7の20「ニトロとイザベラ」


 リュークと第三種族の女性、セイレムは、みるみると仲を深めていった様子だった。



 暇も金も有るリュークは、セイレムをあちこちへと連れ回した。



 そして情熱的に、彼女にアピールを重ねていった。



 堅物で仕事が忙しいニトロは、どうしてもリュークのようにはできない。



 異性に訴えかける力の差を、感じずにはいられなかった。



 やがて、明言されたわけでは無いが、二人は恋人同士になったようだった。



 ニトロは表向きはそれを祝福した。



 だがどうしても、暗い気持ちを捨て去ることが出来なかった。



(どうしてなんだ……。


 どうして私じゃない……。


 先に騒ぎを見つけたのは私だ。


 先に助けようと思ったのは私だ。


 リュークよりも先に、男を殴り飛ばせば良かったのか?


 リュークよりも先に、綺麗だと呟けば良かったんだろうか?)


 それとも最初から……)



 目なんて無かったのだろうか。



 二人は強い運命で結ばれていて、割って入る余地など無かったのだろうか。



 自分は二人を引き立てるだけの、脇役に過ぎなかったのだろうか。



 ニトロは何処かへと問いを投げかけた。



 答えが返ってくることは無かった。



(それでも……


 彼女は私にも微笑んでくれる。


 だったら私は……幸せなのだろうか……?)



 たとえそれが、一番で無かったとしても。



 無よりはマシなのか。



 それでも。



 それでも胸は痛むのだった。



 悩み生きているうちに、ニトロの結婚が決まった。



 親が決めた相手だった。



「結婚することになった」



 それなりに格の高いレストランの一角。



 三人の食事の席。



 ニトロはリュークとセイレムにそう言った。



「おめでとうございます」



 セイレムが微笑んで言った。



 美しい笑顔だった。



 その首には、奴隷の首輪が有る。



 リュークはセイレムの主人になっていた。



 第三種族であるセイレムが、王都で生きるには必要な処置だった。



「うん……」



 ニトロは気のない様子で頷いた。



「良い子なの?」



 リュークがニトロに尋ねた。



「……美人だよ」



「そうか。良かったね」



「ああ」



「それなら……」





「僕たちが居なくなっても安心だね」





「…………え?」



 唐突な友の言葉に、ニトロはぎくりと固まった。



 そんなニトロの心に気付いているのかどうか。



 リュークは穏やかな声音で言葉を続けた。



「……実はさ、


 王都を離れようと思うんだ。僕たち」



「どうして……?」



 ニトロは声を絞り出して、短く尋ねた。



「僕と彼女の仲については、家族からも猛反対されていてね。


 当然と言えば当然だ。


 第三種族の彼女とでは、子供を作るだけで死刑なんだから。


 けど……それでも僕は、彼女と添い遂げたいんだ。


 だから王都を出て、


 僕たちを受け入れてくれる所を探そうと思う」



「……………………そうか」



 ニトロには、二人を引き止めることはできなかった。



 そんな気力は無い。



 それに資格も無いと思っていた。



 すぐに旅立ちの日がやって来た。



 ニトロは二人を見送るために、王都の外にまで来た。



 王都を囲む外壁の外で、彼は恋した人に別れを告げた。



「……さようなら」



 ニトロはセイレムとは視線を合わせずにそう言った。



 セイレムは、それを自分への言葉だとは思わなかったのか。



 リュークの方が言葉を返してきた。



「うん。元気でね。ニトロ」



 それから少し間を置いて、セイレムが口を開いた。



「あの…………。


 どうか、お幸せに」



 そう言って、セイレムは頭を下げた。



「……ああ」



 二人は王都を去った。



 ニトロが名も知らない場所へと消えた。



 そしてニトロは、親が決めた婚約者と結婚式を挙げた。



「永久-とわ-に愛することを誓いますか?」



「はい。誓います」



 神官の前で新婦のイザベラが、神への誓いを口にした。



「それでは、神の御前で、誓いの口付けを」



「…………」



 ニトロはイザベラに顔を近づけていった。



 それなりに美しい顔が、ニトロの瞳に映った。



 口付けを交わし、二人は夫婦となった。



 一年と少しして、無事に子供も産まれた。



 ニトロは妻イザベラの寝室で、産まれたばかりの赤ん坊を抱き上げた。



(可愛いな……。


 これで良かったんだ。初恋なんか実らなくても。


 優しい妻が居て、子宝にも恵まれた。


 祝福されている。


 幸せになれるんだ。私は)



「この子に名前をつけてあげて下さい」



 ベッドの上のイザベラが言った。



 彼女の顔には、出産の疲れが残っているようだった。



「私で良いのかな?」



「はい。もちろんです」



「実は……ずっと考えていたのだけど……。


 サレンというのはどうかな?」



「はい。素敵な名前だと思います」



 サレンの誕生から、二ヶ月が経った。



 ニトロは神殿騎士として王都を巡回していた。



 その時だった。



 イザベラらしき女が、見知らぬ男と歩いているのが見えた。



(イザベラ……?


 いや。彼女じゃあ無い。


 イザベラは今日は、家でゆっくりしている予定だと言っていた。


 だけど……)



 気がつけば、ニトロは女の後をつけていた。



 やがて二人は、裏通りにある建物に入って行った。



(何の店だ……?)



 少し間を置いて、ニトロは建物に足を踏み入れた。



 ニトロの瞳に、カウンターテーブルが映った。



 粗末な宿屋のようだ。



 ニトロはぼんやりと、そんなふうに考えた。



「いらっしゃい……」



 ニトロの顔も見ず、受付の男は愛想のない挨拶をした。



 その一瞬あとに、男はニトロをちらりと見た。



「ッ!」



 ニトロの顔を見た受付の男は、ぎくりとした顔を見せた。



「ニトロ……バウツマー……!


 くっ……!」



 受付はニトロに背を向けて、逃げ出そうとした



「動くな」



 ニトロの長剣が、受付の首に触れた。



 それで受付の男は動けなくなった。



「私がここに居ると、何やらまずいようだね。


 ここは何の店だ。答えろ」



「ヒッ……!」




 ……。




 店の個室の一つに、イザベラと男の姿が有った。



 イザベラは葉っぱに火をつけ、そこから立ち上る煙を吸った。



 煙の成分が、イザベラの気持ちを高揚させていった。



 彼女は甘えるような仕草で、男にしなだれかかっていった。



「ねぇ……早くぅ……」



「慌てんなよ。どんだけ溜まってんだ」



「だって……。


 アレのヘタクソなセックスじゃ、全然満足出来ないんですもの……」



「ぷっ。あはははははっ!


 かわいそうな旦那だな。


 愛する嫁は子供を放ったらかして、俺に夢中ときた」



「実はね、娘もアレの子供じゃないの」



「分かるのかよ?」



「分かるわ。目の色が違うもの。


 モングーザ。あなたの子よ」



(…………そうだったのか)



 扉1枚を隔てて、ニトロが通路に立っていた。



 二人の言葉を聞いて、ニトロは自分の脳が壊れていくような痛みに襲われた。



 部屋の外で耳を澄ましていたニトロは、二人が繋がるのを待って、部屋の扉を蹴った。



 ニトロはハイレベルの聖騎士だ。



 安い連れ込み宿の扉など、いとも簡単に吹き飛ばされた。



「きゃっ!?」



 室内にドアが転がったのを見て、イザベラが悲鳴を上げた。



「何だぁ!?」



 男、モングーザが、扉の方を睨んだ。



 ニトロが部屋に踏み入った。



 それが夫であると認識するまでに、イザベラは多少の時間を要した。



「あ……あなた……!?」



「やあ。イザベラ」



「あの、違うんです。これは……」



「ありがとう」



 ニトロは薄い笑みを浮かべて、妻に感謝を伝えた。



「え……?」


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