4の1の2「謎の少女と置き土産」




 リホがヨークたちの元を去って、2日目の朝。



 ヨークは下着姿で、ベッドから起き出した。



 そのとき……。



「っ……!?」



 ヨークの全身が、驚きで、びくりと震えた。



「……………………」



 いつの間に、そこに居たのか。



 部屋の中に、赤い肌の少女が立っていた。



 その肌色は、少し赤っぽいなどという程度ではない。



 純粋な赤だった。



 そのような肌色を、ヨークは今まで、見たことが無かった。



 彼女の長い髪は、肌よりも鮮烈な、鋭い赤色をしていた。



 服装は、王都の流行からは外れていた。



 民族衣装のようだが、ミツキが着ていたものとは、また趣が異なっていた。



 ミツキの鮮やかな衣装に対し、少女の衣装の色合いは、素朴だった。



 体の肉付きは良い。



 太っているわけでは無いが、女性の象徴的な部分が、はっきりと膨らんでいた。



 好色な男が好みそうな体つきだった。



 彼女のことを、ヨークは今日、初めて見た。



「誰だ……!?」



 驚きが去り、警戒心がやってきた。



 ヨークは不法侵入者を、睨みつけた。



「…………」



 少女はヨークの方を見た。



 彼女は瞳だけは、彩度の高い青色をしていた。



 2人の目が合った。



 だが、少女はどこか、遠い所を見ているようにも感じられた。



「おそらくは、これで3度目。


 今度こそ、うまく行くと良い。


 そう思っていたのですが……。


 まさか、ヨーグラウが魔族だったとは……」



 少女は何かを呟いた。



 いったい何を言っているのか。



 ヨークには、理解が出来なかった。



「……!?」



 ヨークは目を見開いた。



 少女の体が、半透明になっていた。



 少女は徐々に、透明さを増した。



 そして、最後には見えなくなった。



(スキル? 呪文? それともまさか……)



「幽霊……?」



 ヨークは少女が居た位置へ、歩いていった。



 ヨークの視界が、寝室の床に、見覚えの無い物を捉えた。



 金属質のその物体は、魔弾銃のように見えた。



(どうなってる……?)



「ミツキ」



 ヨークはミツキに呼びかけた。



 ミツキはまだ、ベッドで目を閉じていた。



「なあ、ミツキ」



 ヨークは再びミツキを呼んだ。



 普通なら、寝かしておいてあげたいところだ。



 だが今のヨークは、それどころでは無かった。



「んぅ……?」



 ミツキは眠そうに、上体を起こした。



 そして、周囲をきょろきょろと見回した。



 2つのベッドの間に、自分の下着を見つけると、それを拾い上げた。



「どうしました? ごしゅ……ヨーク」



 ミツキは下着を身に着けながら、ヨークに問いかけた。



「幽霊って信じるか?」



「そう言われましても、


 まずは幽霊の定義を


 ハッキリさせてくださらないと。


 定義すら定まらないモノの


 実在の是非を論じるのは、


 不毛ですよ。


 あなたの言う幽霊が、


 ウンペケットモモラーマを指すのであれば、


 それは実在しますが」



「何だそりゃ」



「眠いのでテキトーです」



「これ」



「ちょっと待って下さい」



 ミツキは下着の上に、薄い部屋着を身にまとった。



 そして、軽く帯を締め、ヨークに近付いていった。



 ヨークは床から、魔弾銃らしきモノを拾い、ミツキに見せた。



「魔弾銃ですか? それは」



「さあな。


 ……赤い女が居て、消えて、


 これが置いてあった」



「はあ。


 ひょっとして、その赤い女というのは、


 ヨークの幻覚なのではないでしょうか?」



「だったら、この魔弾銃っぽいモノも、幻覚か?」



「リホさんが置いていったとか……」



「何のために?」



「さあ……?」



 黙って置いていく理由が、有るのだろうか。



 ミツキには、それが疑問だった。



 だが、他の誰かというのも、考えづらかった。



「置き土産かもしれませんね」



 深く考えるのも、面倒だ。



 ミツキは雑に、結論を出した。



「……そうか。


 銃とか使わねーんだけど」



「とりあえず、『収納』しておきますね」



「ああ」



 ヨークはミツキに、魔弾銃を渡した。



 ミツキはそれを、スキルで『収納』した。



 それきり、二人の意識から、魔弾銃のことは消えた。



 ミツキはヨークの、すぐ前に立った。



 そして、彼の肩に手を乗せ、背伸びをした。



 それからヨークに軽くキスをすると、彼の胸に体重を預けた。



「今日は何をしますか?」



「ん~」



 考えながら、ヨークはミツキの獣耳を撫でた。



 ミツキの尻尾がぱたぱたと揺れた。



「昨日はサボっちまったし、


 今日はマジメにやるか」



「……そうですか」



 ミツキの尻尾が動きを止めた。



「リホのこと、


 エボンさんには話しといた方が良いよな」



「そうですね」



「……腹減ってるな。俺」



「昨日はジュースとお酒しか、


 口にしてませんからね」



「そうだっけ?」



「はい」



「食欲って、案外忘れられるもんだな」



「飽食の時代ですね」



「それじゃ、メシ食って、


 エボンさんの店に行くってことで」



「その後は?」



「ラビュリントスで良いだろ」



「……そうですね。


 その前に、体を洗った方が良いですよ」



「臭う?」



「そうですね。


 その匂いは、ちょっとよろしく無いです」



「そんなにか」



「クラクラしてしまいますよ」



「そこまで?」



 二人はお風呂に入った。



 そして身だしなみを整えると、1階に降りた。



「おはようございます」



 カウンターの周辺に、サトーズの姿が見えた。



 彼は手に、箒を持っていた。



 掃除をしているようだった。



「おはよう」



「おはようございます」



 ヨークとミツキは、サトーズに挨拶を返した。



 次にサトーズは、こう尋ねてきた。



「リホさんは? 作業中ですか?」



「リホは、出ていった」



「……そうですか」



 ヨークたちの事情に、サトーズは立ち入ってこなかった。



 話題を切り替えて、こう尋ねてきた。



「朝食はどうされますか?」



「いただきます」



 二人は宿の食堂で、朝食を済ませた。



 食事が済むと、二人は外に出た。



 そして通りを歩き、エボンの店に向かった。



 店に入ると、エボンの姿が見えた。



 エボンはすぐに、ヨークたちに気付いた。



 ヨークより先に、エボンが口を開いた。



「ん? 今日はリホの嬢ちゃんは、


 一緒じゃ無いのか?」



「……ああ」



「どうした?


 一昨日はべつに、


 怪我とかは無かったんだろ?」



「実はリホさんは、


 大手の魔導器工房の、


 スカウトを受けることになりました。


 ですから、魔導器のフレームを作っていただくのも、


 お仕舞いになります」



「そうか。残念だな。


 ……いや。前金は貰ってるんだ。


 別に文句は無いぜ?


 ただ、面白いモンを作る嬢ちゃんだったからな」



「……そうですね。


 それと、別件が有るのですが」



「何だ?」



 ミツキはスキルを使用した。



 ミツキの手中に、折れた大剣が落ちてきた。



「折れました」



「えっ……。


 折っちまったのか……? コイツを……」



「見ての通りです。


 もっと頑丈な物を、


 売ってもらえませんか?」



「……ムチャ言うな」



「そうですか? それでは、別の店に……」



 ミツキはエボンに対し、率直な失望を見せた。



 黒蜘蛛に武器を折られ、負けた。



 実際は、治癒術を酷使すれば、もう少しは戦えただろう。



 だが、それをヨークに止められる程度には、醜態を晒していた。



 武器が強ければ完勝出来た……などとは言わない。



 それでも事実として、黒蜘蛛の杖の方が、頑丈だった。



 あの戦いでは、武器の性能差が、顕著に出ていた。



 武器が脆いせいで負けるなど、冗談では無かった。



 エボンの人柄は、嫌いでは無い。



 しかし、望む武器を用意できない武器屋になど、用は無い。



 ミツキはシビアにそう考えていた。



「待て待て待て。別に俺の腕が悪いわけじゃねえぞ?」



 失望を目の当たりにしたエボンは、慌ててミツキを呼び止めた。




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