首を吊ろうとしている少女を止めてしまった廃人、少女を伴い旅に出る

春菊 甘藍

第1話 桜の木と首つり

 いつもの公園のベンチ。

 別に景色が良いってワケじゃない。その公園のベンチは、この街にしちゃ珍しく、ゲロで汚れてないのだ。


「ふん♪ ふ~ん♪」


 廃棄品の菓子パン片手に向かう憩いの場所。どうやら先客がいたようで、


「は?」


 ベンチにかかるようにして伸びる桜の木に縄をかけ、少女が今にも首を吊ろうとしていた。


「……何見てんだよ」


 虚な瞳で、少女は俺を見る。


 たぶん、昔はキレイだったんだろう服は汚れにまみれ、包帯が彼女の両腕に巻かれてる。この世に絶望しきったような彼女の表情。


 まぁ、この街じゃよく見かけるたぐいだ。


「いやぁ、桜。キレイだなって」


 かけるべき言葉を間違えてしまった。


「いや、違う違う……そこのベンチさ、俺がいつもメシ食ってんだ」


「だから何?」


「いや、その……流石に人が死ぬとこ見ながら食うの嫌なんだけど」


「別のとこ行けばいいじゃん。私、木から縄を垂らせるのここしかなかったんだけど」


「えぇ~、じゃあもう首吊るのやめようぜ」


指図さしずしてんじゃねぇよ」


 心底嫌そうな表情をされた……

 まぁ、こんなの偽善でしかないもんなぁ。


「とにかくよー。死ぬの、やめね?」


「うるせんだよ、なにも知らないくせに!!」


 癪に障ったのか、彼女が声を荒げる。


「まぁな……んー、まあいっか」


 ようやく諦めたのかと、少女は首に縄を掛け直す。


「いやさ、その場所。今夜、俺が首吊ろうと思ってて」


 少女の手が止まる。


「今、君にそこで死なれると俺がそこで死ねなくなるんだけど」


「何で……死のうとするの?」


 こちらに振り向きもせず、彼女は言う。


「前から決めててな。君が縄かけてるその枝よ。俺の妹も首吊ったとこなんだよ」


 二年前。

 少女が縄をかけるその枝で、妹も首をくくって死んだ。


 理由は何だったかな。

 あぁ、レイプだ。たしか……


 犯人の男は殺そうと家に押し入ると、勝手に麻薬ヤクのしすぎで死んでいた。それがつい一ヶ月前にこと。


 八つ当たりに、近くに住んでた誘拐、売春を生業なりわいにしてた連中を殺してきた。


「今日はアイツの命日でなぁ。うだうだ生きちまったよ……あいつが寂しくねぇように、毎日ここに来てたんだ。やっと思い残すことも無くなったし。そろそろ俺も行かねえといけねぇ」


「…………」


 少女は黙っている。


「頼む。今日ばかし、譲ってくれないか?」


「嫌だ……」


「ありゃ、それまたどうして?」


「私だってなぁ、死にたくてここに来てんだよ!!」


「まぁ、そうだろうな」


「もうダメなんだよ、生きていけないんだよ!!」


 この子に、そこまで言わせる理由は何だろう。死ぬ前に少し気になった。


「そうか……んー、なぁ聞いてもいいか? どうして死にたがる?」


「言う義理がない」


「いいじゃねぇか。どうせ俺も君も死ぬんだ。俺は話したんだし、聞かせてくれよ」


 妹が生きてた時の話し方を思い出しながら、声はできる限り優しくした。


「……人、殺したんだよ」


「マジか、一緒だな」


 意外な共通点に反応すると、『何言ってんだコイツ?』という冷たい目線をむけられた。


「悪い、続けてくれ」


 軽いのは苦手みたい。不幸のありふれたこの掃き溜めにみたいな街じゃ、殺しくらいなら日常茶飯事だから、別に驚く事じゃない。


拉致らちられてレイプされて処女無くして」


「……」


「それで妊娠して堕ろして……子宮傷ついて全摘して」


「…………」


「暴行で腎不全なって透析して……そのお金も尽きたよ」


「……………………」


「もう……死なせてよ」


 絞り出すかのような嗚咽おえつに混じって彼女の腹が鳴る。


「「……」」


 気まずい沈黙。


「まぁ、なんだ。とりえず食えよ」


 手に持ってた菓子パンを半分あげた。



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