4の32「勝因と8人の聖女候補」



「メイルブーケ?


 魔剣の小僧のことですか?


 あの魔族がなにか……っ!」



 コーゼンは、アシュトーから少し視線をずらした。



 階段の方へ。



 アシュトーも、釣られて階段を見た。



「え……?」



 アシュトーが声を漏らした。



 そこにはちょうど階段を上がってくる、ヨークの姿が有った。



 コーゼンにとっては、ヨークたちは、罠に嵌めた相手だ。



 脱落は確定。



 そう思っていたのだろう。



 ヨーク一行がこの場に居ることが、信じられない。



 そんな顔を見せていた。



 アシュトーも、ヨークに呆然とさせられていた。



 ヨークがアシュトーを見た。



 そして、にやりと笑った。



「これで俺の勝ちだな」



 アシュトーからすれば、嫌味ったらしい勝利宣言だ。



 平常時の彼女なら、怒気を返していたかもしれない。



 だが今のアシュトーは、驚きから立ち直ることが、出来ないようだった。



「どう……して……?」



 アシュトーはかろうじて、短い疑問を口にした。



 ヨークが疑問に答えた。



「簡単なことだ。


 俺は階段を上らなかった。


 目くらましをして、元来た道を、全速力で逃げ帰ったのさ」



「言葉にすると、実にダサいのです」



 クリーンがそう言った。



 実際、通路を逆走するときのヨークは必死だった。



 目くらましが終わるまでに隠れなくては、作戦は破綻してしまう。



 だから、全力で逃げた。



 その様子は、傍から見ると、少し滑稽だった。



「うるせ」



 ヨークはクリーンに、短く言い返した。



 次に、まだ混乱がおさまらない様子で、アシュトーが口を開いた。



「けど……声が……!


 階段から、おまえの声が確かにした!」



「ほれ」



 ヨークはポケットに手を入れた。



 そこから小さな箱を、二つ取り出した。



 金属製の、平べったい箱だった。



 ヨークは箱の片方を、アシュトーに投げた。



 箱はアシュトーの手中におさまった。



「…………?」



 アシュトーはぼんやりと、手元の箱を見た。



 金属の箱には、いくつもの穴が有った。



 そして穴のところには、魔石が嵌められていた。



 それが遠話箱という魔導器であることを、アシュトーは知らなかった。



 リホの遺産、遠話箱は、商品化されなかった。



 だから、その存在を知る者は、ごく一部に限られていた。



「こんにちは~」



 ヨークは手元に残した遠話箱に、話しかけた。



 すると、アシュトーが受け取った箱から、ヨークの声が聞こえてきた。



「遠話箱って魔導器だ」



 そのときヨークの体を、木鼠がよじ登ってきた。



「それをコイツに運ばせた。


 氷狼で襲うと見せかけて、


 遠話箱を持った木鼠を、


 影に紛れさせた。


 木鼠が、階段に到着したタイミングで、


 遠話箱を使った。


 出し抜かれたと思ったおまえは、


 階段をガラ空きにしてくれたってワケだ」



「こんな隠し玉が……」



「悪いな」



「……舐めやがって」



 アシュトーはヨークに向かって、箱を投げ返した。



「下らねえゲームに勝ったからって、


 良い気になるなよ?


 テメェがひよったマネしやがったから……。


 その女は、聖女にはなれねえ」



 アシュトーはそう言って、クリーンを指さした。



「えっ?」



 急に話を振られ、クリーンは驚きを見せた。



「負け惜しみか?」



 ヨークが尋ねた。



「ハッ。だと良いがな。


 テメェが悔しがる顔を見るのが、


 楽しみだよ」



「俺、おまえに何かした?」



「今しただろ!?」



「そっか。ごめんな?」



「チッ……覚えとけよ」



 アシュトーは、ヨークから遠ざかっていった。



「……なあ、ミツキ」



 ヨークはミツキを見た。



 ヨークの表情は真剣だった。



 アシュトーの言葉が、心に引っかかっていた。



 彼女はどうして、クリーンが聖女になれないと言ったのか。



 ヨークには、その理由が分からなかった。



「俺、何か間違えたか?」



「あなたはあの場面を、


 良く治めたと思います。


 ですが……私が思っていた以上に……


 この試練は、形骸なのかもしれません」



「どういうことだ?」



 ヨークが疑問を発したそのとき……。





「あぐっ」




 階段の方から、呻き声が聞こえた。



 ヨークたちは、そちらへ視線を向けた。



 階段近くの光景を見て、クリーンが声を漏らした。



「あの子……!」



「…………」



 そこには、ユリリカと白蜘蛛の姿が有った。



 その足元には、聖女候補と守護騎士が、四人ころがっていた。



 ビヨール聖女候補と、リューゼ聖女候補。



 そして、リューゼ聖女候補の守護騎士たちだった。



「……?」



 異常を感じたコーゼンが、ユリリカに駆け寄った。



 そして彼女に尋ねた。



「何事ですか?」



 するとユリリカは、ケロッとした顔でこう答えた。



「正当防衛なのよ?


 彼女たちから襲いかかってきたの」



「ふむ。それなら仕方が無いですね」



「話が分かる理性的な人みたいで、ありがたいわ」



「彼女たちの始末は、


 我々でしておきましょう」



「よろしくね」



 ユリリカは、コーゼンから離れた。



 そしてヨークの方を見た。



 ヨークには、彼女の視線を無視することなどできなかった。



 ユリリカはゆっくりと、ヨークに近付いてきた。



 彼女の斜め後ろを、白蜘蛛が守っていた。



「…………」



 ユリリカが、ヨークの正面に立った。



 ヨークは彼女の言葉を待った。



「あなた、偽物でしょう?」



「はぁ?」



 予想外の言葉に、ヨークは呆れたような声を出した。



「馬鹿にしないでくれる?


 本物のヨークは、


 あなたみたいな弱虫じゃない。


 この私が眼の前に居るのに、


 逃げたりはしない。


 ……ねえ、本物のヨークはどこ?」



「……知りたいか?」



「教えて」



「試練で俺たちに勝ったら、教えてやるよ」



「へぇ…………………?


 楽しみ。


 ヒッ……ヒヒヒッ……!」



 ユリリカは狂気的な笑みを浮かべ、ヨークから離れていった。



 その背中を見ながら、クリーンが口を開いた。



「あの子、どうしちゃったのですか?」



「それだけ大事な物を……俺が壊しちまったんだろうな」



「あなたのせいではありませんよ」



 ミツキがそう言った。



「だと良いが」



「よしよし」



 クリーンは、ヨークの頭を撫でた。



「あ?」



「元気を出すのです」



「別に、元気無くは無いが」



「嘘つき」



「はぁ。勝手にしてくれ」



「うりうり」



 クリーンは、ヨークを撫で続けた。



 害は無い。



 ヨークはクリーンを、放置することに決めた。



「あっ」



 ミツキが口を開いた。



「ん?」



「7組目が来ましたね」



 ミツキが階段を見ながら言った。



 ヨークも同じ方向を見た。



「そうみたいだな。


 ……一人か」



 七人目、地味な格好の、三つ編みの聖女候補が、階段を上ってきていた。



 守護騎士は、ここまで辿り着けなかったらしい。



 聖女候補の姿だけが有った。



「あの……私は何番目でしょうか……?」



 その聖女候補、シデルは、1番近くに居た神官に声をかけた。



 神官は、シデルの手首を見た。



 彼女の腕輪の魔石は、健在だった。



「7番目ですよ。お疲れ様でした」



「はい。ありがとうございます」



 シデルの腕から、ぽたりと血が垂れた。



「怪我をしているようですね。今治療します」



「あっ、結構です。私も治癒術は使えるので」



「そうですか? 無理はしないで下さいね」



「はい」



 シデルはぺこりと頭を下げ、階段がわの壁ぎわに移動した。



「サレンたちは?」



 試練をクリアした七人の中に、サレンの姿は無かった。



 クリーンは、心配そうな様子を見せた。



 次にミツキが口を開いた。



「まだのようですね」



「だいじょうぶでしょうか……?」



「ニトロさんが居るんだ。


 滅多なことにはならんと思うが」



「け、けど、もう最後の1組ですよ?」



「心配か?」



「そうですけど。わ、悪いですか?」



「よしよし」



 ヨークはクリーンの頭を撫でた。



 払いのけられた。



 それから一行は、最後の1組が来るのを、じっと待った。



 そして……。



「サレン!」



 階段から、サレンの姿が現れた。



 サレンの両隣には、ニトロとサッツルの姿も有った。



 とくに傷を負っている様子は無い。



 腕輪の魔石も健在だった。



 三人とも無事に、ここまでたどり着けたようだ。



「クリーンさん」



 サレンがクリーンを見た。



「良かったのです!」



 クリーンは、サレンに駆け寄って抱きついた。



「あっ……」



 ストレートな感情表現に、サレンの耳が赤くなった。



 サレンに抱きつきながら、クリーンがこう言った。



「サレンで8組目なのです。心配したのですよ」



「すいません。ご心配をおかけしたようで」



「ううん。私が勝手に心配していたのです」



「ありがとうございます」



 クリーンはサレンから離れた。



 そしてこう言った。



「次の試練も頑張りましょう」



「はい」




 ……。




「さて……」



 大神官バークスが、広間の中央に移動した。



 そして、明瞭な発音で言った。



「八人の聖女候補の到着が


 確認されました。


 今この時をもって、


 第2の試練を終了とさせていただきます。


 それでは、第3の試練の説明へと、


 移らせていただきます」



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