剥がす。
「お前さん、この街の出身じゃないのか? あれくらい剥がせんでどうする」
「言ったろ、拉致されてきたんだ。もとは隣の街にいたんだ」
にしては言葉使いがこの街に染まってる気がしてならない。
裏通りを抜け、さらに路地裏へ。
街娼たちの横を通り抜け、ホームレスを退けて進んでいく。
「さぁ、ここだ」
「うわぁ……入りたくない」
「行ってる場合じゃないぞ。おーい、爺さん。貸しを返してもらいにきたぜー」
ガタついたドアを力任せに開け入っていくと、奥から丸いフチのサングラスをした小柄な老人が出てくる。
「うるっさいのぉ、誰じゃお前」
「お、ボケたか。クソじじい」
これは予想外だったな。
「うるさいわ、復讐鬼の廃人が! んで……その子娘は何だ?」
あ、良かった。いつもの『マジにしか思えない』爺さんの冗談だった。
「お客、手術頼むわ」
「これっきりだからな……」
そう言うと、爺さんは奥に行き準備を始めてくれる。
「早く来んかい、子娘!!」
「はっ、はい!!」
強気な彼女はどこへやら、じじいの大声にビビりながらもついて行った。
「ふう……」
店のボロいソファに腰を落ち着ける。
しばらく待っていると爺さんが奥から姿を見せる。
「おい、なんだあの子娘は」
ずいぶんと憤慨してる様子。年甲斐も無く興奮して心臓は大丈夫だろうか。
「客だって」
「んん。まァ、処置はしといたが……一個もうだめな臓器がある」
「知ってる」
「どうすんだ、ストックなんかねぇぞ」
この街の医者、それこそ反社とつながりがあればストックもあるんだろうけどな。
「まぁ、それは……な」
笑って誤魔化した。
「……知らんぞ」
苦々しく言う爺さんに、死ぬ前にお礼しとかなきゃな。
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