3の14「天才と天才」



「ちっちちちちちちちっ違うっス!」



 リホは慌て、少女の言葉を否定した。



 その頬と耳が、血色を増していた。



 全身の筋肉が強張っていた。



「ん~。どっちかと言うと保護者だな。俺は」



 のほほんと、ヨークが言った。



 リラックスしている。



 リホとは正反対の様子だった。



「……悔しいけど、言い返せないっス」



 リホは、がくりと肩の力を落とした。



 リホはヨークに対して、恩しか無い。



 対等で無いということは、理解していた。



「保護者? どういうことだい?」



 桃髪の少女は、訝しげに目を細めた。



 そして少し考えると、こう言った。



「……ああ、孤児院の人?」



「孤児院は関係無いっス。


 えっと……。今のウチは、


 ブラッドロードの部屋に厄介になってるっス」



「っ……!」



 少女は一瞬、目を見開いた。



 そして、右頬の筋肉を歪めた。



「不潔だよ。ミラストックさん」



 少女は侮蔑の感情を隠さず、そう言った。



 それを見てヨークが口を開いた。



「べつに、邪推されるような関係じゃないんだが……。


 そもそも、おまえの方こそ誰なんだよ」



「ボクはクリスティーナ=サザーランド。


 そこのミラストックさんとは、


 この学校の、


 主席卒業生の座を


 争った間柄さ」



「主席……頭良いんだな」



「えっ? まあね」



 素直な称賛に、クリスティーナは意表を突かれた様子だった。



 きょとんとして、今までの敵意を霧散させてしまっていた。



 そのとき、校長のティートが口を開いた。



「……それよりも、


 観衆が勝負を待ちわびていますよ。


 熱が冷めるまでに、始めませんか?」



「なんですか? 勝負というのは」



 クリスティーナがティートに尋ねた。



「算数の勝負です。


 私が出題した問題を、


 どちらが早く解けるか……。


 こちらの計算箱のお兄さんと、


 勝負していただきます」



「うむ」



「勝てば景品が手に入ります。


 いかがですか?」



「計算箱というのは?」



「魔導器ですよ。


 ミラストックさんが発明した」



「彼女が……?


 良いだろう。


 その勝負、受けて立つよ」



 クリスティーナは不敵な笑みを見せた。



「帰って欲しいっス……」



 そんなリホの嘆きを、聞く者は居ない。



 彼女の味方のはずのヨークも、やる気満々だった。



「良し! 勝負だ!


 俺はこの箱のボタンを


 押すだけだけどなッ!!!!!!」



「何の自慢だい? それは」



「なにも自慢出来るところが無いから、


 声だけは出すようにしてるのさ」



「侘しいね」



「ハハッ。寂しいこと言うなよ」



 辛辣なツッコミに、ヨークは逆に笑ってしまった。



 妙な笑いのツボに入ってしまった様子だった。



「出題を始めて良いですか?」



 ニヤニヤとしたヨークに、ティートが声をかけた。



「アッハイ」



 ヨークは頬を揉んで、表情を真顔に戻した。



 ティートは、クリスティーナの方を向いた。



「計算用紙とペンは、


 あそこの挑戦者台に用意してあります」



「紙とペン?


 ……馬鹿にしているのですか?」



「いえ。それでは所定の位置へどうぞ」



 クリスティーナとヨークは、それぞれの台の前に移動した。



「出題をさせていただきます。


 計算が終わったら、


 手を上げて下さい。それでは……」



 ティートが計算式を口にした。



 ヨークは、言われた通りの数字を、計算箱に打ち込んでいった。



 一方クリスティーナは、静かに目を閉じていた。



「…………」



 ヨークより早く、クリスティーナが手を上げた。



「回答をどうぞ」



「えっ!?」



 箱の操作に夢中だったヨークが、クリスティーナの挙手に気付いた。



 ヨークは彼女に意識を向けながら、計算箱をポチポチと押した。



 彼女が間違えれば、ヨークに回答の権利が来る。



「37564」



 クリスティーナは、毅然と背筋を伸ばし、そう答えた。



「ん~……。


 んっ……んんんん……………………」



 ティートは無駄に間を置いた。



「早く言えよ!?」



「正ッ解……! 勝者、挑戦者のお姉さん!」



 今までにないテンションで、ティートがそう告げた。



 ヨークの完敗だった。



「ぐわあああああああああっ!?」



 ヨークの体が吹き飛んだ。



「えっ?」



 クリスティーナが驚きの声を上げた。



 ヨークは、ゴロゴロと舞台を転がった。



 どうして吹き飛んだのか、ヨーク自身にも分からなかった。



 敗者の末路。



 勝ちを手中に掴めなかった者の宿命。



 おそらくは、そのようなモノだったのだろう。



「ぐぅ……!


 この俺が負けた……!?


 いや負けたというか


 特に何もしてないけど……うん……?」



 ヨークはヨロヨロと立ち上がった。



 妙なテンションの自分自身に、疑問を抱きながら。



 特にダメージは無いのだが、なぜか素早くは立てなかった。



「見たかい? ミラストックさん。ボクの勝ちだ」



 クリスティーナは、挑発的な笑みをリホへと向けた。



「…………」



 リホは不服そうな表情をしていた。



 だが、何も言い返すことは出来なかった。



 負けは負けだ。



 それを見て、クリスティーナはさらに言葉を繋いだ。



「まったく……。


 工房を辞めて、


 何をしているのかと思ったら……。


 こんなガラクタを作って、


 そのうえ汚らわしくも男と……


 ど……同棲だなんて……。


 しかも、こんな急に吹っ飛ぶような、


 軽薄な男と」



「……軽くてごめんなさい」



「ガッカリだよ。ミラストックさん」



「うぐぐ……!」



「それで、景品だっけ?


 何をいただけるのかな?」



 傲然と立つクリスティーナに、ミツキが歩み寄った。



 ミツキの手中には、計算箱が有った。



「景品の計算箱です。どうぞ」



「べつに、こんなガラクタ要らないけど……。


 君に勝利した記念に、


 一応は貰っておこうかな」



 クリスティーナはそう言って、リホに背を向けた。



「ふふっ。あはははははっ! っ……げほげほっ……」



 彼女は高笑いと共に階段を下り、去っていった。



「ぐぬぬぬぬ……!」



 クリスティーナの姿が消えても、リホの怒りはおさまらない様子だった。



「あぁ……」



 ミツキは嘆息した。



「小金貨4枚が……」




「計算箱って、意外と大したこと無いのか?」



「馬鹿言え。サザーランドさんが凄いんだよ」



「ですよね~」



「吹き飛ぶ姿もステキ……」




 それから少し待ったが、挑戦者は現れなかった。




「そろそろ、お開きの頃合ですかね」



 ミツキがティートに近付いて言った。



「かもしれません」



「それでは……」



 ミツキは舞台の中央に立った。



 そして良く通る声で言った。



「明日の放課後、


 ここで計算箱を販売させていただきます。


 個数に限りがありますので、


 お早めにお買い求め下さい」



 そうして、計算勝負はお開きになった。



 ヨークたちは、舞台の分解作業をすることになった。



 骨組みをバラし、倉庫に収納出来るサイズにする。



 その作業中に、再びクリスティーナが通りかかった。



 クリスティーナは桃髪の少女と一緒だった。



 妹らしい。



「それでねユリリカ。この箱が勝利の証というわけさ」



「へぇ~。すごいね」



「そうだよ。お姉ちゃんは凄いんだ」



「ちょっと触っても良い?」



「もちろんさ」



 二人は笑いあいながら、校庭を歩いていった。



 ヨークはぼんやりと、二人を見送った。



「ブラッドロード。


 何を見惚れてるっスか」



 リホがヨークを見て言った。



「別に、見惚れては無いが」



 次にミツキが口を開いた。



「手が止まってますよ」



「いや……。


 嫌味な感じだったけど、


 妹には優しそうだなって」



「む~。見惚れてるじゃないっスか」



「見惚れてねえって」



「手を動かして下さい」



「分かったって」



 一行は、分解が終わった部品を、学校の倉庫に戻した。



 撤去作業は無事に完了した。



 3人はティートに礼を言い、宿屋に帰還した。



 それから寝室で、ダラダラと会話をした。



「あのクリスティーナってヤツ、


 凄いやつなのか?」



 ヨークは気になって、クリスティーナのことを聞いた。



 質問に対し、リホは不機嫌そうな様子を見せた。



「なんで家に帰ってまで、


 あの女の話を聞かないといけないっスか。


 まさか、本気であの女に


 一目惚れしたんじゃないっスよね?」



「まままままさか?」



 ヨークは棒読みで言った。



「……はぁ。


 その気が無いなら良いっスけど」



「そんなに嫌か?」



「嫌な奴っス」



「そこまで嫌なら聞かんが……」



「…………。


 ……あいつは凄いやつっス」



「凄いって言うけど、


 お前が主席だったんだよな?」



「……学校の成績ではそうっスね。


 ウチの方が、


 1ねん多く飛び級してますし……」



(すると、向こうは一つ年上か。


 ……見た目の年齢差は


 一つじゃ済まんが……)



 ヨークの印象で言えば、3歳は差が有るように見える。



 そんな失礼な思考を、ヨークは口に出さなかった。



「認めてるのに嫌ってるってのは……。


 ひょっとして、なんか負けたか?」



 昔、彼女と特別な勝負でもしたのだろうか。



 ヨークはそう推測した。



 意地のかかった勝負で負ければ、忘れられるものでは無い。



「別に……。


 ウチが勝手に意識してるだけっスよ」



「何があった?」



「学生の頃、


 サザーランドが引いた図面を、


 見たことが有るっス」



「で?」



「あの時……


 まだウチが低学年だったのも有るっスけど……。


 当時のウチには、


 その図面が理解出来なかったっス……」



「そうか。


 今なら分かるのか?」



「さあ?


 分かるのかどうか、


 分からないっスね」



「ふ~ん?


 試しに見せてもらったらどうだ?」



「あの日、


 ウチがサザーランドの図面を見たのは、


 ただの偶然っス。


 図書室で、


 あいつが席を空けている時に、


 つい見てしまったっス。


 図面に見入っているうちに、


 サザーランドが帰って来て……。


 それで、すっごく怒られたっス」



「すっごくか」



「ぶっ飛ばされたっス。泣いたっス」



「いっこ下だろ? 容赦ねえな」



「それだけ大切な図面だったみたいっス」



「なるほど。


 それで仲が悪いわけだ。


 出会い方が違ったら、


 天才同士仲良くなれたかもな」



「…………。


 それはどうっスかね。って……。


 ブラッドロード、


 今、ウチを天才って言ったっスか?」



「言って無いが?」



「ウソっス! 絶対言ったっス!」



「おまえ、記憶力だいじょうぶか?」



「えっ?」



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