4の30「ユリリカと白蜘蛛」


「違うわ。


 私はユリリカ=サザーランド。


 お姉ちゃんじゃない」



 そう言った少女は、落胆したような表情を見せた。



 そしてさらに言葉を続けた。



「人の見分けもつかないのね。


 あまり頭は良くないみたいね」



「先に進みましょう! イーバ様!」



 トリーシャが口を開いた。



「あのようなモノの、相手をしてはなりません!」



 ユリリカは異常だ。



 ひとめ見れば、それは分かった。



 関わっても良いことは無い。



 それがトリーシャの判断だった。



「え、ええ。そうね。


 勝負は預けたわよ!」



 イーバも同じように思ったらしい。



 イーバたちは、ユリリカやクリーンに背を向けた。



 そして全速力で駆け去っていった。



 残ったのは、ヨークたち三人と、ユリリカ。



 それにユリリカの同行者である、白ローブの人物。



 そして……。



「この子は


 あなたの知り合いなのですか?」



 クリーンがヨークに尋ねた。



「いや。初対面だ。


 それより……。


 その、おまえの相棒が、


 引きずってるモンは何だ?」



 ヨークの視線は、ユリリカの相方である白ローブの人物へと向けられていた。



 正確には、彼女の右手に。



「う……うぁ……」



 白ローブの手には、聖女候補ビヨールの首が掴まれていた。



 ビヨールの頬は、腫れ上がっていた。



 折れた鼻からは血が流れ、腕や脚は、無残に砕かれていた。



 死に到る拷問を受けたような、酷いありさまだった。



「ああ……」



 ユリリカは、ビヨールを横目で見た。



 そしてヨークに視線を戻して言った。



「誤解しないでくれる?


 正当防衛なのよ。これでも。


 置き去りにするのもアレだから、


 連れて来てあげたの。


 彼女、おとなしい顔して、


 人をいたぶるのが趣味なんですって。


 いきなり襲ってきたから、


 びっくりしちゃった。


 けど、白蜘蛛の敵じゃあ無かったわ。


 ク……フフッ……ヒヒヒヒヒヒッ!」



「白蜘蛛?」



「ええ。姿を見せてあげなさい」



 ユリリカが白ローブの人物に言った。



 すると白ローブの人物が、ローブを脱ぎ捨てた。



 ローブの下の姿が、ヨークの視線に晒された。



(黒蜘蛛? いや……)



 その姿は、ヨークがかつて戦った相手に酷似していた。



 全身が、甲冑で覆われている。



 黒蜘蛛と同様に、その中身はうかがいしれない。



 明確な差異は、甲冑の色が、正反対の白だということ。



 そして黒蜘蛛よりも、少し身長が低かった。



「そいつは何だ?」



 ヨークの疑問にユリリカが答えた。



「見れば分かるでしょう?


 白蜘蛛は、黒蜘蛛の後継機よ」



「……それで? 俺に何の用だ?」



「あなたを倒すわ」



「いまさら、やり返しに来たのか」



「違うでしょう?


 あなたが、あなたの方が、


 ここに来てしまったのよ。ねえ。


 黒蜘蛛をたおしたアナタが、


 どうしてここに居るの?」



「……成り行きだ」



「ただの成り行きで、


 この私とあなたが出会う。


 そんなことが有るかしら?


 それって、運命だわ」



「勝手に決めんな。


 ……俺を、憎んでるのか?」



「ええ。ええ! とても!


 黒蜘蛛は……私たち姉妹の夢だった。


 希望だった。未来だった。


 部外者のあなたには、分からないでしょう。


 だけど、私たちには全てだったのよ。


 それをあなたは……一刀両断に斬り捨てた……!」



「あれは……」



 望んでやったことでは無い。



 言いかけた言葉を、ヨークは飲み込んだ。



 ヨークは黒蜘蛛を斬った。



 その結末は、どう言い繕っても、変わることは無い。



 ヨークが何を言っても、眼前の少女が救われることは、きっと無いだろう。



「分かってるわ。


 これが逆恨みだってことくらい。


 お姉ちゃんも言ってたわ。


 ヨークを恨んではいけないって。


 彼は良い人で、被害者だから。


 巻き込まれて戦っただけの人だから。


 時が経てば……あなたを許せると思っていたのに……。


 あなたがつけた傷も、時が癒やしてくれる。


 そう思っていたのに……。


 あなたは、黒蜘蛛をたおした剣を持って、


 私の前に立ってしまった。


 ヨーク……ブラッドロード……。


 あなたが来るのが早すぎたのよ。


 もう……気持ちが抑えきれないの。


 強く美しく、善良なあなたを、


 私のけがれた想いでたおす。


 ヒ……。


 ヒヒヒヒヒヒヒヒイイイイイイイイイイイイイィィィッ!」



 ユリリカは笑った。



 その笑い声は、悲鳴に似ていた。



 ユリリカの想いに呼応し、白蜘蛛が前に出た。



 白蜘蛛の手には、杖が握られていた。



 見覚えの有る、黒い杖だ。



 黒蜘蛛が使っていた杖だ。



 ……白蜘蛛が、地面を蹴った。



(速……!)



 あっという間に、白蜘蛛とヨークの距離が詰まった。



 白蜘蛛が、ヨークへと杖をふるった。



 白蜘蛛から見て、右から左へ。



 今のヨークのレベルは、黒蜘蛛と戦った時の、3分の1ほどしか無い。



 黒蜘蛛の同類を相手にするには、パワー不足だった。



 ヨークはかろうじて、白蜘蛛の攻撃を受け止めた。



「ぐうううっ!?」



 魔剣と杖が、ぶつかりあった。



 ヨークの体が弾き飛ばされた。



 その先には、迷宮の壁が有った。



 ヨークは壁に衝突した。



 ぴしり。



 腕輪の魔石に、小さなヒビが入った。



 ヨークのダメージを、肩代わりした代償だった。



「え……?」



 ユリリカはヨークの有様を、意外そうに見た。



「ヨーク!? だいじょうぶなのですか!?」



 クリーンがヨークに声をかけた。



「怪我は無い」



(とはいえ……このレベルで接近戦は無理だな……)



「弱い……?」



 ユリリカは呟いた。



「ヨーク=ブラッドロードが弱い……?」



 黒蜘蛛を倒したヨークが、あっけなく弾き飛ばされた。



 その事実が、ユリリカを困惑させているようだった。



「そっか……。


 手加減してるのね?」



 自分の中で答えを見つけたユリリカは、口の端を吊り上げた。



 間違っている。



 見当外れの答えだ。



 ヨークには、手加減をしている余裕など無い。



(弱くて悪かったな)



 ヨークは内心で、そう毒づいた。



「白蜘蛛! 彼に本気を出させて!」



「…………」



 白蜘蛛は、ユリリカに忠実だった。



 再び地面を蹴り、ヨークへと向かった。



「……!」



 その進路を、ミツキが阻んだ。



 それに対し白蜘蛛は、杖を水平に振った。



「ハッ!」



 ミツキは大剣で、白蜘蛛の攻撃を受け止めた。



 その動きは、いつもよりも鈍い。



 大剣の重量を、扱いかねているようだった。



 だが、2度3度と重ねられる攻撃を、なんとか受けきった。



「この剣なら……!」



 以前の戦いでは、剣を折られた。



 今回、剣の強度だけは十分だ。



 ミツキには、そのように思われた。



「フッ!」



 体勢を立て直したミツキが、反撃の横振りを放った。



「…………!」



 白蜘蛛は回避のため、後ろへと跳躍した。



 そのとき……。



「樹縛」



 ヨークが呪文を唱えた。



 地面から、細い木々が現れた。



 木々は白蜘蛛に絡みついた。



「あっ……!」



 ユリリカが声を漏らした。



 白蜘蛛はヨークの呪文によって、拘束されてしまった。



「その程度っ!」



「…………!」



 ユリリカの言葉に答えるように、白蜘蛛は四肢に力をこめた。



 木々を引きちぎり、即座に拘束から脱出した。



「ミツキ下がれ!」



「はい!」



「樹殺界!」



 ヨークは呪文を唱えた。



 彼の剣先は、白蜘蛛へと向けられていた。



 剣先から、大量の樹木がほとばしった。



 さきほど白蜘蛛を拘束した木々よりも、太く鋭い。



「白蜘蛛!」



「…………!」



 白蜘蛛は、杖で木々を殴りつけた。



 迫る樹木を、次々に粉砕していった。



 やがて、押し寄せる樹木が消滅した。



 白蜘蛛は、ヨークの呪文を防ぎきった。



 無傷だった。



「さあ! 次……は……」



 樹木が消え、ユリリカの視界が開けた時……。



 ヨークたちの姿は、無くなっていた。



「え…………?」



 ユリリカは、呆然と声を漏らした。



 ヨークたちは、ユリリカたちを残し逃走していた。



「逃げ……た……?


 ヨーク=ブラッドロードが逃げた……?


 そんなはず無い……。


 ヨークは強くて……綺麗で……勇気が有って……。


 お姉ちゃんが認めた英雄なんだッ!!!!!


 逃げるわけ無い……。


 ヨークが逃げるわけ無いのに……。


 ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない」



 ユリリカは、ぶつぶつと呟きながら、自身の頬をひっかいた。



 爪が肌を裂き、頬からは血が流れた。



「……………………。


 ニセモノ?


 どこ……? 本物のヨークは……。


 キッ……ヒヒヒッ……


 キヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィッ!」



 ユリリカの笑い声が、迷宮にこだました。



 そのほんの少し後。



「あの……」



 悲鳴を聞きつけて、他の聖女候補が近付いてきた。



 彼女はユリリカに対し、心配そうに声をかけた。



「だいじょうぶですか?


 その、悲鳴が聞こえたの……で……」



 彼女、リューゼはそう言いながら、ユリリカの近くの地面を見た。



 そこにビヨールの姿が有った。



 彼女は痛めつけられ、グチャグチャになっていた。



「ひっ……!?」



 リューゼは小さく悲鳴を上げた。



「ぁ……魔獣に……襲われたのですか?」



「ああ。その子? 違うわ。


 それは私たちがやったの。


 正当防衛なの。襲ってきたから」



 そう言ってユリリカは、リューゼに近寄ろうとした。



「ッ! 近寄らないで!」



 リューゼは身構えて、ユリリカから距離を取った。



「どうして?


 私、あなたに聞きたいことが有るのに」



「私には、あなたと話すようなことは有りません!」



 ビヨールの怪我は、正当防衛などというレベルでは無い。



 ユリリカは、弱者を痛めつける悪党だ。



 リューゼはそう判断したようだ。



 彼女は剣を構え、ユリリカへと向けた。



「…………」



「…………」



 彼女の守護騎士たちも、同様に剣を構えた。



「そう。残念」




 ……。




 30秒後、リューゼたちは地面に倒れていた。



 腕輪の魔石は、三つとも砕けてしまっていた。



「…………」



 沈黙したリューゼを、ユリリカが見下ろした。



「気絶しちゃったみたいね。


 ヨークのこと知ってるか、聞きたかったのに……。


 それにしても、試練だからって、


 いきなり襲いかかってくるなんて。


 聖女候補って、野蛮な人ばっかりね」


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