3の19「狂える社長と違法奴隷」



「今までのあなたは、


 とてもうまくやってきた。


 ……良い経営者だった。そう思います。


 だから、悪いことにはならないだろうと思ってしまった。


 ……過ちでした。


 次の会議で、


 あなたの責任を


 問わせていただきます」



「好きにしろ」



「……はい。


 ですが今は、


 目の前の事態を、


 収拾するのが先決です」



「損失を補填してやれ。


 全額だ。


 とりあえずは……それで収まるだろう」



「そうした判断を下すことが出来るのに……


 どうして……。


 恨みが有るのですか?


 会社を抜けて独立した、


 ミラストック女史に」



 イジューが、リホの再就職を妨害したことは、業界では有名だった。



 目をかけてやったのを、裏切られたのが憎いのだろうか。



 工房の者たちは、そのように推測していた。



「いや。


 そもそも、アレは


 私がクビにしたのだしな」



「……………………は?」



 ザブンの全身が硬直した。



「今、なんと仰いました?」



 あまりにも理解し難く、ザブンは問わざるをえなかった。



「私が、ミラストックを、クビにしたと言っている」



 聞き間違いでは、無かった。



 ザブンは呆然とした表情で、イジューを見た。



「……信じられない。


 あの1000年に1人の天才を……


 あなたの独断で、クビにしたと?」



「そうだ」



 イジューは悪びれず、頷いた。



 そんな彼を理解出来ず、ザブンは質問を重ねた。



「その選択が、


 我が社にどれだけの損失をもたらすか、


 分かっているのですか?」



「…………」



「彼女の置き土産である加熱箱が、


 どれだけ売れているか、


 知っているのですか?」



「知っている。


 ……しつこいぞ。


 天才なら、サザーランドが居るだろう」



「確かに、彼女もひとかどの人物ではあります。


 ですが、彼女は視野が狭く、


 理想を追いすぎます。


 とてもミラストック女史の代わりには、なれない」



「だが、サザーランドは人族だ。純血のな」



「まさか……!」



 望まぬ閃きが、ザブンの内面で生じた。



「あなたは、彼女がハーフだから、


 この会社から追い出したのですか……!?」



「だと言ったら、どうする?」



 イジューは、歪んだ笑みを浮かべた。



 ザブンは、そんなイジューの表情を、初めて見た。



「賢明だったあなたが、どうして……。


 とても、残念です」



 ザブンの表情には、はっきりとした失望の色が有った。



 ザブンは、ゆっくりと一礼をした。



 決別の礼だろう。



 イジューはぼんやりと、そう考えた。



 ザブンはイジューに背を向けた。



「あのガラクタは、


 全て回収させていただきますよ」



 彼はそう言って、社長室から去った。



「…………」



 イジューは、背もたれに体重を預け、天井を見上げた。



「この椅子は、


 明け渡すことになるな」



 そう呟いた。




 ……。




(ようやくだ。


 ようやく……)



 ドミニ工房の、クリスティーナの研究室。



 クリスティーナは、自身の研究に没頭していた。



 そのとき、ノックも無しに、出入り口の扉が開いた。



(何だよ? 良い時なのに……)



 クリスティーナは、扉の方を見た。



 そこに、イジュー=ドミニの姿が見えた。



 彼は手に、見慣れない布袋を持っていた。



「社長。いらっしゃい」



 無作法なイジューを、クリスティーナは笑顔で出迎えた。



 だが、その笑顔はすぐに引っ込んだ。



「社長……?」



「…………」



 疲れ果てている。



 クリスティーナは、イジューを見て、そのような印象を抱いた。



「社長。いったいどうしたんですか?」



 イジューの身を案じ、クリスティーナは尋ねた。



「別に。どうもしていない」



「そうは思えませんが」



「私のことは、どうでも良い。


 おまえに、


 協力してもらう時が来た」



「はい。何をすれば良いんですか?」



 クリスティーナはこころよく、イジューに協力するつもりだった。



 だが……。



「人さらいだ」



「…………はい?」



 予想もしなかった言葉が、クリスティーナを硬直させた。



「何の冗談ですか?」



「冗談では無い。手伝ってもらうぞ」



「そんなことを言われましても……。


 これでハイと言うのは、


 馬鹿のすることです」



「なるほど。


 馬鹿のすること、か。


 ならば……。


 私が何の材料も無しに、


 人を脅すような、


 馬鹿だと思ったか?」



「脅すだなんて……。


 いったいどうしてしまったんですか?


 ちゃんと話して下さい」



「おまえには、関係の無い話だ」



 クリスティーナの気遣いを、イジューは冷たくはねのけた。



「そんな……」



「おまえはただ、


 私の言うことを聞けば良い」



「聞くと思うんですか? そんなやり方で」



「さて、どうするかな。


 たとえば……。


 おまえが、入社前から行っていた研究……。


 その暗部を、


 世間に公表する……というのはどうだ?」



 イジューは、クリスティーナの入社前から、彼女に援助を行っていた。



 彼女の研究の、光も闇も、知り尽くしていた。



 イジューが望めば、二人は共に、奈落へと堕ちる。



「そんなことをしたら、


 あなただって……!」



「私は構わんぞ」



 イジューは大工房の社長だ。



 立場の有る身だ。



 一方で、クリスティーナは平社員だ。



 不祥事が明らかになれば、イジューが受ける被害の方が大きいはず。



 だから、イジューがそんな不合理なことを、するはずが無い。



 クリスティーナは、そう思おうとした。



 だが、今のイジューの表情を見ると、確信が揺らいでしまった。



 今の彼は、以前の彼では無い。



 自分を工房にスカウトしてくれた時とは、別の人間になっている。



 クリスティーナには、そう思えてならなかった。



「共に地獄に堕ちるか? サザーランド」



「やめて……!」



 クリスティーナは、悲痛な声を上げた。



 秘密が明らかになれば、害を被るのは、彼女だけでは無い。



 家族にも、影響が出るだろう。



 それを許容することなど、絶対に出来なかった。



「ならば、協力しろ」



「…………」



 クリスティーナの逃げ道が、塞がれていた。



 それでも、今のイジューに協力することには、抵抗が有った。



 まだ話の全貌は、明らかにはなっていない。



 だが、後ろ暗い事なのは、明らかだった。



 自分の研究を、悪事に使いたくは無かった。



「分かっているのか?


 今の立場を失えば、


 おまえの研究も、そこで終わりだ。


 設備も成果物も、


 工房に返却してもらうことになる」



「っ……!」



 研究は、クリスティーナにとって、家族の次に大切なものだった。



 それを手放すことなど、出来なかった。



「受けるしか……無いようだね」



 弱々しい声音で、クリスティーナはそう言った。



「分かってくれたか」



「それで社長……いや、ドミニさん。


 いったいボクに、


 何をさせようって言うんだい?」



「私の目的は、


 リホ=ミラストックの、


 社会的抹殺だ」



「……っ!


 か弱い女の子を踏みつけるなんて、


 天下のドミニ工房の社長が


 することかい?」



「社長の立場など、もう無い」



「えっ?」



「今月中に、


 私の不信任案が


 可決されるだろう」



「……何をしたの? 君」



「色々とやったさ。


 最初に、ミラストックの解雇。


 そして、あいつを業界から、締め出した。


 なるべく穏当に、


 ミラストックを叩き潰そうと思った」



「そうか……。


 彼女は、自主退職したんじゃ無かったんだね?


 事情も知らず、


 彼女に、不条理なことを言ってしまった」



「気にするな。


 これからは、もっと不条理なことを、


 せねばならんのだからな」



「どこまで彼女を踏みつけようっていうんだい?」



「あの女が、終わるまでだ」



「私たちに、彼女を殺せとでも?」



「いや。殺しはしない」



 イジューは、手中の布袋に手を入れた。



 そしてそこから、金属製の首輪を取り出した。



 イジューはクリスティーナの机に、その首輪を置いた。



「これは……!?」



 クリスティーナは目を見開いた。



「分かるか。


 ……そう。奴隷の首輪だ」



「こんなもの、どこで……」



「これも、畢竟は魔導器だ。


 私の立場なら、手に入れられる。


 これを使って……


 リホ=ミラストックを、私の奴隷にする」



「……なんてことだ」



「他人事では無いぞ。


 事が済むまでの間、


 おまえにも、


 この首輪を嵌めてもらう」



「本気かい?」



 人権を持つ者を、奴隷にすることは、重犯罪だ。



 ただの傷害や、殺人未遂より、よっぽど重い。



 それを平然と命ずるなど、信じられないことだった。



「途中で情に絆されて、


 裏切られては困る。


 ……安心しろ。


 無事にミラストックを私の物に出来れば、


 それは外してやる」



「ちっとも安心出来ないし、信用も出来ないよ」



「どうでも良い。首輪を嵌めろ」



「…………」



「お前にとっては他人だろう。


 ミラストックは。


 他人と家族、


 どちらを優先すべきかなど、


 分かりきっていると思うが?」



「……………………」



 クリスティーナは目を閉じた。



 そして、家族の姿を思い浮かべた。



 この世でたった3人の、大切な人たちの姿を。



 それから少しして、彼女は目を開いた。



 そしてゆっくりと、首輪に手を伸ばした。



 彼女はおそるおそる……といった手つきで、首輪を装着した。



 クリスティーナは、奴隷の姿になった。



「イジュー=ドミニ社長。


 あなたを尊敬していました。


 今、この時までは」



「そうか」



 イジューはポケットから、小刀を取り出した。



 そして、自身の親指の、腹を切った。



 すぐに親指から、血がにじみ出てきた。



 イジューは親指を、首輪正面の皿に当てた。



 首輪から、光が放たれた。



 奴隷の首輪が、作動した証だった。



「お望みどおりだ。


 17歳の乙女を奴隷にして、


 これで満足かい?」



「何を自惚れている?


 おまえを手篭めにするつもりは無いぞ。


 ただ、役に立て」



「…………。


 相変わらずだね。


 あの時よりは、


 胸も出てきたと思うんだけど」



「あの時?」



「べつにー」



「……?」



「まったく、ドミニさんは、


 俗物なのかストイックなのか分からないな。


 ……どうしてそこまでするんだい?」



「それこそ、どうでも良い話だろう」



「ここまでしておいて、


 理由の一つも


 聞かせてはもらえないとはね」



「家族の為だ」



「えっ?」



「などと、それらしい理由を言えば、


 喜んで協力してくれるのか?」



「それは無いね」



「なら、黙って従え。


 ……いや。従わせる。


 命令する。


 今後一切、私の目的の達成に、


 必要の無い発言を禁ずる」



「っ!」



 奴隷の首輪が輝いた。



 クリスティーナの体が、光に包まれた。



「……………………」



 奴隷の首輪が、彼女の行動を束縛した。



 彼女は、喋ることが出来なくなっていた。



 ただ、物言いたそうに、じろりとイジューを見た。



「静かになったな」



 外道な行いを経ても、イジューは真顔だった。



 その顔には、悔恨も愉悦も存在しない。



「心配しなくても、


 目的を果たせば、元に戻してやる。


 ……というのは、既に言ったか。


 年を取ったというわけだ。私も」



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