3の21「監禁と手がかり」



 ミツキはスキルを用い、王都の地図を取り出した。


 そして、それをテーブルに広げた。



「リホさんが、どの辺りで消息を絶ったのか、分かりますか?」



「分かんねえ。


 大通りのどれかを


 通ったはずだが……」



 そのときエボンが口を開いた。



「嬢ちゃんは、


 この店から出発したんだ。


 店は通りに面してる。


 それをわざわざ、


 東西に反れた確率は低い。


 そうだろ?」



「確かに」



 ミツキはエボンの言葉に、納得した様子を見せた。



 次にヨークが口を開いた。



「ああ、それと……


 遠話が途切れる前に、


 人通りが少なくなってきたって言ってたな」



「すると……この辺かな?」



 エボンは、地図の一点を指差した。



「そこは?」



 ミツキが尋ねた。



「この通りは、


 ここで三つに分かれるんだ。


 それで、中央の通りは、狭くて薄暗いんで、


 あんまり人が通らねえ」



「なるほど。


 では、この辺りを中心に、


 目撃証言を集めることにしましょう」



「分かった」



 そのとき。



「ん……?」



 エボンは、何かに気付いた様子だった。



 それを見て、ヨークが尋ねた。



「どうした?」



「これ、ウチのじゃねえな。


 ボウズのか?」



 エボンは、テーブルから何かを拾った。



 そして、それをヨークに見せた。



 ぎらぎらと赤い。



 魔石だった。



 その石は、ナイフの形に加工されていた。



 そして根本には、柄が取り付けられていた。



「いや。俺のじゃないが。ミツキのか?」



 イシに見覚えが無かったヨークは、ミツキにそう尋ねた。



「いえ。そもそも、何なのですか? それは」



 魔石とは、繊細なものだ。



 乱暴に扱っても、良いことは無い。



 普通は、ナイフにはしない。



「魔剣に似てる。短いが」



「ウチは魔剣は作らねえぜ。


 材料が無いし、


 そもそも作り方も分からねえ」



「作り方を知らない?


 剣を作ってるのに?」



「悪かったな。


 言っとくが、


 この王都で魔剣を作れるなんて奴、


 見たことが無いぜ」



(それじゃあ、魔剣ってのは、誰が作ってるんだ?)



 ふと浮かんだ疑問を、ヨークは断ち切った。



(いや……。今はリホを探さないと)



「この……魔石ナイフ?


 リホさんの物でしょうか?」



「そういや、コソコソ何か作ってたよな」



「そうか。


 それじゃ、無事に嬢ちゃんを見つけたら、


 渡しといてくれや」



「わかった」



 そう言ってヨークは、魔石ナイフをポケットに入れた。



「気をつけてな」



「はい。ありがとうございます」



 二人はエボンに見送られ、早足で工房を出た。



 そして、北へと足を向けた。




 ……。




「う……」



 リホは目覚めた。



 彼女の体は、簡素なベッドに横たえられていた。



 リホは上体を起こし、周囲を見た。



 彼女は、白い床と壁に、囲まれていた。



 彼女がいま居るのは、屋内らしかった。



 リホを囲う四面の一方に、鉄格子が見えた。



 それでここが、牢屋だと分かった。



「っ……!?」



 リホは、ベッドから飛び降りた。



 そして、鉄格子に駆け寄った。



 鉄格子の開口部を、扉が塞いでいた。



 リホは鉄扉を、押し引きした。



 当然だが、鍵がかかっていた。



 扉は開かなかった。



 リホが居る牢屋は、通路に面していた。



 通路は、リホから見て右側へと伸びていた。



「目が覚めたか」



 リホの右方から、男の声が聞こえてきた。



 リホは、鉄格子の隙間から、声の方を見ようとした。



 やがて、イジューと二つの人影が、近付いてくるのが見えた。



 イジューは手に、一辺40センチほどの、布袋を持っていた。



 イジューは牢屋の正面に立った。



「社長……! それに……」



「…………」



「…………」



 イジューの背後に、クリスティーナと、黒鎧の人物が立っていた。



 リホは、クリスティーナを睨みつけた。



「サザーランド……!


 おまえもグルっスか……!」



「…………」



 リホの言葉に、クリスティーナは答えなかった。



 ただ、苦々しい顔をしていた。



「なんとか言ったらどうっスか……!」



「彼女は今、話せない」



 クリスティーナの代わりに、イジューがリホに答えた。



「…………?」



 それを疑問に思ったリホは、クリスティーナを観察した。



「…………!」



 リホはクリスティーナに、首輪がはめられている事に気付いた。



「奴隷の首輪……!?」



 リホの口から、驚愕の言葉が漏れた。



「そういうことだ。


 彼女には、私の計画のため、


 協力してもらうことになった」



「おまえはおしまいっス!


 第3種族以外の奴隷化は、


 重罪っス!」



「そうだな。


 法律は、そうだ。


 ……だがな、ミラストック。


 これくらいのこと、


 王都の金持ちなら、


 誰でもやっていることだ」



「は……?」



 開き直ったイジューの言葉。



 リホは、間の抜けた声を上げた。



「衛兵が動かず、


 裁判が開かれなければ、


 罪は罪では無い。


 だから皆、隠れてやっている。


 表に出ないようにな。


 こういう変態向けの地下牢を、


 持っていない方が


 珍しいくらいだ。


 ……私には、不要かと思ったが、


 案外、役に立つものだな」



「何を言っているっスか……何を……」



「理知的に考えろ。


 私とおまえでは、地位が違う。


 役割が違う。


 納めている税金が違う。


 国に対する、王都に対する、


 重みが違うということだ。


 国家の法が、


 平等に機能すると考えるのが、


 そもそも不合理では無いか?」



「そんな……」



 リホも、多少はつらい目にあってきた。



 孤児として育ち、学校ではいじめられた。



 会社をクビになり、迷宮では怖い目にもあった。



 それで、世の中を知った気になっていた。



 だが現実は……。



 実際の王都は、リホが思っていたよりも醜悪だった。



 本当の悪とは、裁かれないものなのか。



 リホの体がぶるりと震えた。



「ウチを……殺すつもりっスか?」



「いや。そのつもりなら、とっくにやっている」



「だったら……」



「おまえは私の物にする」



「どういうことっスか」



「これを……」



 イジューは、布袋に手を入れた。



 中から、奴隷の首輪が現れた。



「…………!」



「私の手で、これをおまえに嵌めてやる」



「知らなかったっス。


 社長がウチを、そんな目で見てたなんて」



 男が奴隷を手に入れて、何をするか。



 社交性に欠けるリホでも、想像はついた。



「勘違いするな」



 イジューは即座に、リホの想像を否定した。



「おまえのようなチビに、誰が欲情などするものか」



「な……!」



「だが、おまえの頭脳は役に立つ」



「クビにしたくせに……!」



「…………」



 リホの責めを受け、イジューは少し沈黙した。



 だが、やがてまた、口を開いた。



「おまえの才能は、


 過ぎたものだった。


 ハーフのおまえが、才能を持った。


 だから、除かねばならなかった」



「ハーフ……?」



「そうだ。


 おまえが人族なら……こうはならなかった」



「最低っス……!」



「そうか」



 そう言うとイジューは、黒鎧の人物に、視線を向けた。



「黒蜘蛛。牢を開けろ」



「…………」



 黒蜘蛛と呼ばれた人物は、何も答えなかった。



 イジューは、ポケットから、鍵を取り出した。



 黒蜘蛛は、無言で鍵を受け取った。



 そして、鉄格子に近付いた。



 鍵が、鍵穴に向かった。



 鍵穴に刺さり、回された。



 鍵が開く音がした。



 黒蜘蛛は、鍵を引き抜くと、イジューへと返した。



 牢の扉が開かれた。



 イジューと黒蜘蛛は、牢屋の中に移動した。



 クリスティーナは、一人で通路に留まった。



「黒蜘蛛。ミラストックの身体検査をしろ」



「…………」



 黒蜘蛛は、無言でイジューに従った。



 黒蜘蛛の手が、リホの体に触れた。



「触るなっス……!」



 リホは、黒蜘蛛を睨んだ。



 対する黒蜘蛛の表情は、兜のせいで分からなかった。



 兜には、大きな隙間が見当たらなかった。



 黒蜘蛛の容姿、その1片すら、リホには推察出来なかった。



 外見から分かるのは、背がそこまで高くないということだけだった。



 黒蜘蛛は、リホの敵意を無視し、検査を続けた。



 黒蜘蛛の手が、リホのポケットに伸びた。



「あっ……!」



 黒蜘蛛の指先が、硬い何かに触れた。



 黒蜘蛛はそれを掴み、ポケットから引き抜いた。



 そこに、遠話箱が有った。



「返せ……!」



 リホは黒蜘蛛に、掴みかかろうとした。



 だが、黒蜘蛛はリホを押しのけた。



 黒蜘蛛は、イジューに箱を手渡した。



 イジューは、受け取った遠話箱を、観察した。



「これは……例の計算箱か?


 改良型のようだが……まあ良い」



 イジューはすぐに、箱への興味を無くした様子だった。



 イジューは箱を、リホの方へと放った。



 遠話箱は、地面に転がった。



「っ……!」



 リホは慌て、遠話箱を拾い上げた。



 そして、イジューに気付かれないよう、箱に耳を当てた。



 箱からは、小さい音で、王都の喧騒が聞こえてきていた。



(まだ繋がってるっス……。


 ブラッドロードは、


 屋外に居るみたいっスね)



 リホは、箱を持ったまま、イジューに話しかけた。



「人の魔導器を、投げ捨てるなんて、


 それでも魔導器工房の


 社長っスか?」



 リホの声を、遠話箱が捉えていた。




 ……。




 ヨークたちは、リホが消えた地点の、周辺に居た。



 ミツキは通行人に、聞き込みをしていた。



 一方でヨークは、遠話箱に耳を当てて立っていた。



 その時、遠話箱から声が聞こえてきた。




『人の魔導器を、投げ捨てるなんて、それでも魔導器工房の社長っスか?』




(リホ……!?)



 ヨークは驚きながら、遠話箱に意識を集中した。



(俺に話してるんじゃないな。


 誰か、相手が居る。


 魔導器工房の、社長って言ったな。


 ……リホをクビにした奴か)



「ミツキ……!」



 ヨークはミツキに、駆け寄っていった。



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