3の22「鉄と爆炎」



「破壊しなかっただけ、慈悲深い。


 そう思ってもらいたいものだが」



「思うわけ無いっス」



 憎まれ口を叩いた後、リホは疑問の言葉を続けた。



「ここは……社長の家っスか?」



 遠話箱の向こうには、ヨークとミツキが居る。



 二人は決して自分を見捨てない。



 必要な情報さえ引き出せれば、きっと助けに来てくれる。



 リホはそう信じていた。



「そうだが?」



 イジューはリホの質問に、素直に返答した。



「そうなんスね。


 ここは……社長の家の、地下牢」



「…………待て」



 イジューの表情に、固さが増した。



「不合理だ。


 今……そういう会話の流れだったか?」



「……なんの話っスか?」



「おまえに、人を騙す才能は、無い」



「はぁ。それが?」



「さっきの箱は、本当に計算箱か?


 ……黒蜘蛛、箱を奪え」



「…………」



 黒蜘蛛は、リホに歩み寄った。



 イジューの命令どおりに、リホから箱を奪おうとした。



 リホは抵抗しなかった。



 どうせ、黒蜘蛛には勝てない。



 呆気なくさらわれた時点で、それは分かっていた。



 黒蜘蛛は、遠話箱を手中に収めた。



「寄越せ」



「…………」



 黒蜘蛛は、イジューに箱を差し出した。



 イジューは箱を受け取った。



 そして、顔に近付けて、観察した。



「遠話箱というやつか」



「…………!」



 箱の正体を見抜かれ、リホの表情がこわばった。



 イジューは箱を見ながら、言葉を続けた。



「おまえの図面に有った。


 まさか……実用化されているとはな」



「ウチの図面、ちゃんと読んでたんスね」



「仕事だからな」



 イジューは、遠話箱の魔石を押した。



 ヨークたちとの遠話が、断たれた。



「……それで?


 ここの場所が分かっても、


 衛兵は動かんぞ」



「はなから衛兵なんて、


 当てにして無いっス。


 ブラッドロードは、


 ウチを決して見捨てないっス」



「ブラッドロード?


 商会……。いや……。


 ヨーク=ブラッドロードか。


 マレル家の長子を、殺したという」



「マレル?


 ちょっと前に騒動を起こした、


 公爵家っスか?


 ……ううん。それよりおまえ、


 ブラッドロードを知ってるんスか?」



「噂程度にはな。


 まさか……付き合っているのか?


 その男と」



「べつに……。ただのお友だちっス」



「……そうか。


 それで?


 その男が、今からここに来ると?」



「そのとおりっス」



「豪気なものだな。


 ただの友人を助けるために、


 死にに来るとは」



「ブラッドロードは強いっス!


 おまえなんかに負けないっス!」



「なるほど。それは怖い。


 それなら、話してもらおうか。


 ヨーク=ブラッドロードという人物の、


 手の内を、弱点を」



 イジューは首輪を手に、リホに近付いて行った。



 リホを、奴隷にするつもりだった。



 イジューの手中の首輪が、リホの首へと伸びた。



「嫌っ……!」



 嫌悪感から、リホは両手でイジューを突いた。



 リホの手の平が、イジューの胸を打った。



「ぐあ……!?」



 イジューは吹き飛ばされ、地面に転がった。



 それを見た黒蜘蛛は、即座にリホに手を伸ばした。



「…………」



「あうっ……!」



 リホの手首が掴まれた。



 リホは、腕を背中側に回され、拘束された。



「ぐっ……ごほっ……」



 イジューは、苦しそうに立ち上がった。



 そして、クリスティーナに命じた。



「サザーランド。回復を」



「…………」



 クリスティーナは、不機嫌そうな顔で、イジューに歩み寄った。



 そして、無言でイジューに触れた。



「風癒」



 クリスティーナは、呪文を唱えた。



 イジューは、薄緑色の光に包まれた。



 イジューの体が、徐々に癒えていった。



 体調を取り戻したイジューは、リホの前へと歩いた。



 リホは、黒蜘蛛にしっかりと拘束され、動けなかった。



「驚いた。大した力だ。


 パワーレベリングを


 してもらったというわけだ。


 ブラッドロードに」



「まさか。


 ウチの魔導器の力が有れば、


 迷宮くらい、ちょちょいのちょいっスよ」



「まったく……。


 ただの泣き虫だと思っていたのが、


 逞しくなったものだ」



「気持ち悪いこと、


 言わないでもらえるっスか?


 それよりも……。


 コイツ、何スか?」



 リホは体をひねり、視線を背後に向けた。



 リホの瞳が、黒蜘蛛へと向けられた。



「何……というのは?」



「コイツの手足の動き、


 人間じゃ無いっス。


 うまく似せてるけど、別物っス。


 アンタら……いったい何を


 作ったんスか……?」



「……………………」



 クリスティーナの眉が、ぴくりと動いた。



 イジューに意識を向けていたリホは、そのことに気付かなかった。



「お察しの通り、ソレは魔導器だ。


 サザーランドの、


 最高傑作といったところかな」



「なるほど。


 相変わらず、ウチの理解の、


 遥か上を行く女っスね。


 サザーランド……。


 せんぱい。


 ウチは……おまえに勝ちたかったっス」



「…………」



 クリスティーナは何も答えなかった。



 首輪の力が、彼女の口を封じている。



 あるいは、口を開けたとしても、彼女は何も言えなかったかもしれない。



「無駄話は、そこまでだ」



 イジューはリホに、首輪を嵌めようとした。



 今度は黒蜘蛛のせいで、抵抗ができなかった。



 がちりと。



 リホの首に、奴隷の首輪が嵌められた。



「っ……!」



「話してもらうぞ。


 ブラッドロードとやらの事を」




 ……。




 ヨークとミツキは、ドミニ魔導器工房の、正面口から出てきた。



「穏便に話してもらえて、良かったですね」



 ミツキはスキルを用い、大剣を『収納』した。



 彼女は工房の人たちに、ちょっとした事情聴取を行っていた。



 彼らは快く、ミツキの質問に答えてくれた。



「ああ」



 ミツキは王都の地図を、ヨークに見せた。



 そして、2点を順番に指し示した。



「ここが、イジュー=ドミニの本邸。


 そして、こちらが別荘です。


 どちらへ向かいますか? ヨーク」



「そうだな……。


 二手に分かれるってのは、どうだ?」



「分かりました。


 私はどちらを担当しましょうか?」



「本邸を頼む。


 別荘の方が、クサい気がする」



「クサい……ですか?」



「リホは、地下牢に居るって言ってただろ?」



「はい。それが?」



「ちょっとでも、良心とか危機感が有るなら、


 自宅に地下牢なんざ、


 作りたくない気がするんだよな」



「良心と危機感が有るのなら、


 誘拐などしないと思うのですが」



「かもな。


 ……とにかく、俺は別荘に行く」



「了解しました。本邸はおまかせ下さい」



「無理はするなよ?


 危ないと思ったら、俺と合流しろ」



「こちらのセリフなのですが?」



「そうか? 行くぞ」



「はい」



 二人は、魔導器工房の屋根に、跳躍した。



 そして、別々の方向へと、跳び去っていった。




 ……。




 数分後。



 ミツキはイジューの本邸に、辿り着いた。



 慎重に、気配をうかがいながら、彼女は敷地へと侵入していった。



 やがてミツキは、玄関が見える位置にまで来た。



 庭木の裏から、ミツキは邸宅を観察した。



 玄関前に、一つの人影が見えた。



 その人物は、ミツキと同じく、フード付きローブを身にまとっていた。



 そして、大きめのフードを、深めにかぶっていた。



 そのせいで、顔はよく見えなかった。



(見張り……。


 まずは……あれを落とす)



 ミツキは、側面から素早く、人影に襲い掛かった。



 そして、背後へと回り込んだ。



 そのまま首に腕をかけ、絞め落とそうとした。



 そのとき……。



「なっ!?」



 逆に相手の方が、ミツキの腕を掴んできた。



 凄まじい握力だった。



 ミツキは、首を絞めた体勢のまま、動けなくなった。



(この感触……人の体では無い……!?)



 ミツキがもがくと、相手のフードが外れた。



 現れたのは、人間の顔では無かった。



 デッサン人形のような、のっぺらぼうの頭部だった。



 ミツキが人だと思っていたのは、人では無かった。



 鉄の人形だった。



 そして……。



 鉄人形が、赤く輝いた。



(まずい!?)



 ミツキは、鉄人形から離れようとした。



 だが、腕をがっしりと掴まれて、動けなかった。



「…………!」



 閃光。



 そして、爆発。



 鉄人形を中心に、爆炎が広がった。



 炎はミツキの全身を、包み込んだ。



「ぐ……ぁ……」



 爆炎が消え、ミツキの姿が現れた。



 彼女は、軽い火傷を負っていた。



 この程度で済んだのは、高いクラスレベルのおかげだろう。



 その証左として、純白だったローブは、見る影もなく焼け焦げていた。



 下の衣服にまで穴が空き、乳房や太腿が、姿をのぞかせていた。



 自爆した鉄人形は、粉々に、爆発四散していた。



 だが、ミツキを掴んだ手だけが、その姿を残していた。



 ミツキは、腕にくっついている鉄の手を、引きちぎった。



 そして、強く地面に叩きつけた。



 鉄人形の手は、粉々に砕け散った。



「よくも……」



 ミツキはボロボロになったローブを見て、言った。



「よくもよくもよくもよくも……!


 ご主人様に買っていただいた……私のローブを……!」



 ミツキの顔が、憤怒に染まった。



 だが……。



「…………違う」



 ミツキは理性をもって、その怒りを抑え込んだ。



「私程度のことは、どうでも良い。


 冷静にならないと」



 ミツキは深呼吸をして、気持ちを落ち着けた。



 そして、邸宅の方を見た。



 爆発のせいで、玄関周りはボロボロになっていた。



「…………」



 ミツキは歪んだ扉を、蹴破った。



 そして、玄関ホールの様子をうかがった。



 中に、人影らしきものは、見えなかった。



 ミツキは呪文を唱えた。



「命視」



 生き物の反応を、探知する呪文だった。



 ミツキの呪文では、邸宅の中に、人の気配は感じられなかった。



(こっちはハズレでしょうか……?)



 ミツキはそう考え、鉄人形の破片を見下ろした。



 ただの警備に用いるような代物では無い。



 侵入者を予期し、殺害を意図して、配置された物。



 ミツキには、そのように見えた。



(この対応……。


 敵は、こちらがやって来ることを、


 既に知っている。


 早く、ご主人様と合流しなくては。


 ご主人様は……私よりも脆い)



 ミツキは急ぎ、焼けた衣服を脱いだ。



 裸になると、スキルで着替えを取り出して、着用した。



 そして、脱いだ衣服を、スキルで『収納』した。



 着替えが終わると、ミツキは駆けた。



 ヨークと合流するため、イジューの本邸から離れていった。



 後には、鉄クズだけが残されていた。



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